南米アルゼンチン

一人言語学習にcoffee breakシリーズのポッドキャストはとってもオススメ

今年の4月頃、1ヶ月くらいCoffee break italianというイタリア語のポッドキャストを聞いていた。毎日聴いているだけでなんとなくイタリア人の友人が話している初歩的なことがわかるようになり、自己紹介程度ならイタリア語でできるようになった。このポッドキャストすごい。

イタリア語を勉強しようと思ったのは、4月の頭の連休に「Eat, pray, love」という映画でイタリアを見て、モーレツにイタリアに戻りたくなったから。過去にイタリアに行った時は、スペイン語から想像してなんとなく単語を拾える程度で、会話は全くできなかった。現地の言葉がわかんないと、旅の楽しみって減っちゃう。

1ヶ月のポッドキャストでほぼゼロだったイタリア語がこれだけ(といってももちろん複雑な話はわからない)わかるようになるなら、スペイン語やり直したらいいんじゃ? と思い、Coffee break Spanishを聴き始めた。このCoffee breakシリーズは、グラスゴー在住のMarkさんというポリグロッツ(多言語喋る人)の人がいろんな言語のバージョンを作っているポッドキャストで、すごく良くできてる。

スペイン語、いきなりシーズン4から聴き始めた。だいたいわかる。でも、自分でこういう文章を書けるかというと書けない。今シーズン3に戻って、文法的な説明を聞いて、ふんふん、と言っている。

私のスペイン語は、アルゼンチンに行ってから叩き込んだサバイバルスペイン語(しかもアルゼンチン訛り)で、動詞の活用とか実はかなり適当だ。特に仮定法過去とか未来とかその辺が曖昧。人が話しているのを聴いたらわかるけれど自分じゃ作れない、っていうレベル。そしてアルゼンチンごしか知らないので、スペインのスペイン語の活用とかわからない(Vosotrosって何、みたいな)。

ちゃんと文法とか構文とか勉強したい。それからニュートラルなスペイン語も(アルゼンチンごはずいぶん違う)。

そんなわけで、仕事の後にカフェで落ち合って教えてくれる先生(メキシコ人女性)を見つけてためしてみたけれど、いまいち。1時間1700円くらい払って、インターネットにある教材を読むだけだった。間違った時に正解は教えてくれるけれど、どうしてそうなのか、っていうところの説明がもらえない。それに、仕事を早く切り上げて、カフェまで急いで、飲みたくもないコーヒー代を払って、終わったらまた家まで急ぐっていうのにあっという間に音をあげた。

そこで、Skypeでいろんな言語を教えてくれる先生を探すサイトpreply.comというのも使ってみた。まだ、一人しか試していないけれど、サイト自体は使えそうな気がする。ためしてみた先生はベネズエラの先生で、1時間5ドルとか。もうベネズエラは暮らせないから国を出るんだ、友達もみんないなくなったよ、とか最初のレッスンで嘆いていた。大学出のエンジニアとかそういう人たちが、1時間5ドルでスペイン語を教えてる。スペイン人の先生にすると15ドルくらいになる。

この先生の場合も、会話は初級スペイン語を勉強するには、1時間5ドルでこれは安い! と思う。ただ、私の場合、文法的な説明を詳しくしてもらいたかったので、ちょっと物足りなかった。

結局、Coffee break Spanishシリーズのポッドキャストを延々と聴いている方が、文法的な理解は深まるということに気づき、ポッドキャストメイン、時々スカイプレッスン、あとはスペイン語ネイティブの友人に日記を添削してもらう、みたいな感じで進めていこうかと思っている。

Coffee break spanishシリーズは長いこと続いているようで、完全なビギナーから中上級の人まで楽しめると思う。ドイツ語、フランス語、カタラン、中国語、アラブ語とかとにかくいろんなバージョンがあって、さらには子供向けの教材もある。

それから、Q&A Spanishという番組もあって、これがまたわかりやすい。文法の先生が教えてくれるので、「なんでそこでsubjuntivoなのか」とかの「なぜ」を教えてくれる。

ポッドキャストは無料版+有料版(教材へのアクセスともっと詳しい説明とか)があるのだけれど、無料版だけでもかなり使える。超オススメ。

なんか宣伝みたいになったけれど、私はcoffee breakシリーズとは一切関係ありません。Markさんとにかくすごい。

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ちょっとだけアルゼンチンに行ってきた

アルゼンチンに超短期で帰った。永住権維持のために、念のために2年に一回入国している。

永住権維持してまた住むの? って人に聞かれるが、答えはイエス。また住みたいと思っている。

今回はなんと4日しかいなかった。片道30時間近くかけて、往復20万円以上かけてたったの4日。少ない。ほんとはもっといたかったのだけれど、出張が入るかもしれないからと慌てて帰ってきた。それなのに出張がなかなか決まらないってやつ。ならもっといればよかった。

でも、超短期だったために、アルゼンチン人の娘は置いていった。アルゼンチン人だから別に行かなくても国籍はなくならない。つまり一人でアルゼンチン。出産するまでの2ヶ月ちょっとの身重の時期をぬかして、一人でアルゼンチンは初めて。妊娠後期はいろんな制限があったけれど(お酒飲めないとかあんまり遊び歩けないとか)、こんかいは4日間一人ですきなだけ! 最高の4日だった。

友人の友人宅(面識なし)に泊めてもらい、アルゼンチン時代の友人たちとマテを飲みながら公園でダラダらおしゃべり、それからみんなでチョリパン。それから毎日タンゴレッスンに、マルベックのワインに、アサードに、マテに、アルファホレスに、あれこれあれこれ!

また住むぞっておもった。

食べ物やワインが美味しいのはもちろんだけれど、なんだかわからんが、アルゼンチンにいる人達が好きだ。アルゼンチン人も、そうじゃない人も。

自分がおばあちゃん時代をどこで過ごしたいだろうか、って考える。今住んでいる国はまずない。日本ももう長いこと離れているし、もうベースがないのであまり実感がわかない。でもアルゼンチンでおばあちゃんになったら、たとえシングルでも、時々ミロンガに行ったり、お散歩したり、アサドしたりして幸せに暮らせそうなきがする。まあ、単なるイメージなのかもしれないけれど。

今は今の仕事が好きなので、仕事がある限りとりあえずここにいると思うけれど、状況が変わればアルゼンチンに帰ることもかなり有力な選択肢の一つだなぁと思う。

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帰りにワイン2本とマテ6キロ買ってきた。6キロで1年持つかなぁ、どうかなぁ。

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もちろん会社へのお土産はアルファホレス。こどもにはドゥルセデレチェ。

あー、ブエノス帰りたい!

アルゼンチンの永住権はどのくらい国外に出ていると消滅するのか

アルゼンチンの永住権を持っています。いろんな国では、よく1年のうち半分以上住んでいないと永住権がなくなる、とかいいますが、アルゼンチンは「2年に一度入国すれば良い」って聞いていました。

情報ソースはネット上のアルゼンチン在住外人コミュニティや、移民弁護士のサイト、とかそういうところです。場所によっては3年に一度でいいって書いているところまでありました。また、以前友人が永住権申請の際に、2年に一度来ないといけないのか、という件についてイミグレの窓口で聞いてもらったことがあって、その時の話では「2年に一度入国しないといけないけど、まあ、なくなってもまた申請したら取れる」って話でした。

私もまあこれを信じて、2年前にアルゼンチンに一度行きました。DNIとパスポートで入国して、別に何にも問題なかった。そして、今年、またそんな時期がやってきたので、行こうかなーと思っています。でも時期が微妙に行きづらい。仕事休むとごっそり給料が減るので休みたくない。3年でいいなら延期したい、とか思っているわけです。

でもこれといって正確な情報ソースがでてきません。

そんなわけでイミグレにメールしてみました。「2年とか3年とか聞くけど本当のところはどうなの? って」。そしたらなんと当日中に返事が来ました。すごい、アルゼンチン、速い。

簡単に言うと「Ley 25871(PDFにリンク)っていう法律の62条に書いてあるけど、1年だよ」っていう返事。

えっ! 1年!

