シエスタと買い物

都会のど真ん中から、とある郊外の街に引っ越してきた。引っ越してきた日は日曜日で、あたりに人の姿はまばらであった。ここは、南米らしく、シエスタが生活の一部にしっかりと組み込まれていて、お昼を過ぎるとあたりの店が一斉にシャッターを下ろし、夕方も4時を過ぎるまで街から人の姿が消える。そんな街であるので、日曜日は当然ほとんどの店が閉まってしまう。

このシエスタの時間帯がけっこう曲者である。

わたしはいま小さい人と暮らしている。小さい人は遅くとも6時には夕食をとり、7時に入浴、8時前には眠りにつく。つまり、夕食の買い出しは4時頃までにすませ、遅くとも5時には料理に取りかかっていたいのだが、近所の八百屋は4時半までしっかり閉まっており、遅いときには5時くらいにガラガラとシャッターをあげる。都会に暮らしていたときにはとても頼りになったチノと呼ばれる中華系スーパーも、ここでは早くて4時半の開店だ、中国人もここにいるとシエスタをとる。チノがあいても中にはいっている肉屋は5時、八百屋に至っては5時半まで来ない。

まったく、商売っ気のないひとたちである。

チノの前には4時くらいから行列というほどでもないが、待っている人たちがある。近所の主婦が買いものに来てみたらまだ閉まっていて、そのまま世間話でもしながら待っているのだ。

肉屋は午前の部が終わるとケースに並んでいる肉をすべてきちんと片付けて帰ってしまい、夕方また出てきて肉を並べるところから始める。八百屋も洋服屋も雑貨屋も乾物屋もみんなそんな調子である。

開けていたらそれなりに客も入るだろうに、と貧乏性のわたしはつい考えてしまう。しかし、この世界は意外とのんびりと回っているらしい。いくらかの客を得ることより、シエスタにはしっかり休んで、客は待たせておいて4時半から入れればよい、というスタンスで、困ることはないようだ。

実に多くの人たちがこんなにのんびりと働いているこの国は、経済的には非常に不安定である。しかしそれは政治的問題が大きいようだし、国はぼろぼろでも、一般の人たちは、とりあえずそれなりに暮らしている。素敵な庭のついた家もあり、それなりに美味しいものも食べ、教育も医療もきちんとあり、家族とのんびり過ごす時間もあり、さらにはシエスタをゆっくり眠れるのだ。

さて、わたしはというと、まだシエスタのある生活サイクルに慣れておらず、毎日のように夕方4時半頃に、開いている八百屋を探してうろついている。午前中に買い物をしておけばいいのに、と毎回思うが、なぜか午前中にはうまいぐあいに時間が取れず、あっというまに昼になってしまう。昼食後は小さい人はお昼寝、昼寝からさめると、時間はあるのだが、はちょうどシエスタですべてが閉まっているという具合である。

まぁ、そのうち慣れるだろうと気楽に構えて、私たちものんびりシエスタでもとろうかと思う。

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