ちいさい人

自分に怒っている自分を受け止めること

積み木で遊んでいた娘が、自分で積み木を倒してドンガラガッシャーン。キィー! っとなった。

「わたし、じぶんにおこってるの!」

だそうだ。

その時は、そうかそうか、おこってるか、と思って流していたけれど、しばらくそれが引っかかっていて、数時間後に車に乗っている時に娘と話した。

私「さっき、積み木崩して、わたしじぶんにおこってるの! って言ってたでしょう。わたし、それ、すごいなあ、と思ったよ」
娘「どうして?」
私「自分で、自分が今どんな気持ちか、ってわかって、それを言葉で言うことができる、って言うのは、とても素晴らしいことだと思う」
娘「ふぅーん?」
私「気持ちは、どんな気持ちでも、そうかそこにいるのかって見てあげないと、そのうち暴れ出すからね。おこってる時に、おこってるんだね、そうかそうかって言ってあげられたら、娘ちゃんの心の中にいるプンプンしてるちっちゃい人がおちつくよ」
娘「ちゃんと見てあげなかったらどうなるの?」
私「そのうち大暴れして大変なことになるよ。心や体が壊れちゃうかもしれない。人だって、いつもいつも知らんぷりされて、誰にも見てもらえなかったら、辛くて悲しくて、いつか大暴れしちゃうかも」

まあ、こんな話をしながら車を走らせていた。

そうか、そんな歳になったかぁ、と感慨深い。

娘がまだ1歳半くらいの頃、友人宅に泊まったことがある。そこには5歳の男の子がいて、家中の興味がまだ赤ちゃんの我が娘に集中したことに、ものすごい嫉妬していた。

その5歳児が「僕、今ものすごい嫉妬してる!」ってプンプンしながら言っていたのを聞いて「すごい!」と感銘を受けたのを覚えている。5歳児が自分の感情を「嫉妬だ」って理解して、それを言語化できるってすごい! と。

うちの娘6歳。ちゃんと自分の気持ちを受け止めて、人に伝えることができている。私だって時々できないし、きっとこれができない大人っていっぱいいると思う。

感慨深い。

どんな感情も、持っていいんだって言うこと忘れないでもらいたい。私自身は、子供の頃、自分の感情とそれを押し殺そうとする理性みたいなのの間で板挟みになって辛かった。悲しんでいい、怒っていい、って、誰かに言ってもらえていたら、きっと違っただろうな、って思う。

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大草原の小さな家を読んでいる

子供の頃テレビで見ていた大草原の小さな家。最近寝かしつけに読んでいる。

なんと、1冊目は「大きな森の小さな家」だった。草原じゃない、森だ。大きな森の中の丸太小屋で暮らす家族の日常が描かれている。

大きな森の小さな家 ―インガルス一家の物語〈1〉 (福音館文庫 物語)
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大昔なのでもちろん電気などはないので、日常生活がとにかくいろんな作業でいっぱいだ。バターを作るとかチーズを作るとか、ハムやソーセージを作るとか、メープルシュガーを作るとか。その作業が、もちろん、豚を殺すところから、乳を搾るところから。それから鉄砲の弾もなんと自作だ。もう生活すべてが大変な作業だ。

1冊目はそうして、大きな森の中の小さな家、の話で終わる。

昨夜から2冊目に入った。

大草原の小さな家 ―インガルス一家の物語〈2〉 (福音館文庫 物語)
ローラ・インガルス・ワイルダー
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なんと一家は居心地の良い大きな森の小さな家を捨てて、大草原、つまり西部に旅立つ。馬車に全てを乗せて、幾つもの川やクリークを渡って、大草原へと旅立っていく。ようやく私の知っている「大草原の小さな家」、いや、まだ家もできていない、旅路の話だ。

これって、6歳児にとって面白いのかな? そもそも、想像がつくんだろうか、こんな世界? とちょっと疑問に思いつつ、ずっと読んでいるけれど、つまらないとは言わないし、もっと読んで、というので毎晩読んでいる。

ところで、文学って本当は原文で読みたい。だから本当はこれも英語で読みたいところだけれど、家では日本語を頑張りたいので日本語で読んでいる。

もともと日本語で書かれた、子供向けかつファンタジーじゃないものを探しているのだけれど、結局、それなりにまとまった長さのある子供も楽しめるファンタジーじゃない文学、というのを日本語ではなかなか見つけられない。なぜだろう?

外国のものだと、世界名作童話や、この大草原の小さな家、それから、きかんぼのちいちゃな妹(ドロシー・エドワーズ)シリーズとか、子供が中心のファンタジー以外のものも見つかるのに。

ファンタジー以外の日本の児童文学ってなんでしょう? 火垂るの墓とかはだしのゲンとか戦争ものは思いつくけれど、6歳トラウマにならないかちょっと心配。

キレる人が切れなくなった漫画を読んだ

布団の中でダラダラとケータイをいじっていて、ついうっかりポチってそのままキンドルアプリでこの漫画を読んだ。

 

キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~ (BAMBOO ESSAY SELECTION)

突然キレて旦那さんをグーで殴ってしまう自分をやめたい、と奮闘する漫画だ。34歳までブチ切れていて、ゲシュタルト療法に出会って35歳には全くキレない人になったらしい。この旦那さん、こんだけ殴られてひどいことを言われて、それでも一緒にいてくれるなんて、なんて素晴らしい人なんだろうと思う。羨ましい。いや、でももしかして、共依存ってやつかもしれない。旦那さんの生い立ちもぜひ知りたい。

それに、赤ん坊を抱っこしたまま旦那を殴るなんて、完全な虐待(旦那に対しては肉体的虐待、子供に対しては精神的虐待)だよ、大丈夫かな、と心配にもなる。子供のその後の成長が知りたい。

キレる原因は、毒親にあるらしい。親にどう扱われてきたか、ということが影響している。

このエイコさんのお母さんが、私の母に似ている。そして、私も思春期はエイコさんのように常に腹の底に怒りをためていたし、とにかく母親から逃げ出すことだけを考えて生きていた。青春時代をそんなネガティブな思いに費やしたことに怒りもあった。

でも、私は、人をグーで殴るようなキレ方はしなかった。高校時代までは、母にはキレたけれど、それ以外の人にキレたことはない。でも、一人の時になぜかキレてものをぶん投げたりはたまにしていた(生理前に)。ここ数年はしていないけれど、ごくたまーに、ものをぶん投げたくなる時がある。

そういえば、私が子供の頃、家ではよく皿や茶碗が割れていた。母と兄の喧嘩でだ。そして、それを掃除するのは私だった。今思えばなんて理不尽!

