日記

複数の国をフラフラするときに超便利なデータSIM

旅先でインターネットがないと辛い。飛行機を降りて空港の中に入るとだいたい無料のWIFIがあるけれど、空港を一歩出てバスに乗ったりするとWifiなしの時間がやってくる。空港でSIMを買えばいいのだろうけれど、着いたばかりの国で一体どのSIMがいいのかわからないし、さらには「空港は高い」という先入観もあってついつい買わないでしまったりする。

そんで後悔する。現地のショップを検索して(検索するにもインターネットが必要だから、スタバとかに入って無駄なコーヒー代を払う)、ショップまで出向いてSIMを買って、場合によっては登録して、アクティベートしてそれであーだこーだ、時間もお金ももったいない。2、3日のために1GBプランなんて勿体無いし、それで3カ国とか回ったら余計に勿体無い。

そんなわけで、以前、旅に出る際に、事前に「いろんな国で使えるデータSIM」というのを買って、日本を出国した飛行機の機内でSIMを入れ替えてみたら、超絶便利だったので紹介する。

これ、2000円前後で1GB、30日間ヨーロッパを中心としたいろんな国で使える。

ヨーロッパは、国をまたぐのが日本の県をまたぐ感覚だ。最初にシェンゲン圏に入った後は、シェンゲン内であればパスポートのチェックもなく国境を越えられる。それだけシームレスになっているのに、なぜか電話会社はシームレスじゃない。

つまり国境を超えたら電話は通じない。めんどくさい。電車で国境を超えたりするといつのまにか別の国に入っていたりする。

このsimを入れていったおかげで、ヨーロッパをふらふらしても全く困らなかった。国が変わってもちゃんと繋がる。1GBあれば2週間くらいなら余裕だ。ホテルやカフェなどWifiのある場所ではWifiを使うようにすると、余裕で余る。これが二千円だ。

もし3つくらいの国に行ってそれぞれの国でSIMを買ったらそれだけで1万円くらいする。それにデータも無駄にたくさん買って使い切らなかったりすることになる。めちゃお得だ。

でも、トラップが一つ。

このSIMはトップアップも可能なので、データ量を使い切りそうになったらトップアップができる、ことになっている。いや、できるんだ、できるのです、もし、イギリス発行のクレジットカードがあれば。

わたしはイギリスのクレジットカードは持っていないので、トップアップはできず最後の方はケチケチ使うことに。

でもまあ2週間ならいける、いけるはずだ。

そんなわけで、ヨーロッパ周遊の際なんかには超オススメです。香港とかでも通じるので、キャセイパシフィックでヨーロッパへ飛ぶときなんかも空港ですぐ繋がります。

転職と引越しとストレス

転職した。

職場の理解があるので、定時より先に上がって残りは自宅で、というのを認めてもらっている。とはいえ、朝は8:15に幼稚園に送り届け、9:00出勤、15:45に職場を出て16:30にお迎え、という生活。

もう、ぎゅうぎゅうに忙しい感じがする。

幼稚園は基本15時までで、エクストラでお金を払って16:30まで預かってもらっている。でも、ほとんどの子は15時で帰るので、娘は「どうして私のお迎えはいつも遅いの?」と寂しく感じているそうだ。

転職したために、引っ越しもした。とても穏やかでのんびりとした緑にあふれる街から、とんでもなくカオスな大都会に。3ベッドルーム庭付き一軒家から、ワンベッドのアパート(まだ仮の宿)へ。

引っ越しを決めた時、のんびりとした街の友人からは「子供がかわいそう」「ていうかあなたもかわいそう」みたいなことを散々言われた。

そう言いたくなるのはわかる。この街は子供向きではないし、そして、そんなに長時間幼稚園に預けて、子供にとってもかなりのストレスになるであろうというのは、私も想像していた。

朝の2時間、そして夕方3時間、1日のうち5時間だけが、目覚めて一緒に過ごす時間だ。実は前の街でも、週に2日はエクストラカリキュラムとかで4時半まで、ということもあったので、それほど変わらないといえば変わらない。でも、気分的に全然違う。学校からうちまで車で5分で、ちょっと走れば緑豊かな山があったり、広い家があったりする生活とは違うから。

