愛着と安全基地

サードカルチャーキッズのことや、黒バス事件の被告のことなど、ちかごろ『愛着』について考えさせられることが多い。そうして、そういった文章を読みながら、わたしは自分が本当に愛着を感じている物がない、ということをひしひしと感じている。

寂しい。

両親、実家、あるいは生まれ育った土地。そこに愛着を全く感じていないのか、と自問すると、きっと少しは感じている、とはおもう。しかし、それは例えば、辛いことがあったときに最終的にもどる「安全基地」なのかといわれると違う。わたしにとってそこは安全基地じゃない。苦しいことがあって泣いて帰っても突き放される、そう感じる場所だ。だから帰りたいと思わない。

わたしには「安全基地」がない。

だから、以前大きなトラブルに巻き込まれた時、わたしはぺしゃんこにつぶれたのだ。徐々に回復してきている気がするけれど、TCKのように、自分が今いる場所もいずれ立ち去るという気持ちが拭えず、物を買いそろえたり、家を自分らしくしたり、ということに力を尽くせない。どうせまた立ち去るんだから、と、諦めているところがある。心の中に寂しさが消えない。

違うのはTCKのように誰かに連れ回されているわけではない。わたし自身の選択で、ここに居ようと思えばたぶんずっといる方法はなんとか見つけられると思う。でも、そうしたいのか、といわれると、別にそうしたいわけでもない。

本当はどこかに落ち着いて、身の回りを好きな物でかためて暮らしたい。そしてそこから旅にでるのだ。スーツケースに入りきるだけの物しか持たない、なんていうのは、最終的に帰る場所、愛着のある場所があってはじめてすべきことだ。わたしにはそれがない。

この先の人生そういう安全基地なしで生きていかれるのだろうかと時に不安になる。特に、わたしはもう人の親であり、安全基地を持たない不安定な人を親に持った我が子に影響はないだろうかとものすごく不安だ。

我が子をTCKにしてしまうこと。私にとって愛着のあるHOMEがない以上、おそらく彼女もHOMEを知らずに生きていくことになってしまう。それってとてもとても不安なことだ。少なくともわたしは18歳までは実家に暮らしていた。そこが安全基地ではなかったにせよ、実家、そこに出入りする人、その街、そのコミュニティというなんとなくいつもかわらぬものがあった。それが彼女にはない。

帰る家はいつも違う。違う固さのベッドで、違った趣味の内装の家で、違った言葉で挨拶をする。

わたしですら30を過ぎてもこんなに不安なのに、本当にHOMEのなTCKにしてしまっていいのだろうか。彼女は思春期をきちんと乗り越えられるだろうか? わたしのようにいつまでたっても生き辛さを抱えていくことにならないだろうか?わたしは彼女にとっての安全基地になろうと思っている。彼女が必要とするときにはいつでも助けてあげられるように。でも、そのわたしがこんなに不安定で、それがきちんとできるだろうか?いろんなことがぐるぐる廻っている。

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