親の愛情は何でも正当化できる魔法ではない

親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方
トマス ゴードン
大和書房
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こどもの頃いつも思っていた。

「親の愛情という言葉で正当化してこどもを傷つける行為がまかり通っているのは許せない」

いつもいつもそう感じながら、そういう行為を繰り返す親を憎んでいた。

しかし「親の愛情」に対して反抗することは、自分自身が「悪い子」になってしまう。それが納得いかなかったけれど、でももう悪い子でもいい、これ以上傷つけないで、そう思っていた。

「あなたのため」

その言葉をのせればなんでも正当化されるのか。言葉では「あなたのため」なんて言っているが、本当はそれを言っている本人が自分の満足の為にやっているのではないか。私には親が自分のことばかり考えているのに、それを「こどものため」なんて言う一見奇麗な言葉で飾り立てているようにしか見えなかった。

これを読んでいて「わたしメッセージ」と「あなたメッセージ」というキーワードが出てきた。こどもに対して効果的でないメッセージにはいつも「あなた」が入っている、という。例えば

やめなさい。
そんなことをしてはいけないよ。
あかんぼうみたいね。
こうしたらどう?
いい子にしてね。
ばかだな。

などだ。これらのメッセージはたいていこどもに指示をするものだったり、こどもをやっつけたり、辱めたりするものだ。これらの「あなた」メッセージでは、問題の所在が相手(この場合はこども)にある。

こういうことを言われるとこどもは(大人でも)むっとするし、反抗したくなるし、自分はいけない子だとおもってしまう。また、親が具体的解決策をメッセージとして送ると、その裏でこどもには「おまえの思いつく解決策は認められない」といった親のメッセージが伝わってしまう。

上記のような言葉を言いたくなる場面で、同じ事象に対して問題の所有者を自分にした「わたし」メッセージを送ったほうが、こどもの抵抗が少ないらしい。

わたしは怒っているの。
その本はとても大切な物だからその上に乗られるととても気になってしまうの。
ご飯を食べているときに邪魔されるのは嫌なの。
痛い! 髪の毛引っ張られると痛いの!
怪我はない? よかった! 心配したのよ!
疲れているの。

これらは問題の所有者は親(わたし)。「わたし」メッセージの場合、わたしがどう感じているか情報を提供しているだけであって、相手を否定したりやっつけたりしているわけではない。

大人同士の場合を考えてみるとわかりやすい。大人同士で直接、あなたメッセージで避難したり指示したりやっつけたりすることは礼儀正しくない。例えば、家にある触ってほしくない物を触られた場合「触らないで!」と叫ぶかわりに「それはとても大切な物なので、(わたしは)触ってほしくないんです」と言う。こどもに対しても、そういう態度でいるべきだし、そうすることでこどもも他の人に無礼な態度をとらなくなるだろう。

しかしなかなか、現実ではついついこどもに対して「あなた」メッセージを使ってしまうことが多い。特にしてほしくないことがあるとつい、「やめて!」と言ってしまう。また、「わたしメッセージ」に見せかけた『あなたメッセージ」を送ってしまったりする。例えば「それは無礼だと(わたしは)思うよ」とか、実際は「(あなたは)無礼だ」という「あなたメッセージ」を「わたしは思う」で「わたしメッセージ」に偽装したりする場合だ。

なかなか難しい。

自分が言われて悲しい、むっとすることはこどもにもしないように気をつければいいのかもしれない。自分のこどもでもそれは別の人であって、こどもだからといって無礼な態度で接していいわけではない。

親業日々修行である。

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