エイコさんがキレるパターンは、誰かに何かを言われたこと(あるいは自分自身でそう思うことによって)、「お前はダメだ」の呪いに対してパニックを起こしている、という状態らしい。

エイコさんの生い立ちに対していくつか類似点を見出せるので、もしかして私のPMS(産後2年目くらいに突如怒る人になった)もこれだったんだろうか? と考えてみた。でも、ちょっと違う気がする。

私の場合、怒るきっかけは、誰かの行動ではなかった。何故ならば、朝目が覚めた時点で、体の奥底から怒りが湧いていた。誰かが何かしたとか、自分が失敗したとか、そういうトリガー無しに、とにかく怒っていた。そして、食べ物を気にするようにしたら、怒りは収まった。だからやっぱりPMSだったんだろうと思う。でも、PMSだということにしたい(つまり、本当の原因から目をそらしたい)という自分がいる気もする。もしかして、PMSだって言うことで、自分のことを徹底的にケアしてやったことで、心も癒えたのかもしれない。

エイコさんの、お腹の中でメラメラ怒りが燃えてる感じ、すごくわかる。PMSのときそれを感じていたし、思春期に母親に対して感じていたのもそれだ。ほんと、自分が死ぬとか相手を殺すとかしないで思春期を乗り越えられてよかった、ってレベル。

このマンガが面白かったので、キンドルでぽちぽちしているうちに4冊くらい同じ作家のものを買ってしまった。どれも、親との関係が焦点のもの。

私は今親だ。そして、自分の親は毒親なので、絶対にああはならないようにしよう、と思っている。が、自分で似ているところに気付いたりする。

基本的に娘と私の二人なので、二人の関係は異様に濃い。くっついていると幸せだけれど、正直やばいと思う。思春期が恐ろしい。

今の娘は、ママが絶対! という年齢で、私のいうことはなんでも信じるし、私が悲しむとか傷つくとか怒るとか、とにかく何かネガティブな感情に包まれることをものすごい恐れている。ママはいつも幸せでいてほしい、と思っている。無邪気に笑っている娘も、もしかしたら我慢して私を笑わせているのかもしれない、と思うことも多々ある。もしそうなら、娘は将来的に、私に対してものすごく怒り、生きづらさを感じることになってしまう。

漫画に出てくる毒親や、私の母の世代に比べて、現在子育てをしている私たちの世代は、色々と調べることができる。毒親、なんて言葉も最近のものだろうし、インターネットで検索すればいくらでも情報は出てくる。だから、自分の母に比べたら、自分で危機感を持っているだけマシじゃないか、と思っているが、不安は拭えない。

母娘二人、と言うのは、やばい。自分がやってきたから、言える。やばい。だから、できるだけ、娘にとっては親以外の大人とも関わりを持つようにしている。親の価値観が絶対、という状況になってしまうのは恐ろしい。世の中にはいろんな人がいて、いろんな価値観があって、ママもよく間違ったことを言うし、間違ったら、学べばいいんだし、間違ってるとか正しいとかで判断できないこともたくさんある。

まだ6歳には複雑すぎるだろうか….。

正直、彼女にとって、ママ(私)が全て、と言うのは、非常に危険だと思っている。私自身は変だと思ってないけれど、小さい頃から「変わってる」と言われてきた私だ。やばいでしょう。だから他にも信頼できる大人をたくさん増やしてやりたい。

ところで、毒親系の本って色々読んだけれど、毒親じゃない親ってどう言うもんなのか書いている本ってないのかな… 私は毒親だろうか?

悲しい顔

今日、私の心は穏やかでなかった。でも、顔には出さないように頑張った。笑顔を見せて、元気に喋った。

でも、小さな人が「ママ、悲しい顔してる」。

と言いながらすごく心配そうな顔で私を見る。私の表情をじっと観察して、「ママ、おめめが悲しそうだよ、おはなも、ほっぺも。どうしたの、大丈夫?」と言って目を逸らさない。

「なんでもないけど、悲しそうだって心配してくれるあなたの優しさに涙が出そうだよ」ってごまかした。

私は作り笑顔が下手だ。子供に心配かけるなんて。

小さい人がいてくれることで、とても救われることがたくさん。でも、小さい人に頼ってはいけない。小さい人は、家では思う存分、小さい人として過ごして欲しいから。小さな大人じゃなくて。

でも、こんなに、人の気持ちに敏感で、心を配れる人に育ってくれて本当に嬉しい。

宇宙のことを考えたら怖くなった小さい人

この間、小さい人とこんなニュースを読んだ。

The Milky Way’s giant black hole chews up stars and spits out planets

ブラックホールが星を食べた後に、ぺってなんかを吐き出した、っていうニュース。

ブラックホールって言ったら、なんでも吸い込んじゃって一旦吸い込まれたらもう何も逃げ出せない、っていうのが定説だった。うちの小さい人もそれは知ってた。教科書全部書き換えなきゃねぇ、大変だねえ、なんて言いながらご飯を食べた。

そもそも、うちの小さい人曰く、私たちは地球に生まれる前は木星にいて、死んだらカリピスティ126番(又は他の星)に行くことになってる。プルートは惑星じゃないんだとか、スペースポテト(小惑星)はポテトじゃないとか、宇宙は結構好きみたい。

「もぐもぐ、ペッ!」っていうのが面白くて、ご飯の後もいくつかニュースや動画を見たんだけれど、その中の一つに、ブラックホールの中には別の世界が広がってるんだ、っていう話があった。

そして宇宙について話していたら、「こわい」って言い出した。

うん、わかる。宇宙のこと考えるとクラクラしてちょっとこわいよね。ブラックホールに吸い込まれたらどうなるのかなあ、って。地球の外に一人ぼっちで飛び出したら? どっかに他の生き物がいたら?

