三度の飯は、戦場のよう

毎日、三度の食事はさながら戦場である。出来るだけ好きなことをさせてやりたい、という気持ちで暮らしているのに、料理中、食事中、片付け中は、そうとも言っていられないことばかり。一日のうちで一番わたしがキーキー怒っている時間でもある。

けれどもそんななかでも、いろんなことが出来るようになっていく小さい人。食事の後に「キーキー怒ってごめんね」と謝る日々。

子供用の包丁を持たせてみた。こっちは猫の手だよ、と言いつつ、そういえばこの人は猫の手をじっくり見たことがないから、猫の手だよなんていってもピンと来ないだろうな、と思った。なかなか猫の手が出来なくて、食材を押さえないで包丁だけでなんとかしようとするので、危なくてついつい包丁を取り上げてしまう。でも、やりたくてやりたくてしょうがない様子。

最近はプラスティックではなく本物のナイフとフォークを使い、小さい人はいっちょまえにナイフとフォークを構えるようになった。構えるだけでまだ上手には切れないので、結局手づかみで食べることになってしまうのだが、構え方はだいぶいっちょまえだ。刃が上を向いていたりするけれど。

おみおつけのお椀を両手で持っていただく、というのも出来るようになった。隣でおみおつけを啜っているわたしのことを上目遣いでちらちらと見ながら、一生懸命真似をしている。しかし、毎回お椀をぶちまけてしまう、それもわざと。

わたしがおかわりをすると、自分のお皿の空いているところを指差して、ここにも、ここにも、という。食べきれないのに。単にお皿が埋まっていくのが楽しいのだろうな。

小さい人とわたしは基本的に同じものを食べている。味付けはだいぶ薄めなので、時々自分の分だけ塩をふったりする。でも、小さい人は必ず、同じものであっても、わたしのお皿から食べたがる。こっちはしょっぱいのに! ママの虫歯のばい菌さんがついちゃったからだめ! でもやっぱり、わたしのお皿からとってゆく。もう口内菌うつっちゃっただろうか。死守していたいのに。

ご飯を食べながら、おっぱいをほしがる。食事のときの水みたいなものか。べたべたのお口とべたべたのお手々で「ままー、ぱいぱい」といってハイチェアから乗り出してくると、つい「うわっ! ちょっ! それでさわんないで!」となってしまうことも度々。エプロンではなく割烹着が必要である。

一口サイズのおにぎりを握りつぶす。小さなお手々はお米粒だらけ。それを一杯に開いてわたしに差し出してくる。お米粒とって、と。

食事が終わると、自分のお皿を両手で持って、椅子からおろせと言う。そしてお皿を自分でさげてくれる。流しの前まで来ると、抱っこしろ、と言う。流しに片付けるまで自分でやりたいらしい。

洗ったものを拭くのも見よう見まねでやっている。きちんと教えていないので、拭き方もおおざっぱなのだけれど、でもそれなりに格好はついている。拭き終わると食器棚へ持っていく。よく見ているなあ、と感心する。

食事が終わると床にはたくさんの食べ物が落ち(それでも最近はだいぶへってきた)、流しの周りは水浸し(最近特に水が大好き)、毎回ほうきをかけて雑巾で拭く。それも一緒にやりたがる。

戦場だけれど、戦友或は敵はかわいいので、いらいらしてしまいつつ、でもやっぱり楽しい。

ああ、ゆっくり準備して、ゆっくり味わって食べて、食後にお茶を飲みながらまったり、なんてことが出来る日はいつになったらくるのだろうか。

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