もうだめじゃん。でも前回1年以上2年前で大丈夫だったよ? その法律2004年のだけど、わたしこないだ行ったの2014年だよ?

と思って、条文を読んでみました。ここに抜粋コピペします。スペイン語わかる方は直接読んでみてください。

ARTICULO 62. La Dirección Nacional de Migraciones, sin perjuicio de las acciones
judiciales que correspondieran deducir, cancelará la residencia que hubiese otorgado,
con efecto suspensivo, cualquiera fuese su antigüedad, categoría o causa de la admisión y dispondrá la posterior expulsión, cuando:

(中略)

c) El beneficiario de una radicación permanente hubiese permanecido fuera del Territorio Nacional por un período superior a los dos (2) años o la mitad del plazo acordado, si se tratara de residencia temporaria, excepto que la ausencia obedeciere al ejercicio de una función pública argentina o se hubiese generado en razón de actividades, estudios o investigaciones que a juicio de la Dirección Nacional de Migraciones pudieran ser de interés o beneficiosa para la República Argentina o que mediara autorización expresa de la autoridad migratoria la que podrá ser solicitada por intermedio de las autoridades consulares argentinas;

スペイン語忘れてる…。

ちょーざっくり訳すと、「以下に該当する場合はレジデンシアをキャンセルするかも。うんたらかんたらなんたらかんたら、2年以上国外にいる人」。

ってわけで、2年だとおもいます!

即日メールの返事をくれた担当者はご親切に条文まで指定してリンクまでくれて「1年」ってメール本文に書いてましたが、条文には2年ってあります! これを信じて、2年経つ前にアルゼンチンの土を踏みに行こう。いくらまた取れるって言っても、あの手続きもう一回やるのはごめんだ。

アルゼンチンは牛肉だけでなく乳製品も安全だった!

PMS持ちのわたしが、食肉と乳製品を避けている理由は、そこに含まれるホルモンです。つまり、ホルモンが含まれていなければもちろん美味しく頂きたいのです。別にアレルギーとかじゃありません。まぁ、日本で食べる牛肉とか脂っこくて好きじゃないですが。

前回書いたように、アルゼンチンの牛肉はおそらくホルモン剤フリーであることから、もうこれでもかというほど食べています。でも、乳製品については未調査のため、様々な乳製品を食べつつも(アルゼンチンで乳製品を避けるのは至難の業)、不安な気持ちで一杯でした。

しかしそれもこの瞬間まで。

なぜなら、アルゼンチンはrBST(たくさん牛乳をださせるための成長ホルモン)を禁止していると知ったのです。

No major dairy producing country, except Argentina, has banned the use of local and international rbST hormones. Nearly 25 countries have approved the use of rbST. Among the top U.S. dairy importers with rbST approval are Algeria, Brazil, Bulgaria, Costa Rica, the Czech Republic, the former Soviet Union, Honduras, India, Jamaica, Mexico, Namibia, Pakistan, Romania, the Slovak Republic, South Africa, and Zimbabwe. The three leading dairy producers, the EU, New Zealand, and Australia have delayed the use.

via TED case studies –  Bovine Growth Hormone (rbST) and Dairy Trade (May 1997)

1997年の情報ですが、どうやらその当時はアルゼンチンが唯一禁止していたそう。現在では、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本、イスラエルでも禁止されているようです。

rBST has not been allowed on the market in Canada, Australia, New Zealand, Japan, Israel or the European Union since 2000. Argentina also banned the use of rBST.

via Bovine somatotropin – Wikipedia

もう明日から安心して、チーズ、クリーム、牛乳その他、楽しめそうです。あと1週間だけど。

考えてみると、わたしが怒り方面のPMS症状(エストロゲン過剰が原因と思われる)が悪化したのは、アルゼンチンを去ってしばらくした頃でした。現在住んでいる国では、ホルモン剤使用に対して全く厳しくなく、またいろいろ管理も適当な国なので、国内向け食品は相当汚染されていると言われています。PMS症状がでるまでは、あまり気にすることなく何でも食べていました。

PMSを発症してから、だんだんといろいろと調べるうちに、野菜はオーガニックを増やし、肉を減らし、乳製品も減らしていました。それでも完全に断つことはできずにいたので、それなりにとっていたことと思います。

もうすぐその国に帰ります… あぁ帰りたくない。

アルゼンチンの牛肉は美味しいだけでなく安全

IMG_3631牛肉ばかり食べている今日この頃。

今回のアルゼンチン滞在は短いので、観光客気分で肉づくしです。1回でだいたい500グラムくらいは食べます(もっと食べてるかも)。そんなことを週2回くらいやっています。

IMG_3630私は元来、あまり肉を食べなくても生きていられる(むしろそれほど好んで食べたいと思わない)のですが、アルゼンチンにいるときだけは別です。アルゼンチンカルネはとんでもなく美味しいのです。毎日でも食べたい。

日本や現在住んでいる国で焼き肉屋へ行くと、食べているときはまあ美味しいなと思って食べているのですが、食べたあとに必ず吐き気に襲われます。体が肉を受け付けないのかしら… と思っていましたが、そんなことはありませんでした。これだけ食べてもぜんぜん平気。胃もたれもないし、お腹が痛くなることも、吐き気もない。苦しくて動けないよぅ、という感覚もありません。なんだろうこの違い。

さて、PMS持ちとして気になるのは、牛肉に含まれるホルモンです。もしアルゼンチン牛がホルモン漬けの牛肉だったら、わたしの今月のPMS期はほんとーにたいへんなことになるでしょう。一応調べた限り大丈夫そうだったのでこんな勢いで食べています。

アルゼンチンの牛さんは、放牧で育てられているものと、飼育場で育てられているものの2種類があるようです。飼育場で育てられている牛さんの割合も増えてはいますが、まだまだほとんどの牛さんは放牧で育てられているそうです。

たいていのアルゼンチンの牛は牧草を食べて育ちます。また、飼料にホルモン剤及び抗生物質をいれることは禁じられています。耳につけるタイプのホルモン剤等も使われていません。さらに、牧場でのびのびと育てられており、小さいスペースにぎゅうぎゅうに詰め込まれたりはしていないようです。”grass fed”と書かれている食肉や乳製品も、牧草飼料を与えられているからと言って、それは飼料が草であることを意味しているだけで、放牧されているとは限りません。

日本やEUでは成長ホルモン剤の使用が禁止されています。EUはホルモン剤を含んだ牛肉も輸入禁止ですが、日本はホルモン牛の輸入は認められています。アメリカ・カナダ・オーストラリアの牛肉はホルモン剤入り。ただしタスマニア産はホルモン剤不使用。

わたしは、自分自身がホルモンにいろいろと翻弄されてきたので、外部からホルモンを摂取するのはいいことではない、と実感しています。でも、たぶん自分がPMSになっていなくて、あるいはなっていてもいろいろ実験したり調べたりしていなかったら、ホルモン剤くらいたいしたことないでしょ、と思っていたに違いありません。

エストロゲンなどのホルモンを過剰に摂取することが、乳がんをはじめとするさまざまな病気の原因と言われています。若い頃は、タバコ屋お酒が体に悪いと言われてもピンときませんでしたが、今は実感しています。ホルモンも体には良くない。

アルゼンチンがそのプライドにかけて今後も安全でおいしい牛肉を生産し続けることを、そしていつか日本がその輸入を解禁することを切に祈ります!

ところで乳牛はどうなんだろう…?