枕元にあった、カート・ヴォネガットの「タイタンの妖女」を手にとって、この本に、ブラックホールみたいな(ブラックホールではなくて時空の狭間的なのだっけ?)のに吸い込まれちゃった人の話が書いてあるよ、と。でも、カート・ヴォネガットっていう人が作ったお話だから、本当のことではないけど。吸い込まれちゃった人は、未来と現在と過去と、あそことここといろんなところに同時に存在するんだって。

宇宙のこと考えるとこわい、っていう6歳がとっても愛おしいなと思ったのでした。

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)
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かりぴすてぃ126ばん

うちの小さい人、生まれる前にどこにいたかっていう話を時々する。

大枠としては「おそらでふわふわしてた」「ままもいた」「お友達のなんとかちゃんもいた」「髪の毛が長くてゴールデンで、パープルのドレスを着ていた」というもの。具体的な場所は、木星らしい。

最近、小さい人、死んだ後にどこに行くのかっていう話をする。人によって行き先が違うらしいが、私の父(小さい人のおじいちゃん)は、「かりぴすてぃ126ばん」という星にいて、そこの王様になっているのだそうだ。私の母が死んだらそこへ行って、お妃様になるらしい。かりぴすてぃ126ばんはとても綺麗な場所らしい。よかった。

なんかとても壮大で素敵だなぁって思う。私は死んだらどこの星へ行くんだろう。

6歳4ヶ月の記録

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興味関心

  • Inside outのペーパーバックを1時間弱で読破できたことで自信がついたのか、自分で本を読むことに興味を持ち始めた(英語)。
  • 日本語の本はまだサボり気味で(ママよんでーってなる)、ちゃんと物語性のある文章を自分で読むことは少ない。短い絵本などは読む。
  • 現在本棚エリア引っ越し中。本をどんな順番で並べるのか(背の順か、作者順か、外国人作家の場合はカタカナかアルファベットか、言語別か、カテゴリ別か、など)考えるのが楽しい、けどすぐ飽きる。
  • 宇宙が好きらしい。太陽系の星の順番はもう完璧。土星のリングは何でできてるとか、冥王星は惑星じゃないとか、小惑星はジャガイモじゃないとか、ブラックホールはなんでも吸い込んじゃうとか教えてくれる。
  • キラキラ大好き。

こころ

  • 基本的に安定しているけれど、最近時々、大泣きして駄々をこねたりもする。
  • とても優しい。
  • ママが大好き。
  • ママが怒っているのは自分が悪いのか、ママが勝手に怒っている(疲れている、お腹減っているなどの理由で)か、だいたいわかるらしい。

からだ

  • 時々からだのどこかが「普通に痛い」という。場所が一定しないし、一時的なものなので成長痛かな? と思っている。
  • 上の前歯がグラグラし始めて長いがまだ抜けそうにない。
  • 8月から9月にかけて、二人で3週間以上風邪だった。

幼児に包丁持たせても大丈夫

一般化するのは危険かもしれませんが、うちの子の経験上、結構大丈夫です。

娘が1歳と3ヶ月の時に、このお料理道具セットを買いました。

そんで、その時から使わせています。包丁はギザギザ付きで、スパーンと指を落としたりしませんが、私が日常的に料理で使えるレベルで切れます。先っぽは丸いので危なくない。でも、包丁を持っている1歳児を見ると周りが「ちょ! 危ない!!!」と騒ぐので、あんまり人前ではやらせてませんでした。

私はモンテッソーリママだったので(今もですが)、子供に対して「あなたはまだ小さいからできないよ」っていう態度は取りたくなかった。だから、本物をもたせて、少しでもできることをさせたかったのです(あと、早くできるようになってもらって楽したかった)。

もちろん最初はすごい柔らかいものを、切るというより叩く感じ。包丁の持ち方も、ニャンコのても、最初は一緒についていないと心配でしたが、3歳くらいになるとまあだいたい大丈夫。今6歳、力の要るもの以外はあまり問題なく切れています。

ちなみに、未だにこのお料理道具は毎日親子揃って使っています。あとIKEAのおままごとお鍋セットがあるのですが、これ、ステンレス製で本当に火にかけられるので、離乳食を作っていた時に味付け前に子供のぶんを取り分けて調理するのに大活躍でした。

6歳になるといちいちそばで指示を出さなくてもいいので、料理を実際に手伝ってもらうことができます。ちょっとこれ切ってちょうだい、と頼むと、さくさくっと切って「終わったー、遊んでくるー」って感じです。卵もカラを入れないで割れるようになってきたし、火を使ったこともできます。

一緒にお料理できるって楽しいなぁ。子供ができる前は大好きだったお料理。子供ができてから、ずっと義務になって、誰も感謝してくれなくって苦痛になりつつあったのですが、最近また楽しくなってきました。嬉しい。

小さい人のこころ

親バカだけれど、我が子は(今の所は)とても、強い人だと思う。強いというのは、アグレッシブだとか力が強いとかいうわけではなくて、人としてしなやかで、強い。

6歳児について表現する言葉とは違うかもしれないけれど、この小さな人と暮らしていて、日々、尊敬している。

普段からとてもハッピーで幸せいっぱいの人なのだけれど、強いな、素晴らしいな、と思うのはそればかりじゃない。

困った時に人に助けを求められること。悲しいこと、辛いことがあった時に、どうしたら自分の心が落ち着くかを知っていて、行動に移せること。

これって、多分うちの小さな人に限らず、小さい人って基本的にそうなんだろうと思う。なんでも「ママー」っていうし、悲しいことがあったら「ママにくっつくと安心する」って知ってる。でもこれって、すごく重要なスキルだと思う。自分の感情を理解して受け止めて、それに対処する。大人だってできない人はいっぱいいる。

