ちいさい人

5歳11ヶ月の記録

色々ありすぎて記録をしていないので忘れたくない。もう結構忘れてるけど最近のこと。

歯が抜けた

下の前歯が抜けた。日本を出る日くらいにグラグラし始めて、小さい人は大興奮。毎日毎日触って「いつぬけるとおもう?」「こんなにグラグラしてるよ」と。グラグラし始めて数日後に抜けた。ポロっと。でもどんな状況でぬけたんだっけ。ふつうに「あ、抜けた」と言っていたのは覚えているけれど。

日本だと下の歯が抜けたら屋根の上に投げるとかあったような気がするけれど、小さい人は「tooth fairyが来る」と思っているらしい。歯が抜けた日に枕の下に置いて寝ると、トゥースフェアリーがお金と交換してくれる、ってやつだ。

トズースフェアリーとしては、枕の下に入れられると起こさずにことを済ませられる気がしないので、封筒に入れて枕元に置くとか、ハンカチに包んで、とか色々提案したのだけれど、枕の下に入れるという。しかも小さい人枕が10個くらいある。これは困った。トゥースフェアリーの遣いのママちゃんは枕元にわかりやすく置く、という方向で頑張って説得。なんとか成功。

お小遣いをもらい始めた

トゥースフェアリーが歯と交換に日本円にして30円くらいくれた。それが最初のお小遣いで、その週から毎週60円位あげることにした。このお金は自分のお金なので、どんな使い方をしてもママちゃんは文句を言えない。普段食べさせてもらえないお菓子を買っても文句は言えない。

気遣い

ママちゃん、無理しないでね。気をつけて行ってきてね。なんて言葉をかけてくれる。

怖い夢

怖い夢が忘れられないらしい。怖い夢の中身はずっと話してくれなかったけれど、最近話してくれた。モンスターがママちゃんを連れて行っちゃう夢らしい。モンスターはどんだけ怖い顔してるのかと思って聞いてみると、普通の人間みたいに見えるんだそうだ。男も女も子供もいて、みんなでママちゃんを連れてどっか行っちゃう。

小さいひとは、私がいなくなることをすごくすごく恐れているのだと思う。

愛されてるって知っている

出張や、趣味などで小さい人を置いて出かけることが増えた。仕事も忙しいし、くっついている時間も減った。私としては、もしかしたら小さい人が「ママちゃんに愛されていないかも」って不安になっているんじゃないか、という不安があった。でも、聞いてみると、ママちゃんが自分のことを好きだ、っていうことはつゆほども疑っていないらしい。絶対に好きでいてくれる、って知っているのだそうだ。よかった。

一人で寝るようになった

歯が抜けた日から、ほとんど一人で寝るようになった。歯が抜けるほどお姉さんなんだからって。それから、朝の6時までは私の部屋に来てはいけない、と言うルールを設けた。とは言っても、怖い夢を見たとか、とっても寂しい気持ちだとか、そういう時は例外。

おかげで私も一人で寝られるので、少しはよく寝られるようになった。一緒に寝ると蹴っ飛ばされるし、殴られるし、ちゃんと眠れない。

プライバシーをちょっとづつ教えているがまだピンとこない

朝の6時まで私の部屋へ来てはいけない、もその一つ。私とあなたは別の人、それぞれプライバシーがあるんだよ、って言うことを話している。一人で落ち着いてオシッコもできなかった数年(私が)、私はいい加減疲れた。トイレやお風呂は一人で入りたい。カバンや財布を勝手に開けられたくない。

トイレやお風呂に入るときには、ちゃんとノックすること。人のカバンやおさいふ、引き出しを勝手に開けないこと。触りたいものがあるならちゃんと許可を得ること。言って聞かせているけれど、まだいまいちできていない。

その他色々

  • 大人っぽいことを言う
  • 独り言が英語
  • お絵かきやクラフトが一番好き
  • ママちゃんのお嫁さんになる、は変わらない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい人は働き者

レバノンから帰って来た日は日曜日だった。4週間ぶりに会う娘は、とても成長していた。

私は長旅と時差でぐったりしていて、何にもしなかった。すると娘は自分から率先してテーブルをセットアップして、食事が終わるとお皿を洗い、テーブルを拭いて、テーブルセンターを敷いてまた綺麗にセットアップしてくれた。

それから「ままのバスルームはメッシーでアグリーなんだから」とルー大柴みたいな話し方で私のバスルームを片付けてくれる。

私が何かやろうとすると「いいよ、ママはぐったりしてて」とやらせてくれない。

自分の着替えはもちろん一人でやり、以前なら「まま、はさみとってー」と言っていたような場面でも、何も言わずに自分の部屋にハサミを取りに行った。

「ままがぐったりしているときは私がやるの」と娘はいう。実際、私が体調を崩して寝込んだりすると、娘はとても働き者になるが、今回はいつも以上にとても頼りになった。

親バカだけれど、我が子はとても素敵な人間だと思う。

おおきな木

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「おおきな木」という本あります。これはどちらかというと大人向けの絵本じゃないかな、と思うのですが、娘の本棚に入れてあります。ちなみに私が持っているのはスペイン語版です。

泣けます、この本。感動する、いい話だっていうんじゃないんです、悲しいんです。泣けてきます。愛情のすれ違いっぷりに辛くなります。

先日、娘がこの本を読んで、と言って持ってきました。

うちの子のスペイン語力は、Manzanaってなに? Esconditeってなに? ってきくと単語の意味はわかっていたりするのですが、この本を読んでもらってちゃんと理解できるレベルではありません。そんなわけで「にほんごでよんで」となり、大雑把直訳日本語読み聞かせをしました。

私の肩にもたれて静かにしているので、ねちゃったかな? と思って横をみると、娘のほおに一筋の涙が。

この本を読んだのは初めてではなくて、ずいぶん前に何度か読んで私が泣きそうになっているのは知っていましたが、この話を理解して涙を流す、というのが5歳にもおこることなのか、と驚きました。どういう理解をしてどうして泣いていたのか、本人は説明できないようでした。

