子供に優しい社会に甘えている

日本から見ると地球の裏側での小さい人との生活は、とても穏やかなものだ。

この国は政治も経済もめちゃくちゃで、すごい勢いのインフレで物価はうなぎ上り、人々はだんだんとぎすぎすして、犯罪も多い。周りで強盗に会ったことのない人はあまりいない、というレベルで多い。

そんな場所で何が穏やかな子育てか、という疑問もあるだろうが、それでも、この国は子供たちに優しい。こどもが社会に歓迎されていて、わたしはそれにどっぷり甘えて、わたし自身は穏やかな気持ちでいられる。

小さい人と一緒に外に出ると、すれ違う人たちがいちいち声をかけてくれる。

ほら見て、赤ちゃんがいるわよ。あら、かわいい。名前はなんて言うの? あら素敵なお名前.この子はアルゼンチン人なの? いいわね、二つの国があって。

毎日こんな風に誰かが話しかけてくれる。それも何人も。

いつも行くパン屋さんは、必ず何かひとつおやつをくれる。乾物屋さんでは、いつも干しぶどうを小さなおてていっぱい、つかみ取らせてくれる。八百屋さんではバナナをもらい、買い物を終えて家に帰る頃にはおやつがいっぱい溜まっている。家に帰ると、家の前の道路で駐車整理をしているおじさんが、必ず声をかけてくれる。

驚くべきことに、近所の人たちはみんな、小さい人の名前を覚えていて、小さい人の姿を見かけると、名前をよんでてをふってくれる。小さい人は誰に対しても愛想がよく、名前を呼ばれると振り返って手を振っている。

或は電車のなかで、ちいさいひとがぐずり始めると、必ず回りにいる人が何かしらひっぱりだしてあやしてくれる。中にはおやつをくれたり、折り紙を折り始めたり、ずーっと向こうからいないいないばぁ、をしてくれたり。今では小さい人は電車に乗ると、周りのイケメンを物色して、悩殺スマイルを送っている。

小さい人がこうして社会に受け入れられていることを感じられること、わたし自身がいろんな人とちょっとした会話を持てること(人見知りなので自分から話しかけるのは苦手、でも話してもらえるとすごく嬉しい)、そういったことが、この穏やかな気持ちの理由じゃないかと思う。

例えば日本へ行ったら、わたしはこれだけ穏やかな気持ちでいられるだろうか.日本で子育てをした経験はないけれど、自分ひとりでさえ日本の社会に疲れてしまいそうなのに、小さい人と一緒で、イライラしないでいられるだろうか。自信がない。

小さい人に「知らない人と話してはいけません」と教えないといけないのだろうか。電車の中でぐずり始めたら、みんな相手をしてくれるだろうか。嫌な顔をされないまでも、誰も目も会わせてくれないんじゃないだろうか。

わたしは本当に甘えているのだ。周りが小さい人の相手をしてくれることに。自分ひとりではできないから。

日本は安全で何でもあって、日本の田舎なんて景色も美しいし、小さい人には日本の文化を肌で感じておいてもらいたい。日本語の基本的な能力もつけてもらいたいし、日本の味を覚えてほしい。日本へ行くべきか。

ここは、物価はうなぎ上り、犯罪も多く、事故も多い。日本から遠いし、なんだかいろいろ問題だらけ。この国に暮らし続けるか否かを考えたときに、たくさんのネガティブなことばかりが浮かぶけれど、この子供に対する社会の優しさを見ると、やはりここにいようか、とも思う。答えはまだ出ていない。

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