それに、前職を退職してから新しい職場で働き始めるまでの1ヶ月ほどは、一日中常に一緒だったので、その頃とのギャップもかなり大きいのだろう。

まだ1週間も経っていないが、娘の表情はちょっと暗くなった気がする。学校が終わる頃にはぐったり疲れている。なんだか疲れた顔で、前の街に帰りたいとか、アルゼンチンに帰りたいとか呟く娘に心が傷む。

新しい学校でも最初の3日はすごく楽しそうにいきいきとして帰ってきた。でも、何日も続くうちに、ママといる時間がすごく減った、というのに気づいてしまったんだと思う。

それでもこの転職は、私にとってはとても魅力的なものだった。仕事の内容も、そして将来につながるステップでもあるということも。

何よりも母親が幸せそうにしているのが一番だ、という意見もある。私もそう思っている部分はあるし、いろんな人にもそう言われた。今はそう思って、自分のキャリアのために仕事を選んだ。でも、一人で自己完結して幸せそうにしている母親を憎く思った経験のある自分には、少しばかりモヤっとした気持ちもある。

迷いはない。短期の契約だけれど、それでもこの仕事を選んで良かったとおもうし、こんなチャンスは逃したら二度とない、という思いもあるので、後悔もしていない。でも同時に、娘を思って胸が痛む。

ずっとフルタイムで働いているママとかは、こういうのを乗り越えてきたんだろうな。辛いね。

自分も毒親をやっていると気づいた

PMSがひどかった頃、私は完全な毒親だった。でもいまはPMSが随分よくなって、いかにも毒親なことはほとんどしていない、とおもっていた。でも、してた。気づいた。

娘を、報酬をえさにコントロールしようとしてることがある。

たとえば私がどうしてもどこかへ行かなきゃ行けないのに娘が遊んでいて動かないとか、ふざけて鍵をかけて閉じ込めたり閉じこもったりとかしたときに、

「あっそ、じゃあいいよ、じゃあね、私行くから」

というかんじで娘を置いていく振りをする、というのをやってしまう。

そうすると、娘は寂しくなってびえぇ〜ん、と泣いて鍵を開けたりついてきたりする。置いていかれるというのに本当におびえている。

或は、娘が歯を磨かない。いつまでたっても磨かないのでイラっとして

「私、歯を磨かない人とは一緒に寝ないから」

と言ってしまう。娘は私と寝たい、一緒にいたいから、泣いて歯を磨く、本当はいやだけど。

わたし、すげー毒親だ…。

「言うこと聞かないなら、愛情というリターンをあげないぞ」って脅してるわけだよ。最低。

置いていかれるとか、愛情をもらえなくなる、っていうのは子供にとって最大の恐怖なわけで。それをえさに娘をコントロールしようとしている。

って、こういう風に書いたら、本当に自分がひどい毒親だって思えてきた。

こう言う場合どうしたらいいのだろうか。

「じゃ、いいよ、わたしいくから、じゃあね」の代わりに、引きずってでも一緒に連れて行く方がいいのだろうか。押さえつけて無理矢理歯を磨くべきなんだろうか。きっとその方が愛情って感じられるのかもしれない。

さらっと置いていかれるって(本当においていきはしないにせよ)、本当に、本当に、悲しいと思う。

回避性愛着障害っていうのに近いのかもしれない。私は、たとえばほかの大人に対して何かしてもらいたかったりしてもかなえられない時、「じゃあいいや、自分でやるから。私は私、あなたはあなた」「そもそも期待した自分が悪かった」ってなる。そして、それを子供にもやってる。

大人なら「あなたはあなた」でいいけれど、子供は一人じゃ生きていかれない。私の愛情を死ぬほど欲してる。そこで「あ、そう、んじゃいいや、さいなら」ってやるのはすごくひどい。ひどい、のはわかってるけれど、どうしていいのかわからない。

たぶん、私はこうして娘をたくさん傷つけてきたんだ。愛着形成の最もクリティカルな時期、6か月から2歳までの頃は、娘がだだをこねることもあまりなかったので「あっそ、じゃあいいよ、さいなら」となることはなかった。だから、それなりに安定した愛着を形成できているんじゃないかと思っていた。