愛ってなんでしょうね。

モンテッソーリ3年半、後悔していない

我が子を2歳ちょっと前からモンテッソーリスクールに入れている。私がモンテッソーリが好きだから、というだけの理由で。

モンテってどうなの? ってよく聞かれるのだけど、いいとか悪いとかは比べられない、他を知らないし。でも私はすごく好きだし、今までモンテに入れておいたことは後悔していない。

なんでそんなにモンテが好きなのか、というのを説明しようとすると結構支離滅裂になってうまく伝わらないことが多いので、ちょっと書いておこうと思う。

モンテを気に入っている理由

自発性と自律性を重視する

モンテでは、自分が何をやりたいのかを知り、やると決めて、実際に行動に移し、納得いくまで繰り返し、自分で区切りをつけて終わらせる、ということを毎日繰り返す。先生が「さあみなさんこれやりましょう!」「さーおしまいです!」ではない。もちろん自分で選べないで長いことぶらぶらしている場合には、先生が何かを選ぶように促したりはするし、手をつけていない分野のお仕事があれば、それもうまい具合に勧めたりはする。

自分で選んで、決めて、行動に移す(ここ重要)こと。そして、どこまでやったら終わりかを自分で判断し終わらせられること(ここも重要)。これって人間としてとても大切なスキルだと思う。これがうまくできない大人だってたくさんいるし、私自身、毎日の小さな決断の繰り返しに疲れはてて「誰か全部決めてくれ」って思ってしまうこともある。

昔デザイン事務所で働いていたころ、社長(本業画家)が、「どこで筆を置くかが重要だ」って言っていた。ほんとそう。何事も、終わりを見極めて、自分で終わらせるって、すごく難しい。なにかを終わりにするのって、始めるより難しい。

環境が子供をガイドしている

ユーザビリティの大御所でドナルド・ノーマンという人がいるのだけれど、そのひとが「アフォーダンス」ということを言っている。簡単に言うと、モノはその形によって人の行動を引き出している、ということ。例えば、引っ張って開けるドアのノブは「ここをひっぱってね」という形をしている(たまに押すドアに引き手がついていると人は戸惑う)。

モンテッソーリは教具も、教室にいる先生も、そういう感じのガイド役だ。先生が教える、というよりも、子供達が目的を達するためにガイドしている、という感じ。先生は先生ではなくて、環境の一部、という扱い。

私が、なぜこれが好きなのかというと、子供は「自分で発見する」ことができるという点だ。こうこうこうだからこうだよ、って教えられるのではなくて、こどもはアクティビティを通して、自分でいろんなことを発見する。先生は、発見するための手順をガイドしてやったりするだけだ。

個人を尊重するいろんな個人の集まった社会

モンテッソーリは6歳までは個人でやるアクティビティが多い。5、6歳くらいになると、2、3人でやるゲーム的なものもあるけれど、基本は個人で仕事をする。全員で何かをするのは1日に15分程度のグループタイムだけで、あとは基本一人で黙々と作業をする。

こどもたちは、自分のやりたいことを思う存分やることができる。誰かが選んだアクティビティを、誰かが決めたタイムテーブルでやるのではない。自発性と自律性を尊重する、ということは、その人個人を尊重することだ。つまり、子供は自分で自分の責任を取らなくてはいけない。誰も代わりに決めてくれない、自分で決めなくてはいけない。

これはとてもとても大切なスキルだと思う。誰かに決めてもらうのに慣れてしまったら、自分の人生に責任を持たなくなる。

そして、自分のことに責任を持てる個人が集まっている社会では、他者を当たり前に尊重する。個人の主張がぶつかり合うのではない。モンテのクラスでは、教具は基本的にワンセットしかない。つまり、同じお仕事をやりたい子が複数いたら、順番を待つとか、ゆずり合うとかして融通しなくてはいけない。同じ教具を用意して与えてやり、コンフリクトを解消する、というのではない。もし、眠たければ布団を敷いて眠っていてもいい。でも、他の人の邪魔にならない場所で、だ。それに、モンテでは制服はなことが多いがドレスコードがある。周りの人の気を散らすような格好で学校へ行ってはいけない。

また、モンテは3歳から6歳まで一つのクラスにいる。学校にもよるだろうけれど、我が子の通う学校では、発達障害があったりする子も普通に同じクラスにいる。みんな違っているのが当たり前で、大きな子は小さい子に教えてやり、小さい子は上の子を真似する。中には周りと馴染めない自閉症の子がいたりする。でもその子はそういう子だ、と受け入れて、みんなと同じであれと強制することもない。

モンテは個人を尊重するし、基本的に何をしてもいいのだけれど、フリープレイの放任主義型教育とはまったく違う。ルールでガチガチに固めているわけではないが、子供達は社会の一員として、他者を尊重した行動をとることが求められる。モンテは社会性が身につかないとか協調性がないとか言われるが、違う。どっちもちゃんとある。ただ、みんなと同じ行動をみんなと同じだという理由だけでとることにまったく慣れていないだけだ。

所作がとても丁寧できちんとしている

これは躾のレベルの話で、本来は学校に頼るべきものではないのかもしれないけれど、モンテッソーリのお仕事をする所作ってとても丁寧で美しい。もののつまみ方とか、置き方とか、手の動かし方とか、そういうのがとても美しくて丁寧だ。私はすごく大雑把な人なので、娘の丁寧な所作を見て反省させられることしきりである。とはいえ、娘もかなり大雑把に乱暴にやることもあり、やはり見られているんだなあ、と反省する。

自分の身の回りのことを練習する

これもまあ本来は躾のレベルなのかもしれないけれど、モンテッソーリは「日常生活の練習」というアクティビティが低年齢のうちはかなりの部分を占める。掃除、洗濯、料理(切るとか洗うとかちぎるとか)、それからお花を活けたり、植物の世話をしたり、ボタンの掛け方、リボンの結び方、雑巾の絞り方、などなど、そういう練習をひたすらやる。

家にいると娘は甘えて「ままやってぇー」ということも多いけれど、本当はほとんどだいたい自分でできる。学校のおかげだ。

学力はどうなの?