参考:

約2年ぶりのアルゼンチン所感

約2年ぶりにアルゼンチンに帰ってきた。以前と同じ家、同じ大屋さん、同じ交通整理のおじさん。同じ乾物屋で同じおじさんがHola! と声をかけてくれる。同じ八百屋、同じスーパー、同じ服屋、同じ洗濯屋、働く人もみんな変わっていない。

2年近くのときが経ったとは感じられないほど、何もかもが以前と同じだった。なんだろうこの安心感。

でも、モノの値段は2倍になっていた。100ペソ札が飛ぶように消えてゆく。

けれどもドルに対してペソの価値が半分くらいになっているので、ペソで見ると2倍になっていても、ドルから計算すると2年前とだいたい同じだ(むしろちょっと安い?)。換金レートも相変わらず闇レートとオフィシャルレートの差が大きい。オフィシャルレートでは1ドル8.5前後、闇レートでは15.5くらいだ。2年前は、6,5とかなんとか言っていた気がする。

私たちの暮らす場所は、ブエノスアイレスと言ってもプロビンシアなので、コーヒーが一杯15ペソだった。2年前も10ペソくらいだった気がする。ブエノスアイレスのカピタルでは今は20とか25ペソだとか。

記録のために現状のいくつかモノの値段を書いておく。

品名 価格(ドル換算闇レート/公式レート)

  • イチゴ1キロ 24ペソ(1.6ドル/2.8ドル)
  • 空港からのタクシー代 608ペソ(40ドル/78ドル)
  • コーヒー1杯 15ペソ(1ドル/1.8ドル)
  • 絵本1冊 120ペソ(8ドル/14ドル)
  • ベビーシャンプー1本 21ペソ(1.4ドル/2.5ドル)
  • 洗濯屋1箱 50ペソ(3.35ドル/6ドル)
  • 牛肉(vacio)1キロ 70ペソ(4.69ドル/8.3ドル)

そんなわけでハイパーインフレ、それからデフォルトで世界から信用をなくしているアルゼンチン経済。そんな状態なのに、人々は2年前と同じところで同じ商売をして同じように肉を食い、ワインを飲み、昼にはしっかりシエスタで休んで暮らしている。

例えば、東京やバンコクは、2年もたつといろいろと変わってしまっている。人の入れ替わりも激しく、同じ店にいっても同じ人が働いているとは限らない。或は私の実家のある日本の田舎に2年ぶりに行くと、同じ店が同じ場所にあるが、シャッターがおろされたまんまになっている場所がものすごく増える。

なんだろうこのアルゼンチンの安定感(すごく不安定なのに安定しているふしぎ)。

アルゼンチン経済は安定したためしがなく、過去になんと7回もデフォルトを経験しているらしい。それでも人々は平気で暮らし、政府批判をしつつも強い愛国心を持ち、肉とワインとマテ、そして文化を愛している。

決して安定して落ち着いた国ではなく、かといって東南アジアのような新興国でもない。ゆっくりと落ちぶれていっているプライドの高いヨーロッパ気取りの南米国家。けれどもあまりの変わらなさに、なんだかほっとして、またここに暮らすのも悪くないなと感じている。

外国でパスポートをなくしたら

他の場所に書いていたものをこちらに移動しました。何を隠そう、ワタクシ、人生で2度もパスポートをなくして再発行しています。10年パスポートはもったいないかもしれないと思う今日この頃。

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アルゼンチンでは、国民や長期滞在者はみんなDNIという身分証明証をもっていて、ことあるごとにDNIの提示を求められます。DNIを持っていない外国人は代わりにパスポートを提示します。

外国で通用する日本人としての身分証明証、パスポート。これがないと旅行が出来ないばかりか、国によっては生活の様々な場面での手続きが出来なくなってしまいます。

もし、外国でパスポートをなくてしまったら? 国によって必要になってくる手続きも変わってくると思いますが、最低限しなくてはいけないことは以下のとおりです。

  1. 現地の警察に紛失届や盗難届をだし、その証明書をもらう
  2. 在外公館領事部にてパスポート紛失届と再発給申請をする
  3. 現地の入国管理局へ行きビザ等を押し直してもらう(入国の記録がないため)

紛失した場合の再発給申請には通常の申請書類に加えて紛失または盗難証明書の提出が必要ですので、大使館へ駆け込む前にまず現地の警察へ駆け込みましょう。

再発給申請必要書類は以下の通りです。

パスポート紛失時の再発給申請の際の必要書類(平成23年度)

  1. 所管警察署等発行による紛失または盗難証明書の提出
  2. 紛失一般旅券等届出書
  3. 写真2枚
  4. 有効な戸籍謄(抄)本
  5. 一般旅券発給申請書

在外公館領事部にて紛失届を提出すると、領事もしくは副領事などによる面談があります。あれば別室に呼ばれ、どんな状況でなくしたのかなどを説明します。叱られている訳ではないのですが、叱られている気分になります。いや、叱っているのかもしれません。

盗難にあった場合には、被害届のような書類も記入します。そのなかには「今後このようなことのないためにはどうしたらよいか」などを記入する欄もあり、自分のうかつさを反省させられます。

書類が揃って新規発行を申請した場合、国によると思いますが、在外大使館領事部でのパスポートの発行は1週間程度でできるようです。戸籍謄本等を持っていない場合は取り寄せる必要があり、申請までたどり着くのに時間がかかってしまいます。

新しくパスポートをつくるとパスポートの番号が変わってしまうので、必要であれば領事に依頼して、旧パスポートと新パスポートの所持者が同一人物である旨のレターを出してもらうことも出来ます。

外国での唯一のID、パスポートはなくさないように気をつけましょうね。

Autorización de viajeをRegistro Civilで取得

アルゼンチンでのあれこれ思い出して記録シリーズ。

アルゼンチンは、両親が揃っていない状況で子どもが国外に出る際には、旅行許可証が必要です。

さて、私たちはまず、日本で旅行許可証を作ってアポスティーユを貼ってもらったものを作りました(父親が日本にいた為)。それでアメリカ経由日本行きの出国が出来たのですが、なぜかウルグアイへ行くときにこれじゃ行けない、と言われ、慌ててRegistro civilで作り直しました。慌ててって行っても結局その日はウルグアイへ行けなかったんですけれど。

まず、カピタルは何でも事前にインターネット予約ですので、Registro Civilもネットで予約します。
http://www.buenosaires.gob.ar/registrocivil

自分の住所がある地区のRegistro Civilへ行くのが基本だそうですが、私たちはUruguayのRegistro Civil本部での痛い経験(出生登録時のあれこれ)があることと、近場のRegistro Civilは混んでいて予約が取れなかったので、一番最速で予約が取れる場所へ行きました。

持ち物は

  • 両親それぞれのパスポート(私たちはまだDNIがないので)
  • 両親とこどもの現住所証明(サイトには持ってくるように書いているがいらなかった)
  • 子どものDNI原本とコピー
  • 子どもの出生証明書原本とコピー
  • 手数料(2012年秋当時は100ペソくらいだった気がします)

文章はどうとでも出来ると思いますが、私たちは出来る限り自由度の高いものにしたかったので、期間はオープンで、両親のうち片方だけでも、或は小さい人がひとりだけでも、何処の国へでも旅行が出来る、というものにしました。

Registro Civilにいる公証人(かな?)が、書いてはんこを押してくれます。

なぜだか理由は覚えていないけれど、私たちは現金が足りなくてATMを探しに回った記憶があります。何だったんだっけ? 

18歳未満のお子さん連れでの旅行は、外国人でもこれが必要です。子どもも外国人の場合、その子の出生証明書(日本なら戸籍謄本)の公式翻訳と公証が必要です。

Autorización de viaje自体は、公証人に作ってもらえれば良いのでRegistro civilにいかなくても一般の公証人に作ってもらうことも可能です。予約待ちとかないだろうし。ただ、調べた限り、施設公証人に頼むと料金が3倍くらいしたので、わたしたちはRegistro Civildでやることにしました。

面倒だけれど、アルゼンチンのこれに慣れると、こういうのがないと確かに誘拐とか怖いよなぁ、と思うようになりました。

Registro CivilでのAutorización de viajeの詳細
http://www.buenosaires.edu.ar/aplicaciones/guiaba/guia/index.php?info=detalle&menu=1&id=322

片親のみで国外に出る際の旅行許可証の例文

以前別の場所に書いていたものをコピペ。未成年者を連れて国外に出る場合の旅行許可証についてです。

まず最初に、以下のコピペにある文章で日本で作りました(父親が日本にいたので)。それを公証してもらいアポスティーユも貼ったもので、アメリカ経由日本行きで出国することが出来ました。その後、同じ旅行許可証を持って隣国ウルグアイへいこうとしたときに、イミグレでこれでは出国できないと言われました。前は大丈夫だったのに何で? ときくも、知らないわよ、の一点張り。結局、Registro civilに行って作り直し、それで出国しました。

