移民として生きる道

アルゼンチンに帰ってきて考えた。

この国では見た目は完全なる日本人である私たちも、アルゼンチン人とその家族の永住者として扱ってもらえる。街へ出れば当然みんながアルゼンチン語で話しかけてくる。日本語や英語で話しかけてくる人はほとんどいない。

でも例えばいま住んでいる国では、その国の人になるのはとても難しく、たとえ現地人と結婚しても、現地人との間に子を産んでも、ビザは1年ごと、数ヶ月ごとの手続きが待っている。事業を興して現地人をたくさん雇って税金を納めてその国にたくさん貢献しても同じ。労働ビザは1年。労働許可なしの労働は国外退去もあり得るし、どこまでが『労働』であるかはものすごくグレーで、例えば学校のバザーでケーキを売るとか言うレベルでも、いちゃもんをつけて違法だと言えないこともない。ボランティア活動さえ労働許可を取得しなくてはいけない。友達に親切でなにか教えてあげただけ、それでも違法だと言えないこともない。さらに労働許可証を取得しても、許可証に書かれている仕事以外はしてはしてはいけないし、仕事をしていい物理的な場所まで許可証に明記されている。

そんなわけで、見た目は現地人と同じ私たち、現地語を何となく話し、何となくなじんでいるが、どこまで行っても結局はガイジンなのだ。

ビザのことを気にせず住む、仕事ができるってとても大きい。私にとってそれは日本かアルゼンチンになる。

アルゼンチンに帰ってきて、その安心感をすごく感じた。ここでなら、私は何かをはじめようとしてもいちいちビザだの会社登記だのの心配をしなくても良い。もちろん会社を興すには会社を作らなくてはいけないけれど、まずは会社にせずに小さくはじめてみる、というのができる。

仕事だけではない。

今住んでいる国で、我が子は私のビザにくっつく家族ビザで滞在している。例えば私に何かが起こった時、彼女は自分自身でその国に居続けることは難しい。もちろん彼女が学生ビザを取得することは可能だけれど、そのためにはかなりのまとまったお金が現地の口座になくてはならず、ビザの手続きのために出国しなくてはならない。私がいなかったらそれを誰がやる?

或は学校を終えた彼女が世界の旅に出る。数年後、自分の国に帰ろう、と思って心がが母国と感じているその国に帰ってみると、外国人としての扱いを受ける。ビザなしで入国できるが、ある一定期間を過ぎたら何らかのビザを取得しなければならない。自分の国ではないのだと、突きつけられる。どんなにペラペラに現地語が操れても、結局はガイジンなのだ。

自分の国ならそんな心配をしなくても生きていられる。すごく当たり前のことだけれど、それがとても身にしみて感じられた。アルゼンチンなら、私たちはここに居てもいい。少なくとも、我が子は、アルゼンチン人としてここにかえってくることができる。

移民として生きる、ということが脳裏をよぎる。アルゼンチンでは私たちは移民だ。わたしは日系1世、我が子は日系2世になる。某国ではどんなにがんばっても、「非移民ビザ」しかでない。これはその国を批判しているのではない。国策としてはとても正しいと思うし、そうしてきた国だから守れた文化があり、私はそれを愛している。

近頃いくつか読んだ、サードカルチャーキッズ(TCK)は、結局は母国に帰る非移民の子ども達の苦悩、メリットなどについて書かれていた。移民として生きる、異国を祖国として生きるというのは、また違ったことのように思える。私字sん、自分を移民であるとして考えたことがなかったけれど、もしかして今がそれを考えるときなのかもしれない。

実際、アルゼンチンで知りあった日系移民の皆さんは、日本人としてのアイデンティティを維持しつつも、移民として、この国の国民として生きている。ホームと感じるのは日本ではなくアルゼンチンだ。ふるい日系移民の方々が日本の文化を守り続けてくれているので、日本にいるよりもふるい日本文化がある。

現在暮らしている土地は、リタイヤ組の日本人、60代、70代の間でロングステイ先として人気があり、多くの日本人がいる。けれども彼らは結局年に数ヶ月いるだけの旅行者でしかなく、アルゼンチンで出会う日系移民の方々とは全く違う。もちろん現地人と結婚し、子をもうけている人もいるが、結局彼らも数ヶ月、一年単位で手続きを繰り返さなくてはいけないガイジンでしかない。

外国で暮らすと、その地で暮らす外国人とたくさん知り合う。結局外人同士がつきあいやすいと言うのはある。欧米人在住者が自身を「エクスパッツ」と呼び、何年もそこに暮らしていながら一言の現地語も話さず、現地人の友人も作らずにいるのを見て、この人たちは現地文化に溶け込む気はないんだな、とすこし醒めた気持ちで見ていた。でも、それは結局ある意味正しいのかもしれない。エクスパッツは移民ではない。

私は今暮らしている国がとてもとても好きだ。ずっとそこで働き暮らしてきたから、ほとんど自分にとってのホームと感じている。そこにいる人も、文化も、何もかも好きだ。どうしようもない適当さとか、ごちゃごちゃした汚さとかも、眉を八の字にしながらも、そこを含めて好きだ。どんどん変貌する大都会の首都も、牛と鶏ばかりが駆け回る田舎や、うっそうと生い茂るジャングル、それらもみんな大好きだ。

でも、仕事を辞めてそこで暮らそうと思ったとき、私はこの国の人じゃないと、当たり前のことを突きつけられたのだ。

ガイジンでいることはとても楽なことが多い。困ったときには「ガイジンだし」といって逃れられる気楽さがあるし、周りも「ガイジンだし」といってちやほやしてくれたり、適当に受け流してくれたり、或は興味を持って近寄ってきてくれたり。その反面、その国の国民でない以上、国の方針次第ですぐに国外退去にだってなりうる不安定な立場だ。

移民として生きる道、それを考えるときがきたのかもしれない。

サードカルチャーキッズ 多文化の間で生きる子どもたち (クロスカルチャーライブラリー)
デビッド・C.ポロック ルース=ヴァン・リーケン
スリーエーネットワーク
売り上げランキング: 247,281
広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中