でも、今、私はたぶん、すごい毒親なことをしているんだ。

PMSの性で毒親になることもあるけれど、それ抜きで、私の性質として、毒親の系譜をひいているんだっていることを認めるしかない。やっぱり毒親育ちは毒親になってしまうんだ。毒親育ちじゃない人って、どういうふうに子育てしているんだろう。教えてほしい。

つぎ、同じこと言いそうになったら、深呼吸をしよう。ヨガでやってる、お腹からはじめて胸から背中まで空気を一杯入れるやつ。毒親の系譜、本当に私の代で断ち切りたい。

愛着障害についてはこの辺を参考にしてます。めっちゃおすすめ。

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子どものおかげで時間の管理ができるようになってきた話

私は時間の管理が下手だ。

中学・高校時代、すごく頭の良い人たちは、びっくりするくらい遊ぶのが上手かった。あそぶ時は想いっきり遊ぶ、その切り替えが上手いんだな、って言うことは何となくわかっていた。それってひとつの才能で、自分にはその才能がないと。

仕事でも勉強でも、時間は何とかなると思っていた。いざとなったら徹夜すればいい、ご飯を抜けばいい、とおもっていたし、そうやってきた。だから、いつも夜型人間だった。

子どもができて、有無を言わさず朝6時に叩き起こされ、子どもが一緒に居る時間はほぼ自分のことはできない生活が続いた。じゃあ、子どもが寝てからやればいいだろう、と思っているものの、子どもが寝る時間には自分の体力も気力も尽きて一緒に寝てしまう。

いざとなったらの徹夜もできないし、学校のお迎えの時間にはどんなにやりかけのことがあっても作業をやめて迎えに行かなければならない。自分だけでなく子どもも病気になるし、夏休みには自分の時間なんてほとんどない。

こんなんで社会復帰なんてできるんだろうか、仕事の時間とか、勉強の時間とか捻出できるのだろうか。

ものすごい不安だった。

でも、今復帰しなきゃこのままだらだら自分の状況に愚痴りながら専業主婦もどきを続け、気づいたらもう社会は受け入れてくれなくなっているに違いない、そう思って復帰することにした。

しかも、仕事だけじゃなく、通信で大学にも編入した。

最近の生活はこんなかんじ。

4:00 起床、10分ほど瞑想(したりしなかったり)
4:00 – 6:00 仕事、勉強
6:00 家族が起きてくる、ご飯のしたくなどはじめる
7:00 朝ご飯
8:20 娘を学校に送っていく
9:00 – 12:00 仕事
12:00- 13:00 ランチ
13:00 – 15:00 仕事
15:30 娘お迎え、この後は仕事はしないし、できる限りパソコンも開かない
18:00 夕食
20:00 就寝

家で勉強したり作業したりするので、いつやってもいいといえばいい。でも、昼休みはちゃんと休む。仕事中は仕事に関係ないサイトは見ない、昼休みにこうやってブログ書いたりする。

3時半に娘が学校から帰ってきたらもうそれ以降はパソコンをいじらないようにしている、遊んでくれってうるさいから。

朝4時、目覚まし時計なしで目覚める。場合によっては3時くらいに起きたりもする。

たぶんこれは、自分一人では絶対に実現できなかった時間の使い方だ。私がパソコンに向かってなにかすることを全く喜ばない娘、毎朝6時に自動的に目覚める娘、そして、それにつきあっていたら体が疲れて眠ってしまうということ、そういうのが全部重なって、だんだんとこう言うサイクルで生きられるようになってきた。

娘が成長して、朝寝坊するようになってきたら、そのときは本当に自分でがんばってこのサイクルを維持しないといけないことになるのだろう。

ありがとう、娘!