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アルゼンチンでは、未成年者が国外に出る場合には、場合に応じた旅行許可証が必要です。これは犯罪を防ぐ目的で、南米各国で実施されているもので、自分の実子であっても勝手に国外に連れ出すことはできません。

旅行許可証は、決まったフォーマットがある訳ではなく、必要に応じて「この子の父である私は、我が子がその母親と国外に旅行することを認めます」というざっくりしたものから、「何月何日から何月何日まで、我が子がその叔母であるなんとか氏と、どこどこの国へ旅行するのを我々両親が認めます」などと特定の期間、旅行、同伴者を指定したものなど、自由に作ることができます。

例えば、父親が子供がその母親と旅行するのを許可するという場合。

Yo, 父親の名前, Japonés, mayor de edad, titular del pasaporte de Japón No.父のパスポート番号 residente en Japón, por medio del presente documento declaro : Que autorizo a mi hijo menor 子供の名前, nacido el XX de XX de 2011 a las 00.00 horas, en Buenos Aires Argentina, titular del D.N.I. 子供のDNI番号 para que viaje acompañado con su madre 母親の名前 , titular del pasaporte de Japón No.母のパスポート番号, mayor de edad.

Firma del padre.
ここに署名

出生証明書に書いてある内容と照らし合わせて確認するので、名前、生年月日、各種ID番号等を必ず盛り込みます。

旅行許可証はアルゼンチンの公証人に作ってもらうかRegistro civilなど役所で作成するのが簡単ですが、「出張中の父親がアルゼンチンにいる妻子を呼び寄せたい」などというケースでは、上記のような文章でその父親がいる場所の公証人に認証をもらい、外務省のアポスティーユをもらってアルゼンチンまで送付してもらいます。

日本で作る場合、外国語の文書を認証できる公証人もたくさんいるので、あらかじめスペイン語で文章を作りそれにサインをして、公証人の印をもらいます。公証人のなかにはアポスティーユまでやってくれる人もいるので、その場合は一度ですみます。

渡航時には、旅行許可証と出生証明書(子どもが日本人の場合は戸籍とその翻訳かな? 要確認)を忘れずに。空港で出国を認めてもらえなかったら悲劇です。

アルゼンチンでの永住権申請の記録

もうだいぶ前のことですが、アルゼンチンの永住権とDNIを申請してきたときのお話です。私自身、色々調べても調べが足りなくて大変な思いをしたので、今更ですが記録しておき、誰かのお役に立てば幸いです。

私は、アルゼンチンで出産後、アルゼンチン人の親として永住権を申請、取得しました。

アルゼンチンは出生地主義で、子の国で産まれた人はみんなアルゼンチン人です。そしてその親は永住権をとることが出来ます。なのでさっさとやっておけばよかったのですが、色々書類を日本から取り寄せたり、翻訳したり、途中で日本に帰ってしまったのでやり直したり、色々面倒だったのです。

あとは調査不足で、パスポートのコピーとかその場でコピーすりゃいいでしょくらいに思っていたりして、書類不備で申請まで漕ぎ着けられないことが重なり、もういやだー! となったりしました。イミグレで受け付けてもらえなくて、泣きながら帰ったこともありましたよ、ほんとに。

というわけで、必要書類。ちなみにこれは私が申請した2012年9月頃の必要書類です。現在はまた違うかもしれませんので要確認。

  1. パスポート原本
  2. パスポート全ページのコピー&翻訳と公証
  3. 日本の犯罪証明原本&翻訳と公証
  4. アルゼンチンの犯罪証明
  5. 現住所証明(Certificado de domicilio)
  6. 出生証明書原本とそのコピー
  7. 子のDNIとそのコピー
  8. Residencia permanente代600ペソ
  9. DNI代40ペソ

なんと、戸籍謄本アポスティーユつきとその翻訳公証、というのがいらなかったのです。これがすごく時間とお金がかかったのに! これが必要と最初から疑ってもいなかったのはなんでだろう? これがなければもっとずっとはやくにDNIを手にしていたかもしれないのに…

とはいえ、申請から2週間もかからずにDNIが届きましたので、結果よしということで…

さて、実際の申請ですが、上記書類を揃えて、イミグレの予約を取って、申請に行けば良いだけなのですが、私はいろいろと調査不足、書類不足で何度も往復をしました。ちょっと覚え書き程度に…

1. パスポート原本
そのまま、パスポートそのものです。

2. パスポートのコピー
これが曲者でした。パスポートのコピー、とだけ聞いていたので、イミグレの中にあるコピー屋さんでコピーすりゃ良いだろう、まぁ、ちょうど手持ちに一枚(写真のところ)あるし、これでいいか、と。だがしかし、この「パスポートのコピー」とは、「パスポート全ページのコピー」のほか、その全ページの翻訳と公証が必要だったのです。イミグレの窓口でこれを言われたときはショックでした。がびーん! です。その場で翻訳家さんに連絡を取って、その足で翻訳を依頼しにいって、それでも出来上がるのは1週間後、イミグレの予約は取り直し、です。げっそり、げんなり、でした。

3. 日本の犯罪証明原本の翻訳と公証
これチートです。日本大使館経由で日本から取得するのですが、この取得に2ヶ月かかります。その間に日本にいってしまうとやりなおし、じゃあ日本でとろうとすると、アルゼンチンでビザをとれるという証明をもってこいとか言われます。そんなん無理ゲーすぎる。だってアルゼンチンの方はこれがないと申請させてくれないし。

そんなわけで日本大使館経由で申請し待つこと2ヶ月。届いた犯罪証明はおそらく大使館で開封され翻訳され、さらにそれをまた封印されて「本人が開けたら無効』と書いてあります。ところが、この「本人が開けたら無効」というのが曲者です。日本はよくこれをやりますが、アルゼンチン側からは翻訳と公証を求められます。つまり開けないと翻訳も公証も出来ないんですよ、はい。一度、ビザの申請相談の窓口で、「これ、私が開けたら無効とか書いてるからお兄さん開けてくれるかな」とイミグレの職員に頼んだら、なにいってんの? みたいな反応をされました。自分で開けたら? というので、でも私が開けたら無効なんだってよ、というと、じゃあ、大使館にでもいってそこで開けたら? と言われ、そもそも大使館側が、本人開封無効っていってるの、と、もうらちがあきませんでした。

結局、自分で開封し、翻訳家さんに一部を翻訳してもらい(一部英語の部分があるのでそれをスペイン語化)、さらに公証をもらってクリア。「本人開封無効」とかかかなくていいのに…

4. アルゼンチンの犯罪証明(antecedentes penales)
これは、簡単だった気がします。Registro National de Reincidenciaへ行って申請をすると、証明書の番号をくれます。そしてあとで自分でウェブサイトから証明書をダウンロード&プリント。

5.現住所証明
カピタルなら最寄りの警察署、カピタル外ならRegistro Civilへいって申請。カピタルでは翌日にその住所に人が来て本人がいると確認されれば証明が出ます。私はカピタル外だったので、Registro Civilへ公共料金の領収証等を持っていき、その場で証明してもらいました。

6, 7.子の出生証明書、DNIの原本とそのコピー
これはそのまま、です。

8, 9. この金額は、これは2012年9月の段階なので、今はいくらになっていることやら…

これら書類とお金を持っていくと、2週間以内に自宅にDNIが届きました。一説には数ヶ月待ち、ということも聞いていたので、自分の出国までに間に合うかどうかドキドキでしたが、ちゃんと2週間以内に届きました。やるじゃん、アルゼンチン。

ピカピカのtarjeta DNIを手にしたとたん、とっても嬉しくて、何度もイミグレを往復したことやら、いろんな証明を集めたことやら、泣きそうになったこともいい思い出。これで私はいつでもこの国で好きなように暮らして働いていいんだ! という喜びでいっぱい。これってすごいことだよね。

って、まぁ、今はアルゼンチンを離れちゃっているのですが、いずれまた戻って暮らしたいので、そのときにはもうこういう手続きはいらないんだなぁ、嬉しい。

他にもいろんな手続き関連の記録があるので、ぼちぼちあげていこうと思います。

アルゼンチンの公立病院に通ったまとめ

小さい人の熱が下がりました。月曜から木曜まで病院通い。結局ドンピシャの原因はわかりませんでしたが、結果的には、初診時に言われた「おそらくウィルス性で、1週間かかる」というのがアタリだったんじゃないかと思います。今日は熱もなく眠っています。

そんなわけでちょっとラップトップにもむかえるので、まとめ。

さてアルゼンチンでは公的医療が無償です。アルゼンチン人はもちろん、旅行者の外国人でも同じ扱いです。

アルゼンチンには民間の病院も沢山あり、病院ごとに医療プランを持っていたり、いろんな病院をカバーする民間の保険会社も沢山あります。働いている人はたいてい会社経由で民間保険にはいっているし、わたしも以前は、私立のHospital Alemánという病院の医療プランに加入していました。病院から遠い場所に引っ越したのを機に、保険から抜けましたが、最後の月の保険料は1500ペソほどでした… 高い!