私がモンテッソーリを気にっている理由を並べてみて気づいたのだけれど、私はアカデミックな部分は今の年齢ではそれほど気にしていないらしい。自分で自分の世話ができ、自分で決断し、行動に移し、自分の人生に責任を持てるようになってほしい、と思っているんだろうな、多分。

モンテはアカデミックでは劣るかというと、調査結果からすると決して劣ってはいないらしい。ただ、別にモンテだから成績が良い、というわけでもない(他の教育方法と同レベルってこと)。

今娘は5歳だが、学校で何をやっているのか聞いてみると、算数では4桁の掛け算とか分数とかやっている。でも、モンテッソーリなので紙の上で数字でやるのではなく、教具を使って数や量を感じている、というやつ。

文字は筆記体をだいたい全部覚えたところで、普通の文字はちょっとした単語なら読め、短い本なら読める(小さい子のクラスに行って読んであげたらしい)。同い年の普通の学校へ行っている子に比べると、まだ全然読めないし、ちゃんとした単語もかけない。モンテでは間違いを直してやらないので(子供が自分で発見する機会を奪わないため)、子供が自分で気付くまでは間違ったスペルとか鏡文字でもそのままやらせている、というのもある。

そんなわけで、たぶん一般的な学力テスト的なものでは、この年齢ではモンテの方が劣ると思う。私は今の所気にしていない。

まとめ

モンテは、生き方の基礎訓練、という感じなんではないかと思う。低年齢のうちには、モータースキルや様々な身体感覚(聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚を鍛える教具もある)を文字通り鍛え、それから自分のことは自分でできるようになり、そして、自分というものをしっかり持った上で他者と関わっていく、ということを毎日練習している。

毎日、私が仕事から帰ってくると、娘は自分の机に向かって何か「お仕事」をしている。ぬりえだったり、なんかのワークブックだったり、文字を書いていたり、様々だ。私は「勉強しなさい」と言ったことは今の所ない。まあ、5歳だし、というのもあるけれど、できれば今後もずっと言わないで過ごしたい。自発と自律。

娘をモンテに入れて3年半。後悔していない。私も行きたかった。

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宇宙で一緒にふわふわしてた

ままちゃんがままちゃんのママのおなかにはいるまえ、ままちゃんもわたしと一緒に宇宙でふわふわしてたんだよ。

最近娘がこんな話をする。なんて壮大なんだ。

うちの子になる前の話はよくしていて、話すたびにストーリーが変わるので、よく言われている「生まれる前の記憶」っていうよりは、生まれてから考えた話なんじゃないかな、と思っている。でも、それでもうれしい。

「わたしがままちゃんをえらんだんだよ」

「いろんなままのしゃしんがのっているほんがあって、そのなかからままちゃんをえらんだんだよ」

「お腹の中にパソコンがあってね、それでママえらぶの」

「顔で選んだ」

「ままがいちばんさいしょのぺーじにいた」

まあ、カタログが紙ベースだったり、パソコンだったり、いろんなデバイスだったりするし、お腹に来る前に選んだとか、お腹の中で選んだとか、まあいろいろある。

でも、「じぶんでままちゃんをえらんだ」っていう一点だけは絶対にぶれない。

選んでくれてありがとう娘。選んでもらえて本当に嬉しいよ。その選択を後悔させるようなことはしないように気をつけます。

そういえば、妊娠した時に友人に「あなたを選んで生まれてくる子供は相当タフなチャレンジャーだよ。自分だったら絶対選ばないタイプ」と言われたのを思い出した。

選んでくれてありがとうよ、娘。

5歳5ヶ月、成長の記録

子供と一緒に工作をしていた。ちょっと手伝ってみたところ、うまくできなくてちゃんと動かなかった。ショボーンとする私。

それを見て娘が「いいんだよ、ひとはみんなしっぱいするんだよ」「ままはすぐしょぼーんするんだからぁ、だいじょうぶだよ」「これとってもすてきだよ、ままじょうずだなぁ」。

どっちが親だかわからん現象が発生中。なんでこの人はこんなに優しいんだろう。

髪を自分で結い、ドレスの背中のボタンを自分でとめて、リボンも結んだ。

まだままちゃんにくっつかないと充電できない。

自分のベッドで寝る日が増えて、週末に甘えてママちゃんベッドで寝るくらい。

6歳臼歯が生えてきている。

喋り方は時々ルー大柴風。

お習字を習い始めた。

筆記体で書く。

ママちゃんのバスルームを片付けるのが日課。

帰ってくると自分の机でお仕事している。

ヨガマットを隠す娘

毎週木曜日はヨガの日となった。仕事の後にヨガに行く、ということはつまり、晩御飯と寝かしつけはナニーちゃんに外注することになる。

木曜日の朝、ウキウキしながらヨガマットを準備していると、娘がどこからかやってきてヨガマットを隠す。必ず隠す。

「なんでかくしちゃうのようー。」

というと娘は笑いながらこう答えた。

「いってほしくないからー」

はっとした。うん、すごく、わかる、覚えてるその気持ち。

子供の頃、父親は日曜日は毎週ゴルフだった。朝早くから行って夕方遅く帰ってくる。学校がお休みで一番一緒に居られる日なのに、ゴルフに行ってしまう父。

「ゴルフきらい」

って言っていたのを覚えてる。だからといってゴルフクラブを隠したりしたことはないけれど、でも、たぶん木曜の朝の娘の気持ちとおんなじだったんだ。

「さみしいようー、いってほしくないようー」

って泣く私に優しく微笑みかけながら「さびしいーだよ」って言直す父の顔を覚えている。日曜日のゴルフや、出張で出かける時など、いつも父親が出かける準備をする側で泣いていた。

「さみしいようー、いってほしくないよぅー、いかないでー」

娘よ、母も同じ気持ちをたくさん味わってきたよ。すごくさみしいよね。四六時中、できるだけいつでもくっついていたいのに、お仕事なら我慢するけど、ゴルフなんてすっぽかして自分と一緒に居てほしいって、母も小さい頃に思っていたよ。すごくすごくよくわかる、その気持ち。