不要品を売っぱらって家を少しすっきりさせた記録

日本の家はほぼ倉庫なので安くて小さい家に引っ越しました。引っ越したらモノが家に収まりませんでした(私のものはほぼありませんが、パートナーのものがたくさんあります)。

10年以上海外流浪の民をやっていると、ミニマムに暮らす癖がつきます(子供ができてからはだいぶモノが増えましたが)。全然使いもしないのに眠っているモノたちに囲まれて足の踏み場もないとか、気が狂いそうです。耐えられないので売っぱらうことにしました(もちろん所有者の許可をとってです)。

ネットでモノを売るのははじめてでしたが、けっこうすぐ買い手いたりしてびっくりしたので、やってみたことをメモしておきます。断捨離をしようとする方など捨てる前に売ることを検討してもいいのではないでしょうか。

Facebook上のSayonara sale

外国に住んでいると現地在住外国人のコミュニティのようなものがあって、そこで様々な中古品の売買が行われていることがあります。日本にいるガイジンだって同じことやっているに違いない! と思って探してみると、Facebook上にいろいろでてきました。日本在住外国人のあいだでは「Sayonara sale」と呼ばれているようです。今回日本に行った時期が3月中旬ということもあり、4月から学校や仕事の始まる(或は3月末で終わる)ひとたちが活発に売買をしていました。

Facebookのグループでのやり取りには課金・発送などの仕組みが着いているわけではないのでそのへんは自分で解決しなくてはなりません。

売りたかったものが大型だったこともあり、発送の手間・コストをかけたくなかったので、地域限定版のさよならセールで、自分で取りに来られる人や、近くであって手渡しできる人限定で探しました。顔を合わせて挨拶をするというのは人付き合いの基本ですし、その土地で友達があんまりいない私にとって、見知らぬ他人でも会話のきっかけが会ったりすると嬉しかったのです。

ちなみに、Mottainai Japanというグループは基本無料でモノを譲り合うグループです。送料だけ負担してね、というもので、もし値段を付けるのに躊躇するようなアイテムは、こう言った場に無料で出品してみるのもいいと思います。

ジモティー

http://jmty.jp/

こちらも地元密着型、直接会ってやり取りをするというコンセプトのサイトです。このサイト、びっくりするくらい買い手があっという間につきました。こんなものも売れるのかー、というのは、お弁当箱や、使い古したやかん、キッチングッズ、開けてしまったおむつ(24個入りのうち20個のこってる、みたいな)なども買い手・貰い手がつきます。

手渡しが基本なので、地元の人と知り合えると言う、新しい土地に来たばかりの人にとっておすすめ。わたしの使い古しキッチングッズは新大学生がもらっていってくれました。一人暮らしをできるだけ低コストで、という学生で、なんだか尊敬してしまいました。

また、不要品をもらっていただいて感謝なのに、相手は相手で無料だし、となんだかちょっとした手みやげや、ご自宅でとれた野菜や果物をくださったり、なんだかご近所付き合いみたいで嬉しかった。

サイト自体はそれほどいまっぽいかんじではないのですが、今回試したものの中で一番良く売れたサイトです。決済、発送などの機能はないので、会ってモノを渡したときに現金を受け取るというのが多いパターンです。手数料はありません。

アマゾン

http://www.amazon.co.jp/

帰国間際に残っていた古本をアマゾンに試しに出品してみたところ、2、3日で買い手がつきました。本は一冊あたり実際200円以下で送れるのですが、送料は自動で257円つきます。しかし、手数料がひかれるので、手元にくるお金はちょっと目減りします。ただ、ブランド力もあるし、出品管理の仕組みもあるし、たくさん出品するものがある人には便利でしょう。もっとはやく試せば良かったなーと、思っています。

ママモール

http://mama-mall.com/

ケータイアプリです。写真を撮ってアップして、買い手が着くのを待ちます。ママ&子供グッズ専門ですが、けっこう買い手がつきませんでした。一枚だけブラウスが売れました。

買い手が支払ったお金を実際の商品到着まで一時的にホールドする仕組みがあります。それを解除するためには双方共に相手を評価しないといけないという手間が発生しますが、それで信頼性をキープしようとしているのだろうと思います。アプリ自体は私はあんまり使いやすくありませんでした。