今回、公立病院にかかるまでは、公立病院は医療レベルは高いとはいえ、無料で誰でも受け入れるが故に、貧困層とかがわんさと押し寄せて、廊下にぎゅうぎゅうに座って順番待ちをしているんだと思っていました。3、4時間待ちは当然だろうなぁ。きっとすごい殺伐として心が荒んでしまうに違いない、とか。もう勝手な想像が膨らみまくり。

ところがどっこい、今回行ってみたところ、そんなことはありませんでした。思った以上によかった。一年もあんなに高い保険料を払っていたのを後悔するほど。まぁ、当時はスペイン語も全くしゃべれなかったし、という言い訳を自分にして納得することにします。

さて、今回の経緯。

月曜日:土曜日の夜から高熱(38.6 over)と下痢、食欲なし。月曜になっても収まらないので予約なしで外来受診。ウィルス性の下痢じゃないかとのこと。食事や生活に気をつけることなどを指導してもらって帰宅。
火曜日:吐いたらまたきて、と言われていて、早朝に吐いたので再び受診。おしっこ検査。結果シロ。
水曜日:うんち検査をする為にうんちを持ってラボへ。ところが今日はうんちは受け取れないから明日来て、と言われる。先生にその旨報告。夜の熱が38.1まで下がる。食欲もどる。
木曜日:うんち検査の為もう一度病院へ。でもなんと下痢が収まってうんちがでないので検査が出来ず。先生にその旨報告、経過観察となる。
金曜日:熱が下がった。

そんなわけで、病院に4日も通いました。診察、検査とも無料です。1センターボも払っていません。解熱剤は持っていたので新しく貰うことはなかったので、薬代についてはわかりません。たぶん無料だとおもうけれど。

待っている人はそれほどいませんでした。ブエノスアイレス郊外なので、カピタルとは状況が違うと思いますが。

病院は別にそれほど悲劇的にぼろいとか汚いということもなく、先生も親切。施設などは市の財政によっているので、San Isidroなんかはすごく奇麗だという話です。次はSan Isidroの病院へ行こう。

なーんだ、プブリコの病院でいいじゃん、アレマンの高い保険料払っていたのがばかばかしい… とちょっと思います、はい。

公立病院二日目、ラボラトリオでおしっこ検査

昨日「吐いたりしたらまた連れてきて」と言われていたのだけれど、今朝方本当に吐いてしまったので、朝からまた病院へ行ってきた。

昨日と同じように「熱が…」と言うと、今日はちゃんとその場でDNI番号をコンピュータに打ち込み(昨日はそんなことしなかった)「あら、はじめてなのね」と言われる。「いえ、昨日も来ましたけど」と答えるが、記録にないわよとの答え。そりゃそうだ、だって先生のノートにしか記録されていないもの(ちなみに、昨日の記録はこちら)。

DNIの番号と名前を打ち込んで、レシートのような番号札を貰い、Consultorio 8へ行け、と言われる。レシートには、番号のほかに、ちゃんと名前やDNIの番号、保険の有無(わたしたちは無保険)などもかかれている。受付のところに、保険云々、というのが書いてあったし、プライベート保険の救急車が来ていたりするので、保険にはいっている人は保険を使ってかかるらしい。どういう仕組みになっているんだろう。

さて、診察室に呼ばれて入ると、昨日と同じ先生が。熱が下がらず、一度だけだけれど嘔吐もし、言われてみればほとんどおしっこも出ていない、ということを伝えると、じゃあ、なにかに感染して炎症起こしていたりしないか、おしっこ検査をしましょう、となる。

手渡されたのは、小さなビニールのパッケージ。どうやらおしっこを集める袋らしい。赤ちゃんにおしっこしろと言ってすぐ出るわけではないので、どうするのだろう? と思っていたが、なんと、その袋をおしっこの出てくるあたりにぺたっと貼付けて、上からおむつをし、おしっこが出てくるのを待つ、という方法だった。なるほど。

受付、診察、検査キットの設置までは待ったのはそれぞれ2、3人。一緒に待っていたおじさんが「今日はなんだか混んでいる」と言っていたので、昨日は特にガラガラだったんだろうし、今日のこれで混んでいるなら、絶望的に混むことはないのかな、と予想。

さて、特に待つこともなくスムーズにことが運んだと思いきや、なんと小さい人がおしっこをしない。まてどもまてどもおしっこが出ない。水を飲ませてもおなかを押しても出てこない。病院の中庭のベンチでおっぱいを飲ませたままうとうと昼寝までしてしまった。ようやく出たのは3時間後、それもちょこーっとだけ。それからラボラトリオへ検査にだして、ぎりぎり診察時間内に結果が出た。結果シロ。

明日はうんちの検査をしましょう、ということに。家では相変わらず食事、水分に気をつけてね、と指導を受けて、病院をあとにしました。

公立病院へ行ってみた記録

小さい人が、下痢をしている。熱もあり、夜には39度近くなる。それがもう3日め。収まる気配がないので、病院へつれていった。公立病院へ。

アルゼンチンの公立病院はすべてが無料。アルゼンチン人だけではなく、外国人も誰でも無料。以前はプライベート病院の保険プランに加入していたが、その病院から離れてしまったのを機に保険をやめた。

そんなわけで、今回、はじめての公立病院。いったいどれだけ待たされるんだろうか、と、2、3時間は待つ覚悟で行ってみたが、全く待たなかった。拍子抜け。まぁ、今日は雨だったというのもあるだろうし、ここはカピタルではない、というのもあるだろうけれど。それにしても、ひとりも待っていなかった。

今日の流れはこんな感じ。

  1. 受付で「子供に熱があるんですが」と言う
  2. 手書きで「Consultorio 8 114」と書かれた紙切れをもらう
  3. 直接Consultorio8へ
  4. 中から先生が出てきて「どうぞ」と
  5. 小さい人のDNIを渡して名前と生年月日の確認 -> 先生手書きでノートにメモ
  6. 診察
  7. おしまい、そのまま帰る

無料なので、当然支払いプロセスはない。病院に登録したり、診察券みたいなものを作ることもなかった。しかし、診察券システムはないし、受信した記録(DNI番号とか)が、その先生のノートにしかないとなると、何回か通うような病気の場合、どうするんだろう。カルテのようなものを渡されたわけでもないので、自分でカルテを管理する、というわけにもいかない。そのへんは疑問だけれど、まぁ、あまりシステマチックになっていない様子なので、行くたびに自分の状態を説明することの繰り返しになるんじゃないのかな、と想像する。今回のような簡単な場合は、これくらいシンプルであってもらって全く問題ない。