でも、ヨガは行くよ。ごめんね娘。

 

娘の、悲しんで(怒りとして表現して)いる人への対応にはっとした

以前娘がプレゼントしてくれたネックレスが絡まった。細いシルバーの糸をよりあったものに淡水パールを通したものが数本まとまっているもので、すぐ絡まる。

こんなのだけど、チェーンじゃなくて糸(しかも細い糸)なので絡まりやすい。多分ハンドメイドのもの。

解こうとしてもなかなかほどけない。どんどんからまっていく。

娘が選んでくれたのに、大事なものなのに、どうしてこうなっちゃったの。

涙が出そうになりながら必死に解こうとしても解けない。だんだんイライラしてきて、もうぐちゃぐちゃっ、キー! ブッチン、バラバラバラー! ってやってしまいたくなる。

「なんでこうなってるの!」
「解けないよー! もうやだよー!」
「なんでー、なんでー! なんでこんなぐちゃぐちゃなのー!」
「だいじなものなのになんでぐちゃぐちゃなの!」
「だれがやったのよう! なんでなのよう!」
「せっかく娘がくれたのに!!!」

なんて悲しみを通り越して怒りで叫びながらほどこうとしていたとき、むすめがそっと私のそばに座って、私の背中や肩に手を置いていった。

「だいじょうぶだよ、ゆっくりじかんをかけてやれば、いつかきっとほどけるから」
「わたし、おこってないよ。わかってるよ、ママがわるいんじゃないよ」
「いまできないなら、あとでまたやったらいいよ」
「だいじょうだからね」
「悲しいよね」

とても穏やかに優しくそう言って私の背中を撫でてくれる。なみだがぽろんとでた。

私は、反対の立場だったら娘みたいにしてあげられる自信がない。自分に相当余裕がないときっとできない。

「ちょっとかして、解いてあげる(できるかどうかわかんないけど)」といって取り上げる。
「イライラしないの!」って逆ギレする。
「せっかくプレゼントしたのに、大事にしてよね」ってせめる。
「なんでぐちゃぐちゃにしちゃったの」って悲しんでみせる。
「落ち着きなさい」って命令する。
しまいには「うるさい! 文句ばっかり言わないで!」っておこる。

私ならこんな対応をしてしまう。これって、毒親の典型例で、親業トレーニングとかでは「やってはいけない例」としてあげられている行動。わかっているんだけど(本読んだから)でも、やっちゃう。

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それに愛着障害のある人は、悲しんでいる人を見ると怒りを覚える、っていうが、私はまさにそれなんだと思う。

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娘のとった行動は「共感を示す」「ボディタッチをする」「明るい未来を見せる」「悲しみと怒りを理解して受け止める」「責めない」。

もうどっちが親だかわからない。

5歳でこんな大人の役目を負わせてしまっている自分がとてもとても情けなくなった。子供の頃に大人の役目を背負わされた人は、愛着障害になりやすいという。例えばそれはうつ病の親だったり、夫婦の問題を子どもに相談する親だったり、小さい兄弟の世話を任されたりした人だったり、という場合だ。

私ももしかして同じことをしているんじゃなかろうか、っていうかこれはしてる。娘が人に共感を示す(感じるだけでなく表現する)ことができる人間になっているというのはとても喜ばしいことである反面、自分の子供みたいな反応と、いかにも愛着障害のある人的な逆ギレ反応をしていることにすごく反省した。

ちなみに、寄り添ってくれた娘の横で、黙々とやっていたら最終的にネックレスは解けた。

「やったー! ほどけたよ! よかったー! うれしいよぅ!」

と喜ぶ私に娘。

「よかったね! 言ったでしょ、ゆっくりやれば解けるって」

と言ってくれた。

本当どっちが大人だかわからん。

5歳ちょっと、娘の言葉メモ

おめめつぶってもあたまのなかでえが見えるよ。おめめあけてても、あたまのなかでえがみえるよ

(絵のない童話を読み聞かせしてもらいながら目をつぶって)頭の中に絵を描いてるの。

ママにしかられると、からだぜんぶがちょっとびりびりってなるの。

おおきくなったらままとけっこんする。

かみさまおほしさま、ままちゃんがげんきでいますように。

ぷりんせすになりたい。

ままちゃんももんてっそーりのがっこういかないとだね。ゆっくりやるんだよ。いそがなくてもなくならないから、ゆっくりていねいにやるんだよ。

わるいことしたらおしいれにいれてね(押し入れ入るの好き)。

(新しく買ったETCカード的な端末を使う前に私が「これ、ちゃんと動くのかしら、ピッて通るのかしら、心配だわー」といったのに対して)そんなこと言ったら機械ちゃんがしょぼーんってしちゃうでしょ。きっときちんと使えるよね、楽しみね、って言ってあげないといけないよ。

(一緒にプールに入らない友人の父親に対して)いいお天気だよ、お水は冷たくて気持ちいいヨォ〜!

 

ぷんぷんままちゃんじゃなくなった

2年半ほど前の私は、まるで鬼でした。生理前に限り。

朝起きると、理由もなく起こっているのです。体の中から怒りが爆発していて、家事をしながらほうきやしゃもじでその辺をぶん殴ってバキバキにしたりしていました(いまだに欠けた木ベラを使っています)。子供が2歳になる前くらいから始まったそれは、今までの人生で感じたことのないほどの衝動でした。

衝動的に子供を殺めてしまう母親のニュースを見て、全く他人事じゃない、とぞっとしました。私だってやりかねない。子供殺しの母親と、まさに紙一重のところにいる、と本当に怖くなりました。

その怒りの衝動の中にいながら、「この怒りに理由はない(子供や誰かのせいではない)」ということは冷静に理解していて、なにかこれはおかしい、異常だ、と調べ始めたのがPMSとの付き合いの始まりでした。

