我がバイブル、ハッカーと画家

2008年くらいに書いた読書感想文。句点の代わりにピリオドなあたりとか当時の時分ぽい。なぜ最近古い読書感想文をだしてきているかと言うと、出産を挟んで、まるで別人のようになってしまった感じがするから。出産以前の自分の感性がどうだったか思い出したいのです。

ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち
ポール グレアム
オーム社
売り上げランキング: 21,309

ペー ジごとにたくさんの心に留めておきたい言葉達が出てくる.いちいち折っていたら本が分厚くなった.途中から鉛筆で線を入れ始めた.ページの中に何箇所も マークがついた.どまんなかをすぱっと、でもさらりと言ってくれている.それが、わたしが言いたいことを代弁してくれているから気持ちがいい、とかいうよ うなものじゃない.こんなに線を引いた本は久しぶりだ.

最近、行き場のないどん詰まり感を感じていて、これだ、というブレイクスルーを探 し求めて迷走しているのにみつからず、人と話せば脳に膜がかかったように感じたり、逆に、おし! やったるで! と思ってみたり、でも一人で考え始める と、わけがわからなくなり、なにがわからないのか、何に行き詰っているのかも見えない.ミーティングのあと上司に『顔色が悪いですよ』と言われて、『どう してもすっきりしないんです』としか答えられなかった.自分でも分からないんだもの.そのままお酒の席に突入し、しかし仕事の話題にはならず.酔っ払って 帰ってすっきりしないまま眠りについた.

で、夜中の3時に目が覚めて、この本を開いてみた.

ハッカー友達で画家の Gordiを思い出した.彼は画家でありハッカーだ.オープンソースのプロジェクトに絡んでいるし、やらされるのが嫌いだ.いつも妙な柄のシャツを着てい て、ジョークと子供を愛している.二人でゴーゴーバーにビールを飲みに行っても女の子のお尻を眺めながら、コードの話をしているような人だ.彼はまさに ハッカーであり、決してプロダクトマネージャーじゃない.コードを書くのが、物を作るのが好きな人、なのだ.そして、ジョーク好きだ.彼のコードの中に は、たくさんのジョークがちりばめられているし、わたしと彼のメールのやり取りは、仕事上のものであれ、時にジョークと間違われる(例えばすべてXMLの タグみたいのでくくっちゃうとか).それをこっそりモニタリングしていた上司には理解できなかったようだけれど.

そういえば近頃めっきりビールの誘いがないが、そもそもこのへんにいるんだろうか?

小 さいころ、自分は何になりたいのか、というと「物を作る人」だった.それが、高校生くらいの時点で、「情報を発信するものをつくるひと」に軌道修正され た.そして、それから数年後の今、「情報をやり取りするものを作る人」になりたい、と思っている.『なりたい』ではなく『で、ありたい』が正しいのかもし れない(なりたい、といったら、古本屋のおじいちゃんだ).情報っていうのは文字だとかデータだとかだけではない.音声や映像だけじゃない.ひとつの木彫 りの人形だって、料理だって情報だ.尊敬するとある御仁は、「自分の飯も作れない奴が何がクリエイターだ」と言う人だった.その点では、彼はわたしを認め てくれていたと思う(自分を『クリエイター』という言い方はしなかったけれど、ご飯は自分で作っていた).彼が言った言葉のうちで最も印象的で、最も納得 した言葉がそれだ.

ま、話を戻して.

この本には、本当にたくさんのたくさんの、すばらしい言葉が出てくる.それは、自己 啓発とか、そういう目的のためにかかれた本ではなく、ハッカーが、ハッキングを愛していることを切々と語った本だからだろうと思う.ある種のラブレターの ような本だ.そして、そこからまなぶことはたくさん、たくさん、ある.愛を語るとき、嘘があると分かるものだもの.この本はfull of love.

そ うだ、わたしがすきなウェブサービスの多くは、始まったばかりのころは、コードを書いた人の愛が感じられた.例えばasoboo.comや、 stack.nayutaya.jpも、ああ、これを作ったひとは、これがすきなんだ、というのがひしひしと伝わってくるものだ.ほかのサイトもみんな、 とくに大手じゃない、個人のハッカーが作ったサイトのほとんどは、当初は愛にあふれたサイトだったはずだ.それが徐々に巨大化し、お金が絡み始め、ハッ カー一人の意志では動かなくなる.いま、GoogleからFacebookやFriendFeedに人が流れているのも、なにか新しいことを始めるそのエ キサイティングな感じがキモなんじゃないかと思う.

ひとつのプロジェクトを何年も続けて、新しいアイディアを新バージョンとして取り込むのではなしに、時々はゼロから始めてみるんだ(30ページ).

まさにこれが、わたしが今熱望していること.そしてそれをうまく始められないがために、脳みその膜がとけてくれない.

愛を再認識するための言葉のクリッピング.

「レッテル貼りには、メタレッテル貼りで対抗するんだ」
「誰かがそこを見るかどうかには関係なかったのだ.彼はマイケル・ジョーダンと同じだ.妥協しないんだ」

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