それから、もう一つ、素晴らしいなと思うのは、自分とは関係なく怒っているとか悲しんでいるとかストレス下にあって笑顔じゃなくてキリキリしている人が身近にいても、それに対して固まったり、怒ったりといったネガティブなリアクションを取らない。そばに座って、大丈夫だよ、ってポンポンしてあげられる優しさ、そして強さがある。

私は、身近にイライラしている人がいたりするともろに影響を受けて、こちらもなんだか嫌な雰囲気になってこちらも固まって無言になってしまったりする、その人がイライラしている理由が自分と全く関係がなくても。うちの小さい人はそれがない。

私が時々怒っている時に「これはママが勝手に怒っているのであって自分のせいじゃない」のと「自分が悪いことしたから怒られている」の区別はちゃんとついているらしい。自分のせいじゃない=ママがお腹減っているか、疲れているか、ホルモンバランスが崩れているからだ->労ってやろう、という行動につながる。自分が悪い場合は、まあ、押し黙ってふてくされることもあれば、素直に「はい、ごめんなさい」って言って直すこともある。

例えば洗濯機がうごかなくて、私が悪態をついたりすると、娘は必ず「そんなこと言ったら可哀想だよ。洗濯機さんいつも洗ってくれてありがとうって言うんだよ」って教えてくれる。

時々、6歳にしちゃ理解ができすぎて、大人びすぎているんじゃないかって思うこともある。6歳ならまだまだ駄々をこねたり、泣いたり喚いたりすることもある年齢だと思う。私は6歳くらいはとにかくいつも泣いていた気がする。今思えば、周りの大人に理解されない辛さを怒りや悲しみとして表現していたんだろうと思う。なんで理解してもらえなかったんだろう。うちの子見てるとすごいわかりやすいのに。

優しさって強さだな、って小さい人を見ていて思う。この、優しく、しなやかで、強いこの人の良いところを、壊さないようにしたいと思う。まだ6歳、脆い。心が深く傷つくことがあれば、きっと簡単に壊れてしまう。

さあ、どうしよう。親って、難しい。

6歳、自分で本を読み始めた

日本に住んでいなくて、身近に日常的に会う日本人もほとんどいないという環境の私たち。小さい人の日本語をなんとかするのはほとんど私の役目なわけです。ちなみにうちにはテレビもないので、日本のテレビを見たりとかいうこともほとんどありません。

今の所、小さい人の日本語能力、特に会話については問題ないんじゃないのかなーと楽観しています。たまに日本に行くと、同じくらいの子の語彙や敬語の使い方に「うちの子足りてない!」と焦ることもしばしばですが、私の言っていることはすべてわかるし、自分のこともだいたい日本語で表現できます。英語と日本語ではどちらも同じくらいと本人は言っていますが、独り言がほとんど英語なので、頭の中は英語の方が若干多いのかな? と思っています。

さて、問題は読み書きです。こればっかりは、日常的に喋っているだけではなんともならないので、読んだり描いたりする必要があります。ひらがなは前からだいたい読めるのですが、カタカナは怪しいし、ひらがなでも「ち」と「さ」とか似ている文字は怪しい。

本は小さい頃から身近にありますが、絵本ばっかり、あるいは、私が読み聞かせするばっかりで、まだ自分で読む、ということはありませんでした。

さて、6歳。そろそろ自分で読んでくれよ、というわけで、大きめのひらがなばっかりで書かれた本を買って、車の中に放置しておいてみました。毎朝学校まで30分弱のドライブです。その間、暇です。本を手に取ります、そして、自分で読み始めました。今読んでいるのはこれ。

 

いやいやえん (福音館創作童話シリーズ)
中川 李枝子
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実は私まだ自分で読んでいません。小さい人が、車の中で声に出して読んでいるのを聞いて、ふん、ふん、と言っているところです。1日数行から1ページのペースですが、ここ数日は毎日読んでいます。

それから、「こども世界名作童話」シリーズも買って見ました。これもじが大きくてひらがなとルビが振ってあるので、多分、読めます。今のところ、寝かしつけに私が読んでいますが・・・

くるみわり人形 (こども世界名作童話)
エルンスト・テーオドール・アマデーウス ホフマン 深田 甫
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「くるみわり人形」ってこんな話だったんだっけ・・・結構色々突っ込みたくなる話でした。

それからまだ届いてないけれど、こまったさんシリーズも買って見ました。

こまったさんシリーズ おはなしりょうりきょうしつ 全10巻
岡本颯子 寺村輝夫
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あとは、手塚治虫の豆コミックを買ったのですが、今の所絵を見てるだけらしいです。二人でベッドに転がってブラックジャックを読んでいます。そのうち字も読んでくれるといいな。

ミニコミ 手塚治虫 漫画全集 Vol.1 200巻 特別限定セット BOX
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ひらがなばかりで書かれている本で、6歳が読めそうなのは他に何があるかな? 自分が6歳の頃、何読んでいたのか覚えていません・・・・

ポジティブな人と暮らしてる

うちの小さい人はすごくポジティブだ。大人の世界で回ってくるポジティブな言葉とかとは全然別。ポジティブになろうとしているわけではなくて、素でポジティブ。

コップの水がどんなに少なくてもそこにまだある限り「まだある♪」って喜ぶタイプ。最近は瓶の底にちょっと残った旭ポン酢をみて「まだある♪」って喜んでた。

外国に住んでいて外国人のお友達も多いから、お友達とさよならすることも多いけれど、でもそんな時も「会いに行けばいいんだよ♪」っていう。

私自身そこまでポジティブ人じゃない。それに小さい人がもっと小さかった頃の私は鬱っぽくなっていた時期が長くて、むしろネガティブ人だった。鬱から脱却した時に、いかに自分の表情筋が退化していたか気づいたくらいちゃんと笑ってなかった。そんな私と一緒に暮らしてきたのに、うちの小さい人はすごいポジティブな人に育ってる。