生理周期はだいたい一ヶ月なので、毎月いろんな実験をしました。周期ごとに特定の食べ物を食べたり、避けたり、そういうことをくり返えして、総合的に一番効果が感じられたのがブラックストラップモラセスでした。そして、安全だと安心できる肉以外を避けること(オーガニックやグラスフェッドとある肉以外)、あとはヨガ(シヴァナンダヨガがよかったです)。

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それでも1年半くらい前までは、ときどきモラセスをさぼると、やっぱりイライラプンプンすることがあって、その度に娘が「ママちゃんモラセス食べてー。プンプンのお薬食べてー!」というものでした。ママの絵を描くと、プンプンしているママだったりしました。

最近、ママに関する絵本を何冊か買って一緒に読みました。中身を確認できないままアマゾンのレビューをもとに数冊買いましたが、読んでみると「ママは怒るからきらい」「ママが怒鳴った」から始まって、さいごは「やっぱりママが好き」と終わるものたちでした。

それを読みながら、娘に「ママ、怒る?」「ママ、怒鳴る?」「ママに気持ち言えないことある?」と娘に聞いてみたところ、「んーん」という答えが返ってきました。

2年前は、いつも怒っているプンプンママちゃんだったのですが、今の娘の中で私は、あんまり怒ることがないママ、になっているようでした。フルタイムで仕事を始めてからは一緒にいる時間も減っているので、その影響も気になっているところですが。

モラセスさん、ありがとう…

PMSになったおかげで、自分の体とか、気持ちとか、そしてそれらが娘に及ぼす影響とかを比較的冷静に考えられるようになったおかげで、今があるんじゃないかなぁ、と思います。あそこまでひどい怒りの衝動じゃなかったら(ちょっとした不調程度だったら)、何かがおかしいってことに気づかなかったかもしれません。

怒ると叱るをちゃんとわけてわかりやすく表現できるようになるのが目標です。

 

お友達を作るマジック

実は仕事の都合で違う街にうつった。だから娘も転校。娘はまあ、少しづつだけれどちゃんと友達を作れるらしい。どうやって友達作るのか聞いてみた。

娘「あのね、マジックがあるの」
私「へえ、どんな?」
娘「こうやるの」

といって娘は両肘を伸ばして手を組んでモジモジしはじめた。そしてはにかみながらちっちゃい声で「一緒に遊んでもらえませんか?」という。

娘「こうやると一緒に遊んでくれて、それでお友達になれるの」

娘曰く、こうやって1日に一人くらいづつお友達を作るらしい。1日に一気にたくさんお友達を作ると、対処しきれなくなるので、1日一人か二人、ちょっとづつゆっくり友達を増やすのがいいらしい。

今日は新しい学校の初日。お友達が二人出来たらしい。お名前は? ときくと、わかんない! だそう。お名前を覚えなくてもお友達はお友達。先生からも、あっという間に馴染んで楽しそうにやっている、とのこと。よかった。

ちゃんと見ないとカラカラになっちゃうよ

娘とおしゃべりをしていて、私が面倒臭くなって何か別のことをやりながら適当に返事をしていたら、娘が

「ちゃんと見ないとカラカラになっちゃうよ」

と言った。すごくストレートに、普通に言った。

ハッとした。

話をする時は相手をきちんと見て話そう、なんて、とても当たり前のことなのに。娘がモジモジして人の問いかけに答えない時に「失礼ですよ」とか言っているのに、私自身が死ぬほど失礼なことしてた。

話す時に見てもらえないと、心がカラカラになっちゃう。そうだよね。

神様のグミ

うちの小さい人は、日本に滞在中はキリスト教系のモンテ幼稚園へ入れてもらっている。そこで、キリスト教っぽい教育を受けるので「神様」」とか「お恵み」とかいう言葉を発するようになる。

娘「おめぐみ、ってなんだか知ってる?」
私「なんだと思う?」
娘「おめぐみってね、グミなんだよ」

子供の世界はとても面白い。

先日、図書館で借りてきてこんな本を読んだ。

2歳から5歳まで
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時間がなくて読みきれなかったのだけれど、子供がとらえた世界を子供なりの言葉で表現している話がたくさん書かれていてとても面白い。子供にとって、知らないものの概念を持つことは不可能なわけで、知っている概念で世界を解釈し、子供なりの文法的なルールを見つけて自分語としてつくりだしてく。

ロシア人のかいた本なので、ロシア語の知識があったほうがもっと面白いと思うのだけれど、翻訳でもそれなりに伝わってきた。

うちの小さい人も、自分なりにいろんな言葉を作る。

スペイン語では、Papá、mamáと二つ目のパとマにアクセントをつける。だから、パパ、ママ、のあとにbabá(バ)と二つ目のバにアクセントを置いてばあばをよんでいた。あとは、パパとママをまとめてマパとかパマとか呼ぶこともある。

英語では、たとえばtidy upといった2つの単語がセットになった言葉は、娘にとっては一つの単語らしく、Tidy-uppingというように言う。私は今tidy-upしているのだから、tidyuppingなのだ。

「かみさまのおめぐみ」が「グミ」となってしまうのも、今の彼女の世界の捉え方なのだなあ、と思うととても可愛い。

心はむずかしい

親としてこれはいいのか悪いのかすごく微妙なのだけれど、人間としてとても心に触れることがあったので記録しておく。

私は9歳の頃に、ものすごく懐いていた父を病で亡くした。最近、様々な本を読んで気づいたのだけれど、私はその喪失体験から完全に立ち直っていない、未解決型であるような気がする。父のことを考えると未だに涙が出る。

先日娘と、「おとうさん」というテーマで話していて、ママのお父さんは、ママが小さい時に死んじゃったんだよ、という話をした。それは今までも何度も話したことがあるので、娘も知っている。

でもその時、わたしはぼそっと「お父さんに会いたいなぁ」って言ってしまった。

すると娘は、「お父さんごっこしよう! ママちゃんがおとうさんで、わたしがママになる!」という。そして私の隣に座って、「おとうさんー!」と話しかけてくる。

じわっと涙が出る。でも、娘は無邪気に「おとうさん、おしゃべりしようよ!」と話しかけてくるので、こちらも、お父さんとして返してやらねば、と思う。でも、一体なんといったらいいんだろう。

