全員特別扱いする教育

先日、モンテッソーリスクールのこどもの家のオブザベーション3回目にいってきた。

こどもの家に入ると、ひとりの男の子が絶叫していた。モンテッソーリのクラスは基本的に静かなので、絶叫している子は珍しい。ずっと絶叫しているのだけれど、他の子は別に一緒になって叫ぶわけでも、うるさい! というわけでもない。さてどうするのかな、とみていると、その子は先生に抱えられてトイレに連れて行かれた。

先生は「静かにしなさい」とも「うるさい」とも言わなかった。代わりに「いくらでも叫んでいいわよ、ここでなら」といってその子をトイレの中に入れておいたのだ。

これをみて私は「ほう、こうやればいいのか」なんて思っていたが、後日、学校のダイレクターから私に直接説明があった。担任の先生があれをみていた私が誤解していないか心配だ、と言っていたのだそうだ。

曰く、あの子は「A child with a special needs」なのだそうだ。この学校には例えばダウン症とか自閉症とかの子もいて同じクラスにいるが、あの叫んでいた子もそういう特別なサポートが必要な子なのだそうだ。彼は、ロジックと感情のバランスが極端で、おとなよりずっとずっとロジカルな考え方をするらしい。ロジックでこうだ、という答えの通りにならないと納得がいかない。感情のコントロールがうまく出来ず、また、ロジックではこうだが、まぁ、こういうこともあるさ的に考えることが出来ないのだそうだ。

そういえば思い出してみると、前回のオブザベーションのとき、彼は他の子がゴミ箱に入れそびれた紙くずをみて、それを捨てた子の名前を執拗に叫んで呼び戻そうとしていた。彼の中では、そのゴミはゴミ箱に入れそびれた人が拾って捨て直さなければならなかったのだろう。私はそのとき、その子の特性を理解していなかったので、「自分で捨てればいいのになぁー」とぼんやりと思っていた。

ダイレクターの話を聞きながら、この子は例えば私が育ってきたような日本の従来型の教育システムでは絶対にマッチしないだろうと思った。もしかしたらこの「とんでもなくロジカル」という特性は天才を生むかもしれないが、みんな同じであれという世界では、落ちこぼれの問題児になる。この学校では、この子を「問題児」としてみるのではなく、こういう特性を持った子だと言う見方をしている。そしてそれにあわせて、サポートをしていくという姿勢をとっている。

友人の息子さんが同じ学校の別のクラスにいるが、彼もダウン症だ。友人曰く、学校はそういう特別なサポートを必要とする子に対して、個別にアドバイスをしたり、教具を貸し出したり、サポートの必要な子の親を集めて情報交換をする場を設けたりもしているらしい。

モンテッソーリはそもそも、こども一人一人にあわせた教育をしていくというものなので、特別学級的なものを作る必要がない。「ダウン症だから特別扱いしない」という態度は「だからみんなと同じことをしろ」では絶対にない。そもそも子どもは全員違うので、特別扱いしないというより、全員特別扱いしているという方が正しいかもしれない。

自分はいわゆる日本の従来型教育システムで育ったが、もし自分で教育システムを選択できたとしたら、あれは絶対に選択しなかっただろうなぁ、と思う今日この頃。

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