なぜ学校へ行かなければいけないのか

ままちゃんといっしょにいたい!

と泣くちいさい人を目の前にしてわたしは、なぜこの子は学校へ行かなければならず、なぜわたしはこの子を突き放して学校に送り込むんだろう、と考えていた。

正直、学校で過ごすより有意義な時間が過ごせるのなら、学校なんかいかなくていいと思っている。我が子が泣き出したのはお昼ご飯のあと。学校にいても昼寝をしておやつを食べて帰るだけだ。それなら家でもいいじゃないか。

行くことに意義がある、今ここで甘やかしたらもうずっと行きたがらなくなる、人に相談したらそういう意見も聞かれるだろう。

でも、3歳に満たないちいさい人が、母親を恋しがってなくことは叱られる対象だろうか? わたしはそうじゃないと思う。甘えだろうか? そうかもしれないが、3歳が甘えちゃいけないだなんて、厳しすぎる。

学校に入れた一番の理由は、わたしひとりではモンテッソーリのあらゆることを実行し続けることが不可能で、学校に頼った方が楽だし確実だと思ったからだ。ホームスクールもちょっと考えたが、自分の性格上、きちんと実行し続ける自信はまったくなく、こりゃお金払っても外注したほうがいい、と思ったからだ。学校へやるというのは、子育てを外注しているのだと思っている。「学校は毎日行くところ」
「特別な理由なく休んではいけないところ」そうだろうか? ってずっと思っている。わたしは子供の頃、親と一緒にいたかった。いつでもずっと一緒にいたかった。できるだけそばにいたかったし離れたくなかった。幼稚園の頃はよくさぼって家にいた。家は伊営業なので、両親と顔を合わせなくてもたくさんの大人がいて適度にかまってくれた。でも、それでも、親と一緒にいたいと思っていた。「ままちゃんといっしょがいいの! もうきょうがっこうおしまい!」という我が子を、そのまま抱いて帰ってくることはいけないことだろうか。わたしだって一緒にいたい。ちいさい人の悲痛な叫びも感じられる。たぶんこうして書きながら、わたしは、「連れて帰ってきても、多少さぼってもいいのだ。今は親といたいならいればいい」と思っているのだろう。そうか、そうだ。きっとそうだ。こんどは、今日はもう外注作業終了で、ってかんじで引き上げるのもいいかもしれない。

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