割れたカップと4歳児の悔し涙

我が家では、娘の手の届く場所に、娘用の食器が置いてある。そのなかに、昨年のクリスマスにサンタクロースからもらったカップ&ソーサーがあり、娘はそれを気に入って使っていた。

今日、私が夕食の準備をしていると、娘が台所に入ってきた。娘がそのカップとソーサーをてにとってダイニングへむかったそのとき、カップがソーサーから転がり落ちてしまった。

私は食器の落ちる音にはっとして振り返って娘をみる。娘も私をみる。

私は何も言わずに、あっ、という顔をしただけで自分の料理に戻って娘に背を向けた。というのも、彼女が自分でどう処理するのか見たかったからだ。

娘は数秒呆然としたあと、しゃがんでカップをひろい、確かめて、それを持ってダイニングに行く。

泣かなかった。割れちゃった、ともなんとも言わなかった。静かに、ひとりで、心の中に収めようとしていたのかもしれない。その後、冷蔵庫からジュースを取り出し、そのカップに注いでいるのをみて、私はついに声をかけた。

「カップ、割れていたらそれで飲むと危ないよ」

娘は、小さく『ちょっとだけ割れた」という。カップをみると、形はとどめているものの、飲み口の周りが欠けている。「大好きなカップなのは知っているけれど、これでジュース飲むと危ないから、飲むのにはもう使えないよ」というと、数秒堪えてから、静かに泣き出した。

抱きしめてやると、堪えるようにして泣く。サンタさんからもらった大切なカップ、大事にしていたのに、落としちゃって悔しいね。自分で壊しちゃったのだから誰も責められない、悔しくて仕方がないに違いない。

大事なカップだから、飲むために使えなくても捨てないよ。数日前に娘が私に買ってくれた生花がちょうどそのサイズだったので、お花をカップに入れて食卓に飾った。

夜寝る前に、「今日楽しかったことは?」「今日嬉しかったことは?」「今日悲しかったことは?」などを聞くのだけれど、今日も悲しかったことはない、というので、あれ? カップは? というと、「あれは、悔しかったの」と答える。

悔しいと言う言葉と自分の中にある感情が繋がったのかなぁ、と思う出来事でした。

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