選択する能力を訓練する – こどもの家のオブザベーション

人生は選択の連続である。

Trainspottingのオープニングでレントン(ユアン・マクレガー)が走っている映像といっしょに出てくる言葉を思い出す。この映画は原作も読んだし、映画も何度もみたし、この台詞のTシャツも持っていた。

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人生は実に選択の連続である。進路や就職といったおおきな選択だけではない。

わたしたちは毎日、本当にたくさんの決断、選択を繰り返している。朝食に何を食べるか、コーヒーにするか紅茶にするか、どの服を着てどの靴をはいて、どんな方法で何処へ行くか。車を運転すれば、周りの状況に応じて判断し、ギアを変え、車線をかえる。仕事のあとに直帰するか映画を観に行くか。寝るか遊ぶか。

選択するというのは、ある程度訓練が必要な能力だと思っている。そういう前提で、子育てをしている。

我が子の通うモンテッソーリスクールでは、18ヶ月から36ヶ月までのToddler communityと、3歳から6歳までのこどもの家がある。モンテッソーリに非常に興味があり、学校にもうちょっと関わっていきたいと学校側に伝えたところ、週に一回のボランティアをさせてもらえることになった。今日は初回のため、こどもの家のオブザベーションをさせてもらった。非常に興味深い体験だった。

朝子どもたちが教室に入る前(子どもたちがプレイグラウンドで遊んでいる間)に、教室の壁際においた椅子に腰掛けて、まるで自分をその教室に同化させるかのようにして子どもたちを待った。教室の中はとても奇麗に整理整頓されていて、先生は子どもたちの入ってくる前に、教具が正しい状態にあるか(おいてある場所、中にはいっているもの、枚数など)をチェックしている。

子どもたちは一人一人入ってきて、こちらに一瞥をくれるもあまり気にしない様子で、同じく壁際で座っている担任の先生のところに行き、静かに挨拶をして、二三言葉を交わし、そして自分のやりたい作業を選択してひとりで活動をはじめる。3歳から6歳の子どもたちが、自分がやりたいことを択びとり、決断し、実行している。これをやったら? あれをやりましょう、なんて誰も言わない。

オブザベーションのルールとして、私は「子どもたちから話しかけられたとき以外自分から子どもに話しかけてはいけない」ということを言われていたので、挨拶もせずに壁になりきってみていた。子どもたちは壁と一体化している私に気づいているものの、ごく少数の子どもが近寄ってきただけで、話しかけてきたのひとりだけだった。

教室の中では全員が違った活動をしている。なぜならば教具は基本的に1セットずつしかないから。みんな自分が何をやりたいのかわかっていて、やり方がわからなければ先生にヘルプを求めるが、やり方がわかっているのならひとりではじめて、ひとりで「おわらせる」(この「おわらせる」能力もまた興味深い別のトピック)。

教室の中はとても静かで落ち着いていて、子どもたちはそれぞれの作業に深く集中している。他人を邪魔するようなこともないし、邪魔されてキーキー言う子もいない。子どもたちは教具をとても丁寧に扱い、ぶんぶん投げたりすることもない。ひとりの男の子が、小さな木のタイル(何かの数字を扱う為の教具)を、ひとつひとつとても丁寧につまみ上げ、箱の中にゆっくり丁寧におさめるという作業に30分以上も費やしていた。その物の扱い方があまりにも丁寧で、この子はきっと将来ガールフレンドもとても丁寧に扱うのだろうなぁ、とかいう想像までしてしまった。

モンテッソーリについていろいろ読んではいたし、Toddler communityはオブザベーションしたことがあったとはいえ、この静かで落ち着いた雰囲気に感動すら覚えた。

そして、先生は環境の一部である、というのがそこにあった。

幼稚園や保育園では、先生が真ん中に立って「みなさーん! おっはようございまーす!」なんてやっているイメージがあるのだけれど、ここではそんなのはない。先生と生徒が一対一で静かに会話を交わしている。先生は、子どもが助けを必要としているようならそこへ行って、静かに丁寧にやり方を教えてやる(代わりにやってやるのではない)。こどもがなにかを達成できたときに「ワーオ! よくやったわね! ユーアーワンダフル!」みたいなことは言わない。子どもたちは大人からの褒め言葉を報酬にしているのではなく、己の中の達成感を報酬に、作業をしている。

こどもの家の子どもたちは、誰かに指図されることなく、自分で毎日の活動を選択している。これは、カリキュラムが決まっていて、「みなさーん、今日はみんなでこれをやりましょう!」式の学校との決定的な違いだ。

子どもは決められないから大人が決めてやる、という態度はとても驕っていて、大人の勝手な都合を子どもに押し付けるようなやり方だと思う。「まだ小さいからわかんない(できない)わよねー」的発言も、子どもの能力を低く見積もったもので、それを言われた子どもはむっとするに違いない。

今回のオブザベーションで、自分の子どもに対する態度を大いに反省させられた。まとめると…

環境が重要。大人も環境の一部。
穏やかに話すべし。
必要以上の賞賛は害になりうる(親業訓練本からも同じ教訓を得た)
もっとものを丁寧に扱おう(私自身が)
もっとたくさん子どもに選択の機会を与えよう
必要最低限のガイドだけして、子どもが自分でやるのを見守ろう
もっとこどもを観察すべし
全体的にもっと落ち着いてゆったりと暮らそう

がんばろうー!

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