さて、今回は、小さい人の発熱と下痢。乳幼児にはよくあることらしく診察自体はとてもスムーズにすすんだ。

先生&わたし:こんにちわー
先生:お名前は? DNI見せて -> 先生手書きでノートに記録。
先生:どうしましたか?
わたし:子供に熱があり、うんちはお水みたいで、ご飯をほとんど食べません。
先生:ほんのちょーっとだけ食べる感じ?
わたし:はい。ほんのちょーっとだけ。まだおっぱいを飲んでいるので…
先生:熱は何度くらい?
わたし:38.8とかそれくらいでした。
先生:なんか飲ませた?
わたし:赤ちゃん用のイブプロフェンのリキッドを飲ませました。
先生:ムイビエン。吐いたりする?
わたし:しません。
先生:ペルフェクト。んじゃ、おなかの音聞かせてねー、そこに横にして。 -> 先生おなかの音聞く。
わたし:どうですか?
先生:おなかは変な音はしないわね。これくらいの子供にはよくあることで、なんかのウィルスかもしれない。だいたい1週間くらい熱と下痢が続きます。1週間以上続くことはほとんどないけれど、逆にそれより早くよくなることもあまりありません。ですので、1週間ほど食べ物に気を使ってください。食べさせる物はこれね(と、リストが印刷された紙切れをもらう)。それから、もし血便がでたり、吐いたり、おしっこがちょっとしか出なかった場合にはまた連れてきてね。
わたし:熱にはイブプロフェン飲ませておけばいいですか?
先生:それでいいわよ。
わたし:ほとんど食べないんで心配ですけれど、おっぱい飲んだりしていれば大丈夫ですかねぇ。
先生:だいじょぶ、だいじょぶ。一口食べてやめちゃったりとかいうのもよくあるし、無理に食べさせることないわよ。

食べさせていい物の一覧はこんなかんじ。

  • Agua mineral(ミネラルウォーター)
  • Caldo s/verduras con vitina o arroz(vitinaかお米をお出汁で煮たもの、野菜なし)
  • polenta, fideos, arroz con aceite y queso(トウモロコシ粉、パスタ、お米など、油とチーズで)
  • pure de calabaza(カラバサのピューレ)
  • carne de vaca o pollo bien cocida(よく火を通した牛肉か鶏肉)
  • manzana sin piel(皮を剥いたリンゴ)
  • banana(バナナ)
  • gelatina(ゼラチン)
  • leche con azucar (s/chocolate ni mate)(砂糖入りの牛乳、チョコレートやマテ入れない)
  • 1 o2 tostados con dulce de membrillo(トーストをドゥルセデマンブリーショで)

食べさせていいものが牛肉、というのがなんだかアルゼンチン。野菜がダメというのが意外。

そんなわけで、小さい人の食事はしばらくまともに料理をしなくていいので、ここぞとばかりに自分用にチョリパンを買って帰ってきた。

小さい人は夕食にはおじやを食べてくれて、今朝まで続いていた、食べたとたんにぴゅーっとお尻から出てくる現象もおさまっていて、お水も飲んで、回復に向かっているんじゃないかな、と思う。熱はまだあるけれど。

プライベートの保険をやめるにあたって、公立病院で大丈夫かイマイチ不安であったけれども、今回行ってみてそんな不安も吹っ飛んだ。保険、いらないな、と思った次第です。

アルゼンチンでの手続き関連を整理

妊娠中に来てアルゼンチンで出産。関係するいろいろの手続きについて、記録がてら。以前他の場所に書いてあるのだけれど、改めて整理。もう忘れそう。

妊娠中にやったこと

出産後にやったこと

アルゼンチン側

日本側

  • 出生証明書(via 領事部)
  • パスポート申請(via 領事部)
  • 旅行許可証の作成(日本にて)
  • 警察証明の取得(via 領事部)
  • 警察証明の取得(日本の警察署にて、結局やらなかった)
  • 新しくたてた戸籍の謄本の取得&アポスティーユ
  • 出産一時金の申請(日本にて)

他にもいろいろやった気がするなぁ。思い出したら追記します。それぞれの詳細はぼちぼち書きます。

電車の中の物売りさん

ブエノスアイレス市内まで出るのに、電車で40分ほどかかる。それなりに長い旅路なのだけれど、いつも入れ替わり立ち替わり、いろんな物売りやミュージシャンがやってくるので退屈しない。

物売りさんたちが売っている物は様々。ポテチ、ボールペン、人体組織図、地図、鞄、CD、ファイル、クッキー、パン、カードを入れるケース… もうなんでもありだ。みんな自己紹介をしたり、商品に対する口上を叫びながら売歩く。そして、たいていそれらは驚くほど安い。

例えば今日は、その人の口上によると、スーパーでは30ペソはするチョコレートを15ペソで、と。ポテチも3袋で10ペソ。普段ポテチを買わないので相場はわからないけれど、たぶん安い。商品がとにかくランダムで何でもありな感じだし、値段も投げ売りみたいに安いので、もしかしたら盗んできたもの(手に入ったもの)を売っているのかなぁ、なんて疑っている。

音楽をする人もいる。若いお兄さんがギターをひきながら歌っていたり、おじいさんがハープやバンドネオンを弾いていたり。先日みかけた人は、歌のあとに「Facebookでなんとかって名前で探してLikeしてね!」なんて言っていたので、その場で検索していたら電車を乗り過ごした。

特に物を売るわけでもなく、芸をするわけでもなく、直接お金をくれと言う人もいる。そういう人もたいていきちんと自己紹介をする。

例えば「紳士淑女の皆様~旅の途中に失礼いたします。私の名前はホセと申します、年はいくつです。家には子供が4人と妻が一人、ご飯を食べられずにわたしの帰りを待っております。わたしは今から数年前に事故で半身が不自由になり、思うように働くことが出来ません…」などと、かくかくじかじかで、お金ください、と言って回る。

あるいは、至って健康そうなおじさまが突如悦に入って歌いだし、歌い終わると素手でお金を集めていくこともあった。おそらくあれは、ちょっと歌いたくなったから歌ってみた、というかんじだろうとおもう、だって上手くなかったし、お金を集める帽子とか箱とかも持っていなかった。

まぁ、そんな人たちがいつも入れ替わり立ち替わりやってくるので、郊外に住んでたまに電車に乗るのも悪くない。

その国の言葉を話すこと

ちょっと前の話。日曜日のベルグラーノ駅にて。

中華街で買い物を終え、友人と小さい人と3人で電車を待っていた。ちょうどそばには小さな赤ちゃんが。そのご両親に「何ヶ月ですか?」と、そしてその赤ちゃんには「かわいいね~」とそれぞれスペイン語で話しかけた。うちの小さい人には何と言ったか覚えていないけれど、たぶん「ほら赤ちゃんがいるよ」とかそういったことをいったんだと思う、日本語で。

隣に座っていたおばさんたちも、小さい人たちを目を細めて眺めてくださって、私たちも小さい人同士のコミュニケーションをほのぼのと眺めていた。

「ちょっと、お伺いしたいんだけど」

と、ちょっと離れたところに座っていたおばさんが、慇懃無礼な感じで話しかけてきた。

「はい、なんですか?」と私。「あなたはどうしてご自分のお子さんに、この国の国語であるアルゼンチン語(EspañolでもCastellanoでもなく、Argentinaと言われた)で話しかけないの?」とおばさん。「なぜって、私たちは日本人ですから」と私。まぁ、小さい人はアルゼンチン人でもあるのだけれど。おばさん「ここはアルゼンチンですから、アルゼンチン語で話すべきです」、私「もちろん他の人に対してはスペイン語を話しますし、他の皆さんがスペイン語で彼女に話しかけてくれることに関しては大歓迎ですが、私と彼女の間では日本語で話します」。おばさん「それは、私に対する尊敬にかけているわ! あなたが他の言語で彼女に話しかけるのを聞いていると、とても侮辱された気分になる」… と。

私「しかし彼女は日本人なので、日本語を定着させる為にも私が日本語で話しかけないといけない」
おばさん「そんなことは家でやって。一歩外に出たらアルゼンチン語を話すべき、たとえあなたたち二人の会話でも」
私「そうはいっても例えばあなたは日本に旅行に行ったとして、お連れの方と日本語で話すのですか、二人だけでも」
おばさん「わたしはアメリカに行ったときは、息子と英語で話しましたわよ!」
私「いや、英語の国じゃなくて… 」
おばさん「あなたたちが日本語で話していると侮辱された気分になる」
私「….」
おばさん「侮辱しないで!」
私「えーと、もしあなたも含めてみんなで会話をしていて、その中で私たちだけ日本語で話しているって言うならまだしも、今会話にはいってすらいなかったじゃないですか」
おばさん「でも、わたしはそれでも、私に対する尊敬にかけるように感じるの! この国ではアルゼンチン語で話しなさい。憲法にそう書いてあるの」