発送作業簡略化

私は最初発送作業が面倒で、地元密着型、手渡し型を中心に売っていました。売りたかったものが大型だったりごちゃごちゃしていたりしたので、そのほうが楽だったのです。しかし、本やCDのような小さなものは、郵便局のクリックポスト(http://www.post.japanpost.jp/service/clickpost/)を使ってみました。

全国一律164円で1キロまで。追跡機能つき。ネットで決済し、発送ラベルを印刷して封筒に張り付け、ポストにぽとん、です。

にたようなサービスにゆうメールがありますが、こちらは3キロまでですが書籍・カタログなどに限定されます。

モノと快適さ

こうやって不要品を処分した結果、ミニマムにはまだまだほど遠いですが、生活スペースが確保できる程度にはモノが減りました(帰国当初は本当に足の踏み場がなかった)。モノを売ったお金で、またものを買ったりもしました。こんどの家は私たちの前に住んでいた人は庭を相当放置していたようなので、庭の手入れが大変だったのですが、不要品を売ったお金で除草剤や鍬や植物を刈って少し整備しました。

当初家のことは一切何もしないパートナーでしたが、快適な家に住むことそのものより、家の整備を一緒にすると言うその行為が人間関係を良くすると思う、といって見たところ、一緒にいろいろ働いてくれてとても嬉しかった。

しかしモノってあんまり持っていると幸せから遠ざかると思うんだけれどどうなんだろう。超ミニマムシンプル暮らしまでは行けないけれど、使わないなら誰か使ってくれる人にあげたほうがモノも人も幸せだよな。

うちの子、もうすぐ4歳

いろんな子どもがいるなあ、と、ものすごく当たり前のことを思う。うちの子は今こんな感じ、というのを忘れないように記録しておく。

我が子はサトラレみたいに考えてることが丸わかりで、基本的にハッピーで「天真爛漫」ってこのことか、というかんじ。人を叩いたりすることもない。眠い時以外過剰にぐずることはない。

しかし我が強いところがあり、大人しい子にとっては完全にペースをもっていかれる脅威となりうる。自分が間違っているとわかっていても謝ったり折れたりしないことも多々あるし、よく男の子と競い合っている。

いつも動き回っているし、踊っているし、うたっている。そして、一日中ずっとしゃべっている。

「You are yucky poo poo!」とかいう暴言をよく吐く。本人は楽しんでいるがそれを言われていやな気分になる人も居るということを理解していない(もしくは理解しているがあえていう)。

寝る前に「今日楽しかったことは?」と聞くと、学校であった楽しかったことや、家で一緒にあそんだことなどをあげる。

「今日悲しかったことは?」ときくと、「んっんー!」と首を振る、ないらしい。

あっという間に周りの大人に懐く。最初は照れて(てれるときは、舌をべろべろーっとだして頭を片方に傾けてそっちの肩を持ち上げて、カクカク歩く)いるが私の友人や、自分の友達の親などには一瞬で懐く。TCKの特徴そのまま。

英語と日本語が自分の言葉だと思っているようで、現地語優勢のピアノクラスに行きたがらないことが度々ある(でも行くと楽しんでいる様子)。学校には行きたくて仕方がない。

相手によって言語を変える。現地語はしゃべれないと言っているが、公園などで現地の子どもと一緒になると「一緒にあそんでいい?」とか現地語できいて一緒にあそんでいる。独り言に占める英語の割合が増えてきた。英語、日本語、現地語の中で一番書けないのが日本語。書けるけれど読めないのが現地語(文字読めても言葉を読めない)。読み書きどちらも随分できるようになってきたのが英語。

ご飯をちょっと食べて残し、そのくせあとで「お腹減ったー」とかいう。

自分でやりたかったことを他の人に先を越されたりすると、泣いて抗議する。最近泣くときは両手をグーにして指の方を顔に当てる。

たくさん泣いたあとは「なめる?」と私に涙の試食をすすめるてくる。

3年目の終わりにして以前よりずっとぱぱちゃんに懐いてきた。それでも痛いことなどがあると「ままちゃんー!」。

おっぱいはもう飲まなくなって2か月近く。まだおっぱいつんつんする。まだときどき吸い付く(けれどもあまり吸わない)。「ままちゃんげんきになったらまたおっぱいね」という(母の調子が悪いからおっぱいやめようと説得した)。

