ヨガで泣いた

今日のヨガのセッション中のこと。

座った姿勢で前屈をし、頭を肩の間に落っことしていたら、強烈な「引っ越したくない!」という思いがわいてきて涙が出そうになった。それから終わりまでずっと心は落ち着かず、引っ越したくない、引っ越したくない、引っ越したくない、とばかり考えてしまう。名僧なんてできない。もう引っ越したくない、引っ越したくない、という気持ちばかりが暴走する。

なんというか、心の中で、愛着を持ったものから引き離される(自ら決めたことなのに)苦痛が、一気に爆発したみたいだった。

ヨガのセッションのあと、一緒に練習している友達に「どうしたの? 心がどっかいってるみたい」と言われ、何でもない風を取り繕いながら「なんか前屈してたら、引っ越したくない、って感じて泣きそうになったの」と答えた。そのあと彼女とはいつもの通り昼ご飯を食べるお店へそれぞれの車を運転していったのだけれど、お店までの5分ほどの道のりで、涙があふれてきてしかたがなかった。

涙を拭いて、レストランに入り、友人に笑顔を見せてみたが「tell me」といわれて、どわっとでてしまった。

たぶん「引っ越したくない」というのはきっかけのひとつに過ぎない。今までに繰り返してきた愛着対象からの離別の苦しみが一気に襲ってきたかんじだ。そうしてふらふらと国を移動し、心の休まるホームを持たない自分のライフスタイルに対する不安もある。そして我が子は私がふらふらするのについて回らないといけない。彼女の愛着形成も不安だ。それも掘り下げていくと、自分と母親との愛着の問題に行き着く。母親の話をし、そして今の子育ての話をしているうちに涙がどんどん出てくる。お昼時でぎゅうぎゅうのレストランで鼻水と涙を拭くわたし。

友人も彼女と親の間似合った問題などについて語りだし、彼女も一緒に鼻水と涙だらだら。はずかしい、といいながら二人で泣いた。

人前で泣くなんていつぶりだろう。ヨガのせいなのかPMSなのか。

結局私は自分と自分の親との関係についてなんとかすっきりした状態にならない限り、ずっとこうして不安定なのだろう。そのためには対決し、乗り越え、許していくのがいいと言うが、言うほど簡単じゃない。私はもうずっと逃げているのだ、地球の裏側まで。

私は親の期待に応えられなかった。そればかりが人生じゃないと頭ではわかっているが、心の中の母親の亡霊がいつまでも私を否定し続ける。

愛着障害やアダルトチルドレンからの回復は、子どもを育てたりすることで癒されると言う。実際私はそれで癒されてきている。でも、やっぱり本当に母親と対決して乗り越えない限りずっと逃げ続けることになるのだろうと思う。

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