とまぁ、こんなかんじで言い合い風になった。他にも色々言われた&いったけれど。しかし、自分のスペイン語力が足りず言いたいことがうまく言えなかったのが悔しい。なぜ小さい人に日本語で話しかけるのかと言う理由は、例えば、子供の言語の発達に関して私が考えていることとか、わたしの適当スペイン語をコピーされては困るとか、そういうことも絡んでくるわけで。まぁ、そんなことを説明しても納得してくれるような人ではなかったとは思うけれど。

でもこの一件、このおばさんがおかしいんだ、と一蹴することができなかった。

特に英語圏の人に多いが、非英語圏へ行っても英語が通じるもんだと決めてかかって、英語が通じない=何で英語しゃべれないの? というような態度を取る人がある。あれは確かに感じが悪い。しかし、自分もタイで、込み入った話になると結局は英語で押し通してきたと言う過去があり、そういった人と紙一重なんじゃないかと言う気持ちもあって、今回おばさんに「Falta respecto(尊敬にかける)」と言われてちょっと考えてしまった。

確かにタイにいた頃の私は、タイに対して失礼だった。今ではそう思う。

例のおばさんを侮辱するつもりはこれっぽっちもなかったし、おばさんはちょっと極端な人かもしれない。それに、やっぱり私と小さい人の間は日本語で話すのはやめるつもりはない。でも、確かに、その国に住ませてもらっているのだから、言葉を覚えるのは当然のことだと思う。少なくとも小さい人はアルゼンチン人であり、私も永住権をとろうかとしている人間なのだから。旅行者や駐在員とは違う。これからどれくらいこの国にいるかわからないけれど、国を出たって小さい人はもう死ぬまでアルゼンチン人なのだし、当たり前にアルゼンチンの言葉を理解していないといけない。

そんなことを考えさせられる一件だった。

ブエノスアイレスでオーガニックの豆やら何やらが買える場所

遺伝子組換え大豆だらけのアルゼンチンでお豆腐や豆乳を買うのはちょっとなぁ、と思っていた。まぁ、お豆腐屋さんに聞きにいってみないと本当のところはわからない。実はオーガニックの大豆を使っているかもしれないし。

先日、中華街のスーパーで、日系の方が作っている味噌と醤油にオーガニックマークがついていた。そんなわけで、オーガニック大豆は存在し、すなわちきっとオーガニック豆腐もあるに違いない。

そう思っていた矢先、オーガニックマーケットで豆腐を使った料理を出しているお兄さんに、オーガニック豆腐はどこで買うん? って聞いてみたところ、La Esquina de las Floresで売っているよ、とのこと。

La Esquina de las Flores
http://www.esquinadelasflores.com.ar/

調べてみたところ、パレルモSOHOあたりらしい。大豆だけではなくて、各種穀物、お豆、お茶やらパンやら色々扱っているみたい。街のDietetica屋さんと同じ感じだけれど全部オーガニックで、自社製品(ところで街のdieteticaはオーガニックじゃないんだろうか)。

健康食品を売っているだけではなくて、お料理教室とか、エコなレクチャーとか、編み物教室とか、風水講座とかなんか色々やっているらしい。

そのうち行ってみよう。

モンサントとクリスティーナと食

のんびりとした午後、大家さんとその息子さんにお呼ばれしてたらふくお肉をごちそうになった。そのとき話題に上ったのは、モンサントとクリスティーナ大統領。大家さんが反クリスティーナ派であるのは以前より承知のこと。

ちょうどこの間からモンサント、遺伝子組換え、と言うキーワードで、何ともいえない嫌悪感を抱いていた自分としては、タイムリーで気になる話題であった。

大家さんの話をもとに調べてみたところ、どうやらクリスティーナ大統領が国策として、モンサントに対し、アルゼンチンで遺伝子組換え種子を作る場所と設備を提供しますよー、と言っているらしい。その為に法律も変えるとかなんとか。モンサントはすでにモンサントアルヘンティーナがあって、アルゼンチンで栽培されている大豆のほとんどはモンサントその他多国籍企業の遺伝子組換え種子を使っている。こんどはその種子もアルゼンチンで作ろうと言うのか。

大家さんは、「今の政府は、アルゼンチンの未来を全く考えていない。せっかく私たちが持っているものを全部ダメにしてしまう、遺伝子組換えなんて絶対ダメ」とお怒り。せっかく美しい広い大地があって、自然にできたおいしい食べ物とワインがあるのに、と。

アルゼンチンは未来を作っていく子供たちをみんなで受け入れているような社会で、野菜もお肉もおいしいし、とてもいい国だと思うけれど、この政府の方向性は、あまり詳しくはわからないとは言え、見聞きする限りなんだか支持できないことばかり。20年前の先進国を追いかけている途上国と言う感じで、今はいろんな価値観が変わって違う方向を向いているのに乗り遅れているような、そんな感じを抱いている。シフトしきれなくて間違った方に飛んでいく感じ。

ちなみにわたしは、以前も書いたけれど、モンサントの、というか、ひとつの巨大企業が世界の食を牛耳っていて、なおかつ自社の富を守る為に遺伝子的にコントロールしていること、そしてその囲い込みのやり方があまり好きではないので、遺伝子組換え作物の安全性云々抜きにしても支持したくない、と思っている。つまり、それを国策でやるというこの大統領もあまり支持したくない、と言う気持ちがある。

今はアルゼンチンという国に住まわせてもらっている観光客状態なので、支持するのしないのと言っても説得力がない。まともに働いて税金を払ってきちんと文句が言いたいものだ。

アルゼンチンは本当に遺伝子組換え作物大国なのか調べてみた

遺伝子組換え作物について。このあいだは「遺伝子組み換え作物の仕組み – Sabe la tierraへ行って考えた」というポストで、勢いで、もう豆腐は買わないぞ! なんて書いてしまったが、実際ほんとうにどれくらい日常的に遺伝子組換え作物を食べているんだろうか、と気になって調べてみている。

まず、「アルゼンチンは遺伝子組換え作物ばっかり」という表現はあまり正しくなかった。アルゼンチンは遺伝子組換え作物生産大国で、ものすごく広い土地を遺伝子組換え作物生産用に使っているが、日常食卓に上る多種多様な野菜がみんな遺伝子組換えな訳ではなく、限られた数種類の作物を大量に作っている、らしい。

少し古いが、2002年の資料に、アルゼンチンでの認可体制から、生産、流通までについてまとめてあるものがあったので、そこから読み解いてみる。

参考にした資料はこちら:アルゼンチンにおける遺伝子組換え作物をめぐる状況ー認可体制、生産・輸出、流通ー
http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/project/pdf/gmo3-3-2.pdf

2002年の段階でアルゼンチンで認可されている遺伝子組換え作物の品種の総数は567。とはいっても、作目で言うと、大豆、綿、トウモロコシの3種のみ。2002年の段階では小麦はまだ実用化されされておらず、研究段階だったようだ。現在までに実用化され、認可が下りたのかどうかはわからないが、2011年の別の資料(http://www.monsanto.co.jp/data/countries.html)を見ると、相変わらずアルゼンチンの主要遺伝子組換え作物は前述の3種で、小麦は資料には上がってきていないので、おそらく認可されていたとしても微々たる量であろう。

2002年段階では、アルゼンチンの遺伝子組換え作物の作付け面積は1350万ヘクタールだったものが、2011年では2370万ヘクタールにものびている。そのほとんどが大豆である。それまで他の作物を作っていた土地を、どんどん遺伝子組換え大豆用に切り替えているわけだ。

遺伝子組換え作物は手がかからないので農民はいらない。中小農民から土地を買い上げ(或は脅し取ったりということもあり、アムネスティ・インターナショナルが人権問題にしているらしい)、大規模農場はさらに大規模に、中小農民は土地も仕事もなくなって飢えてゆく。