生まれ持った性格って、あるのかもしれない。

このままポジティブ人でいてくれるといいなあ。

5歳11ヶ月の記録

色々ありすぎて記録をしていないので忘れたくない。もう結構忘れてるけど最近のこと。

歯が抜けた

下の前歯が抜けた。日本を出る日くらいにグラグラし始めて、小さい人は大興奮。毎日毎日触って「いつぬけるとおもう?」「こんなにグラグラしてるよ」と。グラグラし始めて数日後に抜けた。ポロっと。でもどんな状況でぬけたんだっけ。ふつうに「あ、抜けた」と言っていたのは覚えているけれど。

日本だと下の歯が抜けたら屋根の上に投げるとかあったような気がするけれど、小さい人は「tooth fairyが来る」と思っているらしい。歯が抜けた日に枕の下に置いて寝ると、トゥースフェアリーがお金と交換してくれる、ってやつだ。

トズースフェアリーとしては、枕の下に入れられると起こさずにことを済ませられる気がしないので、封筒に入れて枕元に置くとか、ハンカチに包んで、とか色々提案したのだけれど、枕の下に入れるという。しかも小さい人枕が10個くらいある。これは困った。トゥースフェアリーの遣いのママちゃんは枕元にわかりやすく置く、という方向で頑張って説得。なんとか成功。

お小遣いをもらい始めた

トゥースフェアリーが歯と交換に日本円にして30円くらいくれた。それが最初のお小遣いで、その週から毎週60円位あげることにした。このお金は自分のお金なので、どんな使い方をしてもママちゃんは文句を言えない。普段食べさせてもらえないお菓子を買っても文句は言えない。

気遣い

ママちゃん、無理しないでね。気をつけて行ってきてね。なんて言葉をかけてくれる。

怖い夢

怖い夢が忘れられないらしい。怖い夢の中身はずっと話してくれなかったけれど、最近話してくれた。モンスターがママちゃんを連れて行っちゃう夢らしい。モンスターはどんだけ怖い顔してるのかと思って聞いてみると、普通の人間みたいに見えるんだそうだ。男も女も子供もいて、みんなでママちゃんを連れてどっか行っちゃう。

小さいひとは、私がいなくなることをすごくすごく恐れているのだと思う。

愛されてるって知っている

出張や、趣味などで小さい人を置いて出かけることが増えた。仕事も忙しいし、くっついている時間も減った。私としては、もしかしたら小さい人が「ママちゃんに愛されていないかも」って不安になっているんじゃないか、という不安があった。でも、聞いてみると、ママちゃんが自分のことを好きだ、っていうことはつゆほども疑っていないらしい。絶対に好きでいてくれる、って知っているのだそうだ。よかった。

一人で寝るようになった

歯が抜けた日から、ほとんど一人で寝るようになった。歯が抜けるほどお姉さんなんだからって。それから、朝の6時までは私の部屋に来てはいけない、と言うルールを設けた。とは言っても、怖い夢を見たとか、とっても寂しい気持ちだとか、そういう時は例外。

おかげで私も一人で寝られるので、少しはよく寝られるようになった。一緒に寝ると蹴っ飛ばされるし、殴られるし、ちゃんと眠れない。

プライバシーをちょっとづつ教えているがまだピンとこない

朝の6時まで私の部屋へ来てはいけない、もその一つ。私とあなたは別の人、それぞれプライバシーがあるんだよ、って言うことを話している。一人で落ち着いてオシッコもできなかった数年(私が)、私はいい加減疲れた。トイレやお風呂は一人で入りたい。カバンや財布を勝手に開けられたくない。

トイレやお風呂に入るときには、ちゃんとノックすること。人のカバンやおさいふ、引き出しを勝手に開けないこと。触りたいものがあるならちゃんと許可を得ること。言って聞かせているけれど、まだいまいちできていない。

その他色々

  • 大人っぽいことを言う
  • 独り言が英語
  • お絵かきやクラフトが一番好き
  • ママちゃんのお嫁さんになる、は変わらない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい人は働き者

レバノンから帰って来た日は日曜日だった。4週間ぶりに会う娘は、とても成長していた。

私は長旅と時差でぐったりしていて、何にもしなかった。すると娘は自分から率先してテーブルをセットアップして、食事が終わるとお皿を洗い、テーブルを拭いて、テーブルセンターを敷いてまた綺麗にセットアップしてくれた。

それから「ままのバスルームはメッシーでアグリーなんだから」とルー大柴みたいな話し方で私のバスルームを片付けてくれる。

私が何かやろうとすると「いいよ、ママはぐったりしてて」とやらせてくれない。

自分の着替えはもちろん一人でやり、以前なら「まま、はさみとってー」と言っていたような場面でも、何も言わずに自分の部屋にハサミを取りに行った。

「ままがぐったりしているときは私がやるの」と娘はいう。実際、私が体調を崩して寝込んだりすると、娘はとても働き者になるが、今回はいつも以上にとても頼りになった。

親バカだけれど、我が子はとても素敵な人間だと思う。

おおきな木

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「おおきな木」という本あります。これはどちらかというと大人向けの絵本じゃないかな、と思うのですが、娘の本棚に入れてあります。ちなみに私が持っているのはスペイン語版です。

泣けます、この本。感動する、いい話だっていうんじゃないんです、悲しいんです。泣けてきます。愛情のすれ違いっぷりに辛くなります。

先日、娘がこの本を読んで、と言って持ってきました。

うちの子のスペイン語力は、Manzanaってなに? Esconditeってなに? ってきくと単語の意味はわかっていたりするのですが、この本を読んでもらってちゃんと理解できるレベルではありません。そんなわけで「にほんごでよんで」となり、大雑把直訳日本語読み聞かせをしました。