「先に死んじゃってごめんね、寂しい思いさせてごめんね」

という言葉が出てきた。たぶん、これは私が父に言って欲しかったことなのかもしれない。私は父に対してどこかですごく怒って幻滅していたんだと思う。私を大切だと言いながら置いていなくなってしまったことに。

娘の前で泣いてしまった。娘は、私が泣いているので、一緒になって泣く。

しばらくそうしていた後に、今度は娘が電話を取り出すふりをして「ぷるるるー、もしもし? 私、ママちゃんのおとうさんね」といってお父さんのふりをして私に電話をかけてくる。

私「もしもし、お父さん?」
娘「はいはい」
私「…ありがとう」

この子は私を救うために来たんじゃないか、と思ってしまった。

娘の前で涙を見せることとか、心の傷を見せることに対して、親としていけないことをしているんじゃないかという思いがある。娘をセラピストみたいにして頼って甘えてしまっているんじゃないか。そうすることによって、娘は甘えられなくなるんではないか、と。

だから、とても心を動かされたけれど、自分の弱さによる娘への影響もすごく心配な一件。でも忘れたくないので記録。

子どもの「わがまま」がピタリと止まる本、をよんだ

図書館があるっていいですね。こんな本を借りてきました。

子どもの「わがまま」がピタリと止まる本―豊かで実のある親子関係の作り方
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食事、寝つき、朝の準備などで、子供がわがままを言うことをやめさせる方法、っていうものだけれど、書いてある内容は、「親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方」の内容の一部をシンプルにしたようなもの。

基本的に、ダダをこねることを聞き入れてはいけない、子供が選択したことの結果を体験させるべし、というもの。

たとえば、子供がレストランでダダをこねたら「ここではお食事したくないみたいだから帰りましょう」と言って帰る。「いい子にするから戻って」と言われても戻らない。

これは私もやっているけれど、もう一つ重要なことが書いてあった。「今度はゆっくり食事ができるといいね」などと、次のチャンスがあること、きっと次はちゃんとできる、と子供を信頼していることを伝える、ということだ。

わたしは「こんなにダダをこねるなら、もう連れて行かない!」と言ってしまう。子供を信頼していないし、次のチャンスはないっていっている。しかも、言っておきながらまた連れて行くという一貫性のない態度。

反省した。

これに気づけただけでもこの本を借りた意味があるってものだ。

この本自体は結構ポイントを絞ってシンプルに書いてあるけれど、もっと体系的に詳しく知りたい場合は「親業」の方をお勧めする。

親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方
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ヘーグルなる日本発祥右脳開発メソッドがアジアに来てる

HEGL(ヘーグル)という日本発祥の幼児教育がアジアではやってきているらしい。最近お友達がチラシを持ってきた。アジアの国々では「日本から来た」というだけで「素敵! いいことに違いない!」と受け取られがちなので、この友達の「日本式の教育ですって、日本人は頭いい人多いからいいに違いない!」と最初は言っていた。

でも、わたしはヘーグルなんて一度も聞いたことがなかったので、調べてみたらわかったこと。

  • 代表者の名前(へんみるいこ)の表記が複数ある(自信子、宙偉子)
  • 代表者と一緒に設立したと思われる二人の逸見氏はもともと七田メソッドの人
  • 二人の逸見氏の学歴などは不明
  • レビューを探すがほとんど出てこない
  • 超早い速読を「波動読み」と名付けている
  • 波動読みをマスターすると月に1万冊本を読むことを求められる
  • とにかく記憶しまくる系教育
  • 授業料が高い(日本円で月謝が17,000円くらい、週一回1時間)- 現地感覚ではワンベッドルームのアパートの1ヶ月の家賃くらい。でも、死ぬほど高い、ってわけではなくて、ハイソ層向けとしてはちょっと高いけど妥当な感じ。
  • 右脳開発系教育らしい
  • 日本で中学校と高校を作ったらしいが2012年からは休校している

第一印象

  • 個人的には、自分で自分の名前を「自信子」「宙偉子」と書いてしまう人に子供を預けたくない
  • 「波動読み」というネーミングがすごい胡散臭い
  • 学歴、経歴がぼかされているところが胡散臭い
  • レビューがあまりにもでてこないのが不思議、消されるの?
  • 日本は切り捨ててアジアにマーケットを絞ったんだな、この人たち
  • HEGLを日本語ローマ字HEGURUって書いていて余計読みづらい
  • ウェブサイトにあるグラフとかソースが全くなくて信憑性がない(イメージ図、という曖昧な言葉でぼかしてる)

記憶か体験か

ちなみにこのチラシを持ってきた友達も、もともと子供をモンテに入れていたが、最近普通の学校に移った人。本人はモンテが好きだと言っているが、このヘーグルのやっていることはモンテとは対局にある。

モンテは、速く何かを記憶すること、なんてことにまったく重きを置いていない。できるだけ時間をかけて、体を使って、体験から自分で発見して吸収して、という超スローな学びだ。この友達は、モンテから違う学校に子供を動かしてから「あっという間に文字を覚えた、数字を覚えた!」と喜んでいたが、そりゃモンテは遅いよ、そこじゃないから、見ているところは、と言っていた。

モンテは興味を持たないことには手を出さないまま過ぎていくので、親からすると、全然足りない、あれもこれもできてない、と思う人も多いのだと思う。

ヘーグルは、この動画を見てもらうとわかるが、とにかく速く、記憶すること。たくさんの知識を蓄えること。それを目的としているらしい。

本をバラバラバラーッとやって、見えた言葉をピックアップしてそれを要約してあらすじを作る、っていう能力。

確かにすごいなーって思う。わたしこんな速読できないし、できる人いたらすごいなーって思う。実際どれくらい理解して記憶しているのかはわからないけれど、そもそもの情報量が増えるっていうことは、悪いことじゃないんじゃないかと思う。