そして、先日は遺伝子組換え種子の会社モンサント一社を槍玉に挙げてしまったが、認可されている種子はモンサントの他、アグレボ、カーギル、チバガイギーなど他の多国籍企業のものも多い。とはいえ、やはりモンサントは世界の遺伝子作物種子のシェアの90%ほど、と独占に近い状態であるようだし、アルゼンチンにはモンサントアルヘンティーナがあるようなので、やはりモンサントのシェアは大きいだろう。

これらの大企業は種子を開発して農場へ売る。契約で実った種子から次の年の作物を作ることは禁じられているため、農場は毎年大企業から種子を買う。種子とセットで除草剤も買わなくてはいけない。大企業の作った仕組みにすっかり組み込まれている。

アルゼンチンの遺伝子組換え作物の輸出先は、EU諸国からアジア諸国へとシフトしてきているようだ。先頃、温首相がアルゼンチンまでやってきて、これからどんどんアルゼンチンから食料買います、と言っていたようだし、中国産の大豆加工製品はアルゼンチンから来た大豆でできているかもしれない(中国では遺伝子組換え大豆は資料には上ってきていない)。

中国は広大な土地でたくさんの作物を作って外国に売り、アルゼンチンから食料を買う。アルゼンチンは中国むけに自国の土地で大量の大豆を作り、自国民が食べる作物を作る土地がなくなってゆく。そしてそこに輸入規制。

なんだかなぁ、と思う。

人々はグローバリゼーションを叫び、資本主義における勝ち組である大企業が、弱小国家を食いつぶしていく。農民たちは目の前に自分たちが食べる作物があるのに、それを刈り取って外国に売るための遺伝子組換え大豆を作る。そして、飢えていく。

なんだかなぁ…。グローバリゼーションってなんだっけ。

先日の、ウルグアイの大統領の幸福論スピーチを思い出した(そういうウルグアイも大豆とトウモロコシは遺伝子組換え作物を作っている)。

バイオテクノロジーが悪いなんてこれっぽっちも思っていない。遺伝子組換え怖いしからとにかくいや! というヒステリックな気持ちでもない。絶対オーガニックじゃなきゃ、とかそういうストイックな主義でもない。

これは、もはやバイオテクノロジーでも、環境問題でも、食料問題でも、ましてや農業でもなくて、政治問題だ。

わたしは単なる天邪鬼なのかもしれない。遺伝子組換え作物やらその技術が憎いわけではなく、この一部大企業が作り上げた搾取システムのなかに組み込まれるのが嫌なのだ。だからやっぱり、遺伝子組換え大豆を使っているであろう豆腐はあまり買いたくない、と思うわけです。まぁ、すべてを避けるのは難しいかもしれないけれど…

今回参考にさせていただいた資料、記事等はこちら。

遺伝子組み換え作物の仕組み – Sabe la tierraへ行って考えた

Tren de la costaという、ブエノスアイレス郊外を走る観光列車がある。そのSan Fernando駅のホームが、毎週土曜日、オーガニック市場になる。Sabe la tierraというその市場に行ってきました。

普段はほとんど人のいない駅が、土曜日には少しにぎわっています。オーガニックの八百屋さんが2、3軒、それからいろんなオーガニック食品、製品を売る人たちがテーブルを出しています。

パンやチーズやサラミといった日常的に食べるもの、ケーキ屋クッキー。オーガニックの鶏に卵。植物由来の洗剤、マカやスピルリナといった健康食品、ショッピングバッグに手編みのセーター。にぎわうと言っても程よいにぎわいで、一軒一軒ゆっくり、味見をさせてもらったりおしゃべりをしながら見て回ることができ、土曜日にのんびりお散歩に行くにはちょうど良い感じ。

アルゼンチンは遺伝子組み換えの野菜がたくさん。スーパーで売っている鶏肉の多くはホルモン剤を打たれたお肉だそう。オーガニックのお肉はほとんどが輸出用で、国内ではあまり出回っていません。そういう自然ではない食べ物を日々食べて生きていますが、あまり深く考えていませんでした。気にし始めたらきりがない、というあきらめのような、いわば無関心と言われても仕方のないレベル。ときどきオーガニック製品があると、いいわよねー、といって手に取る程度。

そもそも、遺伝子組み換えの何が怖いのか、と言うことをいまいち理解していません。自然じゃないから怖いらしいよね、と言う程度。遺伝子組み換えってつまり人間の都合の良いように遺伝子を組み換えているわけで、それって害虫もつかないから農薬とかいらないんじゃないの? なんて思っていたが、そんなことはなかったらしい。

どうやら、遺伝子組み換え大豆生産導入には強い毒性を持っている農薬とセットでの導入になるそう。ところが雑草の方にもどんどん耐性がついて、さらに強い農薬が必要になったり… その農薬によって奇形が産まれているとの報告も。

一部抜粋する。

アルゼンチンとパラグアイでは、GM大豆の産地に住んでいる医師や住民がグリホサートの散布により、不妊、死産、流産、癌のみならず、高い出生異常を含む 深刻な健康への影響を訴えている。新しいレポートで集められた科学的研究によって、グリホサートに曝されることと、早産、流産、癌、DNAおよび生殖器官 の細胞にダメージを与えることとが関連していることが確認された。

via 南米を襲う遺伝子組み換え大豆と枯れ葉剤

さらには…

遺伝子組換え大豆(作物)と農薬の特許(知的所有権)を持ち独占しているのがモンサント社ですから、遺伝子組換え大豆の栽培はモンサント社に依存することになります。

via 遺伝子組換え作物で、飢餓が増えている 安濃一樹

モンサント社とはどんな会社かというと….

自社の開発した遺伝子組換え作物の種子を販売するに当たり、次回作には自家採種したものを利用しないとの契約を栽培農家との間で結んでいることが多い。そのため、その契約に違反して遺伝子組換え作物の種子を自家採種し以後の作付けに利用した農家に対して、知的財産権侵害として多くの訴訟を起こしたことから注目を集め、一定の批判を受ける事態が生じた。

また、”いわゆる”「ターミネーター遺伝子」を組み込んだ組換え品種を開発した企業を買収した。”いわゆる”「ターミネーター遺伝子」や「ターミネーター 技術」とは、遺伝子組換え作物に結実した種子を発芽できなくするものであり、農家による遺伝子組換え作物の自家採種を無効にしたり、遺伝子組換え作物によ る遺伝子の拡散や遺伝子汚染を防ぐために開発されたものである。

via wikipedia

と、まぁ、非常にクローズドで前時代的な仕組みに縛られているようです。こういうの、あんまり好きじゃないですね、わたし。

遺伝子組み換え大豆の危険性ももちろんですが、それよりも、こういうクローズドな思想が好きではないので、こういうやり方をする会社か、と知ってしまった今となっては、アンチ遺伝子組換え作物な人になりました。

アルゼンチンに暮らして、時々お豆腐や豆乳を買っていますが、いつも心の底で若干不安に感じていました。アルゼンチンの大豆のほとんどが遺伝子組み換え大豆であり、大部分が輸出されるとはいえ、現在は輸入規制が厳しく、外国からオーガニック大豆を輸入しているとは到底考えられない。すなわちわたしがいつも食べているお豆腐もきっと遺伝子組み換え。日本では大豆製品には必ず『遺伝子組み換えでない』と書いていますが、ここではそんな表記はありません。

お豆腐屋さんには申し訳ないけれど、もうおそらく買いません。この国に暮らして、すべてをオーガニックなものにするのはとても難しいと思うけれど、少しでも減らしていこうと思います。

ちなみにペルーは「遺伝子組み換え作物の導入を10年間停止」だそうで、先日のボリビアの資本主義からの脱却など、ブエノスアイレスからアンデスあたりの人たちを見ていると、やはり文明の栄えた場所の人たちは聡いのだろう、と思えてきます。アルゼンチンのやり方について今まであまり興味は持っていなかったけれど、周辺諸国の動きを見ていると、アルゼンチンは何か大きな波に乗り遅れているようにも見えます。

オーガニックマーケット Sabe la tierra
http://www.sabelatierra.com/