私の肩にもたれて静かにしているので、ねちゃったかな? と思って横をみると、娘のほおに一筋の涙が。

この本を読んだのは初めてではなくて、ずいぶん前に何度か読んで私が泣きそうになっているのは知っていましたが、この話を理解して涙を流す、というのが5歳にもおこることなのか、と驚きました。どういう理解をしてどうして泣いていたのか、本人は説明できないようでした。

愛ってなんでしょうね。

モンテッソーリ3年半、後悔していない

我が子を2歳ちょっと前からモンテッソーリスクールに入れている。私がモンテッソーリが好きだから、というだけの理由で。

モンテってどうなの? ってよく聞かれるのだけど、いいとか悪いとかは比べられない、他を知らないし。でも私はすごく好きだし、今までモンテに入れておいたことは後悔していない。

なんでそんなにモンテが好きなのか、というのを説明しようとすると結構支離滅裂になってうまく伝わらないことが多いので、ちょっと書いておこうと思う。

モンテを気に入っている理由

自発性と自律性を重視する

モンテでは、自分が何をやりたいのかを知り、やると決めて、実際に行動に移し、納得いくまで繰り返し、自分で区切りをつけて終わらせる、ということを毎日繰り返す。先生が「さあみなさんこれやりましょう!」「さーおしまいです!」ではない。もちろん自分で選べないで長いことぶらぶらしている場合には、先生が何かを選ぶように促したりはするし、手をつけていない分野のお仕事があれば、それもうまい具合に勧めたりはする。

自分で選んで、決めて、行動に移す(ここ重要)こと。そして、どこまでやったら終わりかを自分で判断し終わらせられること(ここも重要)。これって人間としてとても大切なスキルだと思う。これがうまくできない大人だってたくさんいるし、私自身、毎日の小さな決断の繰り返しに疲れはてて「誰か全部決めてくれ」って思ってしまうこともある。

昔デザイン事務所で働いていたころ、社長(本業画家)が、「どこで筆を置くかが重要だ」って言っていた。ほんとそう。何事も、終わりを見極めて、自分で終わらせるって、すごく難しい。なにかを終わりにするのって、始めるより難しい。

環境が子供をガイドしている

ユーザビリティの大御所でドナルド・ノーマンという人がいるのだけれど、そのひとが「アフォーダンス」ということを言っている。簡単に言うと、モノはその形によって人の行動を引き出している、ということ。例えば、引っ張って開けるドアのノブは「ここをひっぱってね」という形をしている(たまに押すドアに引き手がついていると人は戸惑う)。

モンテッソーリは教具も、教室にいる先生も、そういう感じのガイド役だ。先生が教える、というよりも、子供達が目的を達するためにガイドしている、という感じ。先生は先生ではなくて、環境の一部、という扱い。

私が、なぜこれが好きなのかというと、子供は「自分で発見する」ことができるという点だ。こうこうこうだからこうだよ、って教えられるのではなくて、こどもはアクティビティを通して、自分でいろんなことを発見する。先生は、発見するための手順をガイドしてやったりするだけだ。

個人を尊重するいろんな個人の集まった社会

モンテッソーリは6歳までは個人でやるアクティビティが多い。5、6歳くらいになると、2、3人でやるゲーム的なものもあるけれど、基本は個人で仕事をする。全員で何かをするのは1日に15分程度のグループタイムだけで、あとは基本一人で黙々と作業をする。

こどもたちは、自分のやりたいことを思う存分やることができる。誰かが選んだアクティビティを、誰かが決めたタイムテーブルでやるのではない。自発性と自律性を尊重する、ということは、その人個人を尊重することだ。つまり、子供は自分で自分の責任を取らなくてはいけない。誰も代わりに決めてくれない、自分で決めなくてはいけない。

これはとてもとても大切なスキルだと思う。誰かに決めてもらうのに慣れてしまったら、自分の人生に責任を持たなくなる。

そして、自分のことに責任を持てる個人が集まっている社会では、他者を当たり前に尊重する。個人の主張がぶつかり合うのではない。モンテのクラスでは、教具は基本的にワンセットしかない。つまり、同じお仕事をやりたい子が複数いたら、順番を待つとか、ゆずり合うとかして融通しなくてはいけない。同じ教具を用意して与えてやり、コンフリクトを解消する、というのではない。もし、眠たければ布団を敷いて眠っていてもいい。でも、他の人の邪魔にならない場所で、だ。それに、モンテでは制服はなことが多いがドレスコードがある。周りの人の気を散らすような格好で学校へ行ってはいけない。

また、モンテは3歳から6歳まで一つのクラスにいる。学校にもよるだろうけれど、我が子の通う学校では、発達障害があったりする子も普通に同じクラスにいる。みんな違っているのが当たり前で、大きな子は小さい子に教えてやり、小さい子は上の子を真似する。中には周りと馴染めない自閉症の子がいたりする。でもその子はそういう子だ、と受け入れて、みんなと同じであれと強制することもない。

モンテは個人を尊重するし、基本的に何をしてもいいのだけれど、フリープレイの放任主義型教育とはまったく違う。ルールでガチガチに固めているわけではないが、子供達は社会の一員として、他者を尊重した行動をとることが求められる。モンテは社会性が身につかないとか協調性がないとか言われるが、違う。どっちもちゃんとある。ただ、みんなと同じ行動をみんなと同じだという理由だけでとることにまったく慣れていないだけだ。

所作がとても丁寧できちんとしている

これは躾のレベルの話で、本来は学校に頼るべきものではないのかもしれないけれど、モンテッソーリのお仕事をする所作ってとても丁寧で美しい。もののつまみ方とか、置き方とか、手の動かし方とか、そういうのがとても美しくて丁寧だ。私はすごく大雑把な人なので、娘の丁寧な所作を見て反省させられることしきりである。とはいえ、娘もかなり大雑把に乱暴にやることもあり、やはり見られているんだなあ、と反省する。

自分の身の回りのことを練習する

これもまあ本来は躾のレベルなのかもしれないけれど、モンテッソーリは「日常生活の練習」というアクティビティが低年齢のうちはかなりの部分を占める。掃除、洗濯、料理(切るとか洗うとかちぎるとか)、それからお花を活けたり、植物の世話をしたり、ボタンの掛け方、リボンの結び方、雑巾の絞り方、などなど、そういう練習をひたすらやる。

家にいると娘は甘えて「ままやってぇー」ということも多いけれど、本当はほとんどだいたい自分でできる。学校のおかげだ。

学力はどうなの?