私自身は、これよりは、体験から学んでほしいなーって思うので、この手の教室に入れる気はないし、もうしばらくモンテを続けようと思ってる。

記憶の重要度

50年前の「頭がいい人」の定義って「博学である」ってことだったのじゃないかとおもう。たくさんの知識を蓄えて、必要な時にそれを取り出せる人。でも、今の時代、記憶はコンピュータがしてくれる、もっと正確に、しかもどこから引用したのかソースも辿れる情報として。

だから、単にたくさん記憶できる、ということが頭が良い、ということにはつながらない時代になってきたんじゃないかと思う。記憶することではコンピュータには勝てない。コンピュータは波動読みより速く正確にキーワドをピックアップして要約することができるんじゃないのかな、今の時代。

頭の良さ、にはたくさんのものがある。例えば学校の成績は悪くても素晴らしい身体能力を備えている人がいたら、その人だって頭がいい。体を動かすためには頭を使っている。

集中力がつくらしい

ヘーグルのレビューが少ないので、ファウンダーがもともといた七田のレビューも合わせて読んでいるが、成果としていいこととされているのが「集中力がつく」というもの。

じっと座ってフラッシュカードを見ることが、小さいうちからできるようになるんだそうだ。つまり、それが面白いかどうかは関係なく、とにかく与えられた情報に対して集中することができるようになる。

これはモンテとは大違い。モンテも集中力がつくが、モンテの基本は「本人が興味を持ったこと」。なので、本人が興味を持たないことには集中させられない。

人間いつか、嫌なことも集中してしなきゃいけない時期が来る。だからフラッシュカードやドッツカードで1歳、2歳からそれを訓練しておくべきか、それとも幼少期はそんなことしないでとにかく興味を持ったことをとことんやるか。どっちがいいんでしょうね。私は後者のほうがいいと思ってるからモンテに入れているけれど、人によっては前者がいいと思うのだろうということも理解できる。

東南アジアをマーケットにしたのはビジネス的に正しそう

自分自身は胡散臭いと思っているけれど、東南アジアをこの手のビジネスのマーケットとして見据えたのは正しいんじゃないかと思う。日本では徐々に脱記憶系になってきているし、胡散臭いな、と思ったらまず調べまくる人がいっぱいいる。

でもたぶん、東南アジアの人には「波動読み」とか「自信子」「宙偉子」といった表記の胡散臭さって伝わらないし、そもそもパンフレットは現地語、逸見氏の名前はRuiko Henmiって表記されるのでわからない。

それに、東南アジア地域には、なんだか「日本のものはなんでも素晴らしい」という雰囲気があるので、日本発祥ですよ、っていうだけで食いつく人は一杯いる。日本人は未だに「東南アジアは貧乏」って思っている人が多いだろうけど、個人ベースでみると一般的日本人よりよっぽど豊かな暮らしをしている人はたくさんいるし、子供にかける教育費の感覚も日本とは比にならないレベルでドーンとかける人がたくさんいる。値段設定もうまいと思う。

月謝17,000円くらいって、現地のワンベッドルームのアパートの家賃くらい。つまり、ワンベッドルームのアパートに住むような層には高いけれど、そこそこの層(超富裕層ではない)から見ると、別にそれほど極端に高いわけでもない。日本発祥だし、新しい方法だし、それくらいするかもね、っていう感覚で払える額。実際友人も「ちょっと高いけどいいものなら払う」っていう感覚。

結論

興味あるなら試してみたらいいだろうけれど、わたしはやらないな。というのが結論。友人にもそう伝えたところ、友人はとりあえず1回だけやってみる、と。そのあと友人と子供達と一緒にプレイグラウンドに行って体や手を使って遊んでいるのを見て「やっぱりフラッシュカードより、体験だよね…」とか揺れている友人の姿があった。

魔女の宅急便で大泣きする4才

我が家の小さい人は、いままでトトロとサウンドオブミュージック以外の映画で怖がらなかったことがない。でも、きっと魔女の宅急便なら大丈夫だろうと、ムービーフライデーの今日、見せてみた。

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でも、やっぱり泣いた。

映画が始まってから、ずっとじっと固まって、すごく不安そうな顔で画面を見つめていた。そして途中でぼそっと「こわい」と。そのまままた固まって見ているのだけれど、お口がへの字になって、必死に涙をこらえている顔をしている。そしてついに泣き出した。

「どうしてお家に帰らないの…?」

そう言って我が子は泣き続けた。キキがパパやママを残して旅に出たのに、全然家に帰らない。キキはママと一緒じゃない。それをみて自分の身に置き換えて、ママと一緒に暮らせないっていうことを考えたら、悲しくて悲しくて仕方がなかったらしい。

ひどく泣くので、見るのやめる? と聞いてみたけれど、泣きながら最後まで見た。映画一本通して、娘が笑ったのは、落ちていくトンボをキキがつかまえた時だけ。

4歳児には魔女宅のシチュエーションは、想像するだけで辛すぎるものだったらしい。かわいそうなことしちゃったな。これなら大丈夫だろう、って思ってちょっとアニメを見せてみても、トトロ以外は今のところ全滅。トトロすごい。

大人になったモンテっ子サンプル3人

大人になったモンテっ子で、世界中で超有名なイノベーターとかじゃない普通の人のサンプルってないだろうか、って思ってたんだけど、聞いてみるとお友達にいたので、ちょっと書いてみる。

ビーガン君(アメリカ出身、38歳)

お友達のビーガン君がモンテ育ちだったということが判明。3歳から6歳までモンテに通ったが「I hated it!」と吐き捨てるくらい学校が嫌いだったらしい。ブロック積み上げて崩してを死ぬほど繰り返すだけとか、それ終わったらこんどは、お皿とか靴とか洗うだけとかもう退屈すぎる、とかいう。

モンテに対する経験者のネガティブ発言は聞いたことがなかったのですごく参考になった。話を聞いているとモンテの仕組みが問題だったというより、担任の先生との相性が悪かったようにも見える。

さて、そのビーガン君は今どうなっているかと言うと、人に雇われることを拒否して自分でビジネスをしながら世界を旅している。操れる言語は10を超える。やっている仕事は、オンラインでタイ語のレッスンを売っている。自分がもはやネイティブなみにタイ語を操れるので、自分でコースを作ってオンラインで売っているのだ。

人にものを教えるのが上手い。人に従うのは嫌い。根本をみる目があるので、そこから疑問を感じたら突っ込むか触れない。自分を信じている。

教えるのに通じるけれど、言語にしても文化にしても、その構造を独自の視点で見極め、わかりやすい例と関連づけて説明するというのがとても上手い。今までいろいろしっくりこなかったタイ語の構造とかが彼の説明を聞いて、ほぉー! なるほどぉー! となった。これはタイ人じゃないからできることだと思う。

同じ要領でたくさんの人にサルサを教えたり、言語の勉強のしかたを教えたり、そこだ、というポイントをついた説明が素晴らしい。

コシネロさん(イタリア人、60歳)

よくお食事にご招待してくれる娘の友達のパパさん。生まれはたぶんイタリアだが、子供の頃から南アフリカとかイギリスとかあとはどこだかいろんな国で暮らしてきたが、モンテ育ち。何年モンテやったのかは聞いていないけど。

自分を信じている。そして懐がでかい(年齢にもよるものか)。エンターテイナーで話が面白い。英語とイタリア語はネイティブ。ほかにもしゃべれるのかどうかは知らない。

機械いじりとかが好きで、自分でパーツを買い集めてスピーカーとかアンプとかを創り上げる。料理も同じですごく凝っているし、いろんな道具、食材があってそれをきちんと理解して使いこなしている。凝り性という言い方もできるのかな? 完璧主義みたいな神経質さは感じられないけれど、好きなことはきちんと手を抜かないでやる、という感じ。

創造性が豊かで社交的でとても幸せそうな人。

リングアさん(アメリカ人、40歳くらい?)

モンテッソーリの6-12までの資格を持つリングアさんは。もちろん彼女の子供達もモンテで育てているし、本人もモンテ育ち。

この人も多言語を流暢に操る。それも3つとか4つとか言うレベルではなく両手で数えるくらい。

自分がどうしたいのかがよくわかっていて周りに流されない感じの人。声が大きい(アメリカ人だからか)。説明が上手い。地味なことをずーっとやるのができる。そして地味で退屈そうなこと(つまりモンテのお仕事的なこと)を子供に教える(効率化を求める大人からみると、ということ)。1つのアクティビティに長時間集中する。

今のところ、身近でモンテ育ちだったということが判明したのはこの3人。3人に共通するのは、自分を信じている、ってこと。誰かや何かに依存しないで生きている。

うち二人は、ものすごく流暢にたくさんの言語を話す。それも、多言語環境で生まれ育ったわけではなくて、自分で言語の勉強をすることが面白くてどんどん身につけていった、というパターン。それでそこまでしゃべれるのか、っていうレベルでしゃべれる。

3人とも「自分が興味を持ったことはとことんやる」っていうモンテの典型例みたいにも見える。

ビーガン君はモンテをぼろくそに言っていたけれど、ものすごいモンテ育ちっぽい傾向があるなぁと思う。ほかにもモンテ育ちがいたらまた書いてみよう。

たべもののはいるあな

うちのちいさい人の体には、食べ物別の袋みたいな管みたいな穴があいていて、それがいっぱいになると閉じるんだそうだ。

その穴は口からずっと足の先、手の先まで繋がっていて(血管みたいなイメージか)、ごはんの穴、のりの穴、リンゴジュースの穴、お肉の穴、などなど、食材別に別れている。

「今日はお米の穴が開いてない」

という日はお米は食べない。

「まだ私の腕のあないっぱいになってない」

というのはつまりまだお腹いっぱいになっていない、ということらしい。

「アイスクリーム用の穴はいっぱいにならない」

らしい。別腹ってやつだ、彼女の場合背中にあるらしいが。

それらの穴にたくさんたくさん詰め込めるのだけれど、管からじんわりしみ出していって、しばらくするとまた空っぽになるから、また詰め込める、のだそうだ。

4歳3か月、食べ物と消化のイメージ、かわいいので記録。

モンテっ子のその後を書いた本

モンテッソーリと言うと、超大物イノベーターたちが受けていた教育だ、といって注目されている。けれども、モンテッソーリで育った子がみんながみんなものすごい有名人になるわけではなく、そのへんの普通の人にもモンテっ子はいるはず。

そんな普通のモンテっ子のその後を追った本があったので読んでみた。Kindle本もあるから海外在住には助かる。

モンテッソーリ教育を受けた子どもたち 幼児の経験と脳
河出書房新社 (2014-02-07)
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著者は日本におけるモンテッソーリの第一人者、相良敦子氏。調査対象は日本のモンテっ子なので、基本的にモンテ教育は3歳から6歳の三年間しかうけていない。

この著者のモンテ本は何冊か読んで、とても参考にさせていただいている。どれも、モンテ推進者の書いた本ということで、批判的な記述はない。

この本には、40年もモンテッソーリに関わってきた相良氏だからできる調査結果が並んでいる。調査結果と言っても数値でデータ化されているわけではなくて、モンテで育った本人やその親からの聞き取り調査をもとに、モンテで育った人はこんな傾向がある、ということが書かれている。登場する人は、超大物イノベーターではなくて普通の人。なかには一時期引きこもりになった人もいる。でも、それぞれの生き方がモンテらしい。

詳しい内容は本書を読んでいただければわかるけれど、モンテで育った人は、自分を信じていて、地に足がついていて、そして他人や社会を基本的によいものとして捉えて、フェアな判断を下す、という感じに見える。印象としては、穏やかで幸せな人生を生きているのではないか、と。

モンテ信者としては、わかっていたけれど、あらためて調査結果を読んで安心したわ、って言う感じの本だった。

別にモンテ批判をしたいわけではないけれど、モンテ信者として偏った目線ではなくフェアな目線でみたものを知りたい。たとえば、モンテッソーリで育つと優位に自殺率が低いのかどうかとか、さ。

我が子は20か月からモンテで、今4歳ちょっと。6歳までモンテにするか、その後もモンテにするか悩み中。