一番好きなおもちゃはつみき。

おむつはもう何か月もしていない。3歳半くらいまでは夜保険でおむつを履かせていたがぬれていたことはほぼなし。実質3歳ちょっとでおむつがほとんどとれたということか。

自転車に一発で乗れてしまった。

今まで観たことのある映画は、サウンドオブミュージック、トトロ、Frozen。何回も何回も見てる。

自分の4歳の誕生バーティのことをいつも言う。ずーっと言ってる。

「お別れパーティ」がしたい。お友達や先生達がお別れパーティをして自分の国に帰っていくから。娘も「自分の国に帰りたい」という。それはどこ? というとたいてい「アルゼンチン」と答えが返ってくる。

私が怒って乱暴にモノを置いたりすると「ドンっていうの好きじゃない! どうしてドンっておくの! ちゃんとこうやって置いてくださいっ」と叱ってくれる。

ときどき何にも言わずにぎゅっと抱きしめてちゅっとしてくれる。一緒に横になっているとトントンしてくれたり。どっちが親だっけ。

「今日は夢でレインボーのお花を見たよ」とか朝起きると教えてくれる。本当に夢って言うものを理解して認識しているのかな。

お友達はたくさん。でも、ときどき「You are not my friend! You can not come to my birthday party!」とか言ったりする。数秒後には忘れて一緒にあそんでいるけれど。

ひとりじゃ寝れない。からだのどっかをくっつけておかないと。

もうすぐ4歳。

彼女が大人になるまで、死なないように生きていこう。

毎日瞑想の練習をするぞと公言する

ヨガをはじめてから週に少なくとも1回、多いときでは5回、ヨガのクラスへ通っています。最近は週1くらいしか行っていませんが、シヴァナンダヨガという瞑想に重きを置いているヨガのレッスンなので、毎回瞑想の時間があります。

でも、「瞑想できた!」「すっきりした!」っていうほど瞑想できたためしがない。

例えば餃子を包むとか、草むしりをするとか、無心になれる単純作業のあとって、すごくすっきりした気持ちになれます。もしかしてあれって瞑想じゃないの? って思っていましたがヨガの先生いわく、それはまだ低い段階にしかすぎないからいくらやってもそれ以上には行けない、とかなんとか。

座って、目を閉じて、呼吸に集中してやる死ぬほどつまらない瞑想を練習していくことに意義がある、ということらしい。

そして、瞑想って、筋肉らしい。以前、意思力は筋肉と本で読んだけれど、瞑想もそうらしい。だから、10日間の瞑想トレーニングに参加するより、毎日5分するのを続けるほうがいい。

やってみようとおもう。っていうかやる。とここで公言する。

ひとりではうまくできないので、ガイドつきの瞑想アプリなんかを使って観ているところ。今のところのお気に入りは、Calm。5分、10分、15分、20分とガイド付き瞑想セッションがある。

早速今日は10分。あしたもやるぞ。頭の中のモンキーさん達がうるさい。

選択について

なぜか眠れなかったので選択についてのTEDトークをいくつかみた(プレイリストはこちら)。そんで選択についてぼーっと睡眠不足の頭で考えている。

他にもいくつかビデオがあるプレイリストなので時間のある人はどうぞ。

いろいろな人がいろいろと言っているのだけれど、キーとなることは

  • 選択肢が多すぎると結果的に満足度が下がる
  • 選択は選択肢をデザインした人によって既に決められている
  • 人は本当に欲しいものを実は知らない

とかそういうこと。

日本を飛び出して外国に住んできたけれど、出会った人たちの中で迷走している人は多い。日本の田舎からほとんど出ないでそこで結婚して子どもを育てている人たちをなんとなーく自分とは違うものとして捉え、少ない選択肢からだけ選んでいることに「わたしにはそれはむりだはー」みたいな反応をする。でも、例えば紛争地帯を含めた世界中を回ってきた人も、デジタルノマドとしてインターネットさえあればどこにでも暮らせる人も、田舎で子どもを育てている人よりずっと幸せかって言うと、どうなんだろうなあ? って思う