私がモンテッソーリを気にっている理由を並べてみて気づいたのだけれど、私はアカデミックな部分は今の年齢ではそれほど気にしていないらしい。自分で自分の世話ができ、自分で決断し、行動に移し、自分の人生に責任を持てるようになってほしい、と思っているんだろうな、多分。

モンテはアカデミックでは劣るかというと、調査結果からすると決して劣ってはいないらしい。ただ、別にモンテだから成績が良い、というわけでもない(他の教育方法と同レベルってこと)。

今娘は5歳だが、学校で何をやっているのか聞いてみると、算数では4桁の掛け算とか分数とかやっている。でも、モンテッソーリなので紙の上で数字でやるのではなく、教具を使って数や量を感じている、というやつ。

文字は筆記体をだいたい全部覚えたところで、普通の文字はちょっとした単語なら読め、短い本なら読める(小さい子のクラスに行って読んであげたらしい)。同い年の普通の学校へ行っている子に比べると、まだ全然読めないし、ちゃんとした単語もかけない。モンテでは間違いを直してやらないので(子供が自分で発見する機会を奪わないため)、子供が自分で気付くまでは間違ったスペルとか鏡文字でもそのままやらせている、というのもある。

そんなわけで、たぶん一般的な学力テスト的なものでは、この年齢ではモンテの方が劣ると思う。私は今の所気にしていない。

まとめ

モンテは、生き方の基礎訓練、という感じなんではないかと思う。低年齢のうちには、モータースキルや様々な身体感覚(聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚を鍛える教具もある)を文字通り鍛え、それから自分のことは自分でできるようになり、そして、自分というものをしっかり持った上で他者と関わっていく、ということを毎日練習している。

毎日、私が仕事から帰ってくると、娘は自分の机に向かって何か「お仕事」をしている。ぬりえだったり、なんかのワークブックだったり、文字を書いていたり、様々だ。私は「勉強しなさい」と言ったことは今の所ない。まあ、5歳だし、というのもあるけれど、できれば今後もずっと言わないで過ごしたい。自発と自律。

娘をモンテに入れて3年半。後悔していない。私も行きたかった。

お母さんの「敏感期」 モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てる
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宇宙で一緒にふわふわしてた

ままちゃんがままちゃんのママのおなかにはいるまえ、ままちゃんもわたしと一緒に宇宙でふわふわしてたんだよ。

最近娘がこんな話をする。なんて壮大なんだ。

うちの子になる前の話はよくしていて、話すたびにストーリーが変わるので、よく言われている「生まれる前の記憶」っていうよりは、生まれてから考えた話なんじゃないかな、と思っている。でも、それでもうれしい。

「わたしがままちゃんをえらんだんだよ」

「いろんなままのしゃしんがのっているほんがあって、そのなかからままちゃんをえらんだんだよ」

「お腹の中にパソコンがあってね、それでママえらぶの」

「顔で選んだ」

「ままがいちばんさいしょのぺーじにいた」

まあ、カタログが紙ベースだったり、パソコンだったり、いろんなデバイスだったりするし、お腹に来る前に選んだとか、お腹の中で選んだとか、まあいろいろある。

でも、「じぶんでままちゃんをえらんだ」っていう一点だけは絶対にぶれない。

選んでくれてありがとう娘。選んでもらえて本当に嬉しいよ。その選択を後悔させるようなことはしないように気をつけます。

そういえば、妊娠した時に友人に「あなたを選んで生まれてくる子供は相当タフなチャレンジャーだよ。自分だったら絶対選ばないタイプ」と言われたのを思い出した。

選んでくれてありがとうよ、娘。

5歳5ヶ月、成長の記録

子供と一緒に工作をしていた。ちょっと手伝ってみたところ、うまくできなくてちゃんと動かなかった。ショボーンとする私。

それを見て娘が「いいんだよ、ひとはみんなしっぱいするんだよ」「ままはすぐしょぼーんするんだからぁ、だいじょうぶだよ」「これとってもすてきだよ、ままじょうずだなぁ」。

どっちが親だかわからん現象が発生中。なんでこの人はこんなに優しいんだろう。

髪を自分で結い、ドレスの背中のボタンを自分でとめて、リボンも結んだ。

まだままちゃんにくっつかないと充電できない。

自分のベッドで寝る日が増えて、週末に甘えてママちゃんベッドで寝るくらい。

6歳臼歯が生えてきている。

喋り方は時々ルー大柴風。

お習字を習い始めた。

筆記体で書く。

ママちゃんのバスルームを片付けるのが日課。

帰ってくると自分の机でお仕事している。

ヨガマットを隠す娘

毎週木曜日はヨガの日となった。仕事の後にヨガに行く、ということはつまり、晩御飯と寝かしつけはナニーちゃんに外注することになる。

木曜日の朝、ウキウキしながらヨガマットを準備していると、娘がどこからかやってきてヨガマットを隠す。必ず隠す。

「なんでかくしちゃうのようー。」

というと娘は笑いながらこう答えた。

「いってほしくないからー」

はっとした。うん、すごく、わかる、覚えてるその気持ち。

子供の頃、父親は日曜日は毎週ゴルフだった。朝早くから行って夕方遅く帰ってくる。学校がお休みで一番一緒に居られる日なのに、ゴルフに行ってしまう父。

「ゴルフきらい」

って言っていたのを覚えてる。だからといってゴルフクラブを隠したりしたことはないけれど、でも、たぶん木曜の朝の娘の気持ちとおんなじだったんだ。

「さみしいようー、いってほしくないようー」

って泣く私に優しく微笑みかけながら「さびしいーだよ」って言直す父の顔を覚えている。日曜日のゴルフや、出張で出かける時など、いつも父親が出かける準備をする側で泣いていた。

