自分も毒親をやっていると気づいた

PMSがひどかった頃、私は完全な毒親だった。でもいまはPMSが随分よくなって、いかにも毒親なことはほとんどしていない、とおもっていた。でも、してた。気づいた。

娘を、報酬をえさにコントロールしようとしてることがある。

たとえば私がどうしてもどこかへ行かなきゃ行けないのに娘が遊んでいて動かないとか、ふざけて鍵をかけて閉じ込めたり閉じこもったりとかしたときに、

「あっそ、じゃあいいよ、じゃあね、私行くから」

というかんじで娘を置いていく振りをする、というのをやってしまう。

そうすると、娘は寂しくなってびえぇ〜ん、と泣いて鍵を開けたりついてきたりする。置いていかれるというのに本当におびえている。

或は、娘が歯を磨かない。いつまでたっても磨かないのでイラっとして

「私、歯を磨かない人とは一緒に寝ないから」

と言ってしまう。娘は私と寝たい、一緒にいたいから、泣いて歯を磨く、本当はいやだけど。

わたし、すげー毒親だ…。

「言うこと聞かないなら、愛情というリターンをあげないぞ」って脅してるわけだよ。最低。

置いていかれるとか、愛情をもらえなくなる、っていうのは子供にとって最大の恐怖なわけで。それをえさに娘をコントロールしようとしている。

って、こういう風に書いたら、本当に自分がひどい毒親だって思えてきた。

こう言う場合どうしたらいいのだろうか。

「じゃ、いいよ、わたしいくから、じゃあね」の代わりに、引きずってでも一緒に連れて行く方がいいのだろうか。押さえつけて無理矢理歯を磨くべきなんだろうか。きっとその方が愛情って感じられるのかもしれない。

さらっと置いていかれるって(本当においていきはしないにせよ)、本当に、本当に、悲しいと思う。

回避性愛着障害っていうのに近いのかもしれない。私は、たとえばほかの大人に対して何かしてもらいたかったりしてもかなえられない時、「じゃあいいや、自分でやるから。私は私、あなたはあなた」「そもそも期待した自分が悪かった」ってなる。そして、それを子供にもやってる。

大人なら「あなたはあなた」でいいけれど、子供は一人じゃ生きていかれない。私の愛情を死ぬほど欲してる。そこで「あ、そう、んじゃいいや、さいなら」ってやるのはすごくひどい。ひどい、のはわかってるけれど、どうしていいのかわからない。

たぶん、私はこうして娘をたくさん傷つけてきたんだ。愛着形成の最もクリティカルな時期、6か月から2歳までの頃は、娘がだだをこねることもあまりなかったので「あっそ、じゃあいいよ、さいなら」となることはなかった。だから、それなりに安定した愛着を形成できているんじゃないかと思っていた。

でも、今、私はたぶん、すごい毒親なことをしているんだ。

PMSの性で毒親になることもあるけれど、それ抜きで、私の性質として、毒親の系譜をひいているんだっていることを認めるしかない。やっぱり毒親育ちは毒親になってしまうんだ。毒親育ちじゃない人って、どういうふうに子育てしているんだろう。教えてほしい。

つぎ、同じこと言いそうになったら、深呼吸をしよう。ヨガでやってる、お腹からはじめて胸から背中まで空気を一杯入れるやつ。毒親の系譜、本当に私の代で断ち切りたい。

愛着障害についてはこの辺を参考にしてます。めっちゃおすすめ。

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