ちいさい人の世界

かりぴすてぃ126ばん

うちの小さい人、生まれる前にどこにいたかっていう話を時々する。

大枠としては「おそらでふわふわしてた」「ままもいた」「お友達のなんとかちゃんもいた」「髪の毛が長くてゴールデンで、パープルのドレスを着ていた」というもの。具体的な場所は、木星らしい。

最近、小さい人、死んだ後にどこに行くのかっていう話をする。人によって行き先が違うらしいが、私の父(小さい人のおじいちゃん)は、「かりぴすてぃ126ばん」という星にいて、そこの王様になっているのだそうだ。私の母が死んだらそこへ行って、お妃様になるらしい。かりぴすてぃ126ばんはとても綺麗な場所らしい。よかった。

なんかとても壮大で素敵だなぁって思う。私は死んだらどこの星へ行くんだろう。

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宇宙で一緒にふわふわしてた

ままちゃんがままちゃんのママのおなかにはいるまえ、ままちゃんもわたしと一緒に宇宙でふわふわしてたんだよ。

最近娘がこんな話をする。なんて壮大なんだ。

うちの子になる前の話はよくしていて、話すたびにストーリーが変わるので、よく言われている「生まれる前の記憶」っていうよりは、生まれてから考えた話なんじゃないかな、と思っている。でも、それでもうれしい。

「わたしがままちゃんをえらんだんだよ」

「いろんなままのしゃしんがのっているほんがあって、そのなかからままちゃんをえらんだんだよ」

「お腹の中にパソコンがあってね、それでママえらぶの」

「顔で選んだ」

「ままがいちばんさいしょのぺーじにいた」

まあ、カタログが紙ベースだったり、パソコンだったり、いろんなデバイスだったりするし、お腹に来る前に選んだとか、お腹の中で選んだとか、まあいろいろある。

でも、「じぶんでままちゃんをえらんだ」っていう一点だけは絶対にぶれない。

選んでくれてありがとう娘。選んでもらえて本当に嬉しいよ。その選択を後悔させるようなことはしないように気をつけます。

そういえば、妊娠した時に友人に「あなたを選んで生まれてくる子供は相当タフなチャレンジャーだよ。自分だったら絶対選ばないタイプ」と言われたのを思い出した。

選んでくれてありがとうよ、娘。

5歳ちょっと、娘の言葉メモ

おめめつぶってもあたまのなかでえが見えるよ。おめめあけてても、あたまのなかでえがみえるよ

(絵のない童話を読み聞かせしてもらいながら目をつぶって)頭の中に絵を描いてるの。

ママにしかられると、からだぜんぶがちょっとびりびりってなるの。

おおきくなったらままとけっこんする。

かみさまおほしさま、ままちゃんがげんきでいますように。

ぷりんせすになりたい。

ままちゃんももんてっそーりのがっこういかないとだね。ゆっくりやるんだよ。いそがなくてもなくならないから、ゆっくりていねいにやるんだよ。

わるいことしたらおしいれにいれてね(押し入れ入るの好き)。

(新しく買ったETCカード的な端末を使う前に私が「これ、ちゃんと動くのかしら、ピッて通るのかしら、心配だわー」といったのに対して)そんなこと言ったら機械ちゃんがしょぼーんってしちゃうでしょ。きっときちんと使えるよね、楽しみね、って言ってあげないといけないよ。

(一緒にプールに入らない友人の父親に対して)いいお天気だよ、お水は冷たくて気持ちいいヨォ〜!

 

お友達を作るマジック

実は仕事の都合で違う街にうつった。だから娘も転校。娘はまあ、少しづつだけれどちゃんと友達を作れるらしい。どうやって友達作るのか聞いてみた。

娘「あのね、マジックがあるの」
私「へえ、どんな?」
娘「こうやるの」

といって娘は両肘を伸ばして手を組んでモジモジしはじめた。そしてはにかみながらちっちゃい声で「一緒に遊んでもらえませんか?」という。

娘「こうやると一緒に遊んでくれて、それでお友達になれるの」

娘曰く、こうやって1日に一人くらいづつお友達を作るらしい。1日に一気にたくさんお友達を作ると、対処しきれなくなるので、1日一人か二人、ちょっとづつゆっくり友達を増やすのがいいらしい。

今日は新しい学校の初日。お友達が二人出来たらしい。お名前は? ときくと、わかんない! だそう。お名前を覚えなくてもお友達はお友達。先生からも、あっという間に馴染んで楽しそうにやっている、とのこと。よかった。

ちゃんと見ないとカラカラになっちゃうよ

娘とおしゃべりをしていて、私が面倒臭くなって何か別のことをやりながら適当に返事をしていたら、娘が

「ちゃんと見ないとカラカラになっちゃうよ」

と言った。すごくストレートに、普通に言った。

ハッとした。

話をする時は相手をきちんと見て話そう、なんて、とても当たり前のことなのに。娘がモジモジして人の問いかけに答えない時に「失礼ですよ」とか言っているのに、私自身が死ぬほど失礼なことしてた。

話す時に見てもらえないと、心がカラカラになっちゃう。そうだよね。

神様のグミ

うちの小さい人は、日本に滞在中はキリスト教系のモンテ幼稚園へ入れてもらっている。そこで、キリスト教っぽい教育を受けるので「神様」」とか「お恵み」とかいう言葉を発するようになる。

娘「おめぐみ、ってなんだか知ってる?」
私「なんだと思う?」
娘「おめぐみってね、グミなんだよ」

子供の世界はとても面白い。

先日、図書館で借りてきてこんな本を読んだ。

2歳から5歳まで
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コルネイ・И. チュコフスキー
理論社
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時間がなくて読みきれなかったのだけれど、子供がとらえた世界を子供なりの言葉で表現している話がたくさん書かれていてとても面白い。子供にとって、知らないものの概念を持つことは不可能なわけで、知っている概念で世界を解釈し、子供なりの文法的なルールを見つけて自分語としてつくりだしてく。

ロシア人のかいた本なので、ロシア語の知識があったほうがもっと面白いと思うのだけれど、翻訳でもそれなりに伝わってきた。

うちの小さい人も、自分なりにいろんな言葉を作る。

スペイン語では、Papá、mamáと二つ目のパとマにアクセントをつける。だから、パパ、ママ、のあとにbabá(バ)と二つ目のバにアクセントを置いてばあばをよんでいた。あとは、パパとママをまとめてマパとかパマとか呼ぶこともある。

英語では、たとえばtidy upといった2つの単語がセットになった言葉は、娘にとっては一つの単語らしく、Tidy-uppingというように言う。私は今tidy-upしているのだから、tidyuppingなのだ。

「かみさまのおめぐみ」が「グミ」となってしまうのも、今の彼女の世界の捉え方なのだなあ、と思うととても可愛い。

たべもののはいるあな

うちのちいさい人の体には、食べ物別の袋みたいな管みたいな穴があいていて、それがいっぱいになると閉じるんだそうだ。

その穴は口からずっと足の先、手の先まで繋がっていて(血管みたいなイメージか)、ごはんの穴、のりの穴、リンゴジュースの穴、お肉の穴、などなど、食材別に別れている。

「今日はお米の穴が開いてない」

という日はお米は食べない。

「まだ私の腕のあないっぱいになってない」

というのはつまりまだお腹いっぱいになっていない、ということらしい。

「アイスクリーム用の穴はいっぱいにならない」

らしい。別腹ってやつだ、彼女の場合背中にあるらしいが。

それらの穴にたくさんたくさん詰め込めるのだけれど、管からじんわりしみ出していって、しばらくするとまた空っぽになるから、また詰め込める、のだそうだ。

4歳3か月、食べ物と消化のイメージ、かわいいので記録。