「さみしいようー、いってほしくないよぅー、いかないでー」

娘よ、母も同じ気持ちをたくさん味わってきたよ。すごくさみしいよね。四六時中、できるだけいつでもくっついていたいのに、お仕事なら我慢するけど、ゴルフなんてすっぽかして自分と一緒に居てほしいって、母も小さい頃に思っていたよ。すごくすごくよくわかる、その気持ち。

でも、ヨガは行くよ。ごめんね娘。

 

娘の、悲しんで(怒りとして表現して)いる人への対応にはっとした

以前娘がプレゼントしてくれたネックレスが絡まった。細いシルバーの糸をよりあったものに淡水パールを通したものが数本まとまっているもので、すぐ絡まる。

こんなのだけど、チェーンじゃなくて糸(しかも細い糸)なので絡まりやすい。多分ハンドメイドのもの。

解こうとしてもなかなかほどけない。どんどんからまっていく。

娘が選んでくれたのに、大事なものなのに、どうしてこうなっちゃったの。

涙が出そうになりながら必死に解こうとしても解けない。だんだんイライラしてきて、もうぐちゃぐちゃっ、キー! ブッチン、バラバラバラー! ってやってしまいたくなる。

「なんでこうなってるの!」
「解けないよー! もうやだよー!」
「なんでー、なんでー! なんでこんなぐちゃぐちゃなのー!」
「だいじなものなのになんでぐちゃぐちゃなの!」
「だれがやったのよう! なんでなのよう!」
「せっかく娘がくれたのに!!!」

なんて悲しみを通り越して怒りで叫びながらほどこうとしていたとき、むすめがそっと私のそばに座って、私の背中や肩に手を置いていった。

「だいじょうぶだよ、ゆっくりじかんをかけてやれば、いつかきっとほどけるから」
「わたし、おこってないよ。わかってるよ、ママがわるいんじゃないよ」
「いまできないなら、あとでまたやったらいいよ」
「だいじょうだからね」
「悲しいよね」

とても穏やかに優しくそう言って私の背中を撫でてくれる。なみだがぽろんとでた。

私は、反対の立場だったら娘みたいにしてあげられる自信がない。自分に相当余裕がないときっとできない。

「ちょっとかして、解いてあげる(できるかどうかわかんないけど)」といって取り上げる。
「イライラしないの!」って逆ギレする。
「せっかくプレゼントしたのに、大事にしてよね」ってせめる。
「なんでぐちゃぐちゃにしちゃったの」って悲しんでみせる。
「落ち着きなさい」って命令する。
しまいには「うるさい! 文句ばっかり言わないで!」っておこる。

私ならこんな対応をしてしまう。これって、毒親の典型例で、親業トレーニングとかでは「やってはいけない例」としてあげられている行動。わかっているんだけど(本読んだから)でも、やっちゃう。

親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方
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それに愛着障害のある人は、悲しんでいる人を見ると怒りを覚える、っていうが、私はまさにそれなんだと思う。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)
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娘のとった行動は「共感を示す」「ボディタッチをする」「明るい未来を見せる」「悲しみと怒りを理解して受け止める」「責めない」。

もうどっちが親だかわからない。

5歳でこんな大人の役目を負わせてしまっている自分がとてもとても情けなくなった。子供の頃に大人の役目を背負わされた人は、愛着障害になりやすいという。例えばそれはうつ病の親だったり、夫婦の問題を子どもに相談する親だったり、小さい兄弟の世話を任されたりした人だったり、という場合だ。

私ももしかして同じことをしているんじゃなかろうか、っていうかこれはしてる。娘が人に共感を示す(感じるだけでなく表現する)ことができる人間になっているというのはとても喜ばしいことである反面、自分の子供みたいな反応と、いかにも愛着障害のある人的な逆ギレ反応をしていることにすごく反省した。

ちなみに、寄り添ってくれた娘の横で、黙々とやっていたら最終的にネックレスは解けた。

「やったー! ほどけたよ! よかったー! うれしいよぅ!」

と喜ぶ私に娘。

「よかったね! 言ったでしょ、ゆっくりやれば解けるって」

と言ってくれた。

本当どっちが大人だかわからん。

5歳ちょっと、娘の言葉メモ

おめめつぶってもあたまのなかでえが見えるよ。おめめあけてても、あたまのなかでえがみえるよ

(絵のない童話を読み聞かせしてもらいながら目をつぶって)頭の中に絵を描いてるの。

ママにしかられると、からだぜんぶがちょっとびりびりってなるの。

おおきくなったらままとけっこんする。

かみさまおほしさま、ままちゃんがげんきでいますように。

ぷりんせすになりたい。

ままちゃんももんてっそーりのがっこういかないとだね。ゆっくりやるんだよ。いそがなくてもなくならないから、ゆっくりていねいにやるんだよ。

わるいことしたらおしいれにいれてね(押し入れ入るの好き)。

(新しく買ったETCカード的な端末を使う前に私が「これ、ちゃんと動くのかしら、ピッて通るのかしら、心配だわー」といったのに対して)そんなこと言ったら機械ちゃんがしょぼーんってしちゃうでしょ。きっときちんと使えるよね、楽しみね、って言ってあげないといけないよ。

(一緒にプールに入らない友人の父親に対して)いいお天気だよ、お水は冷たくて気持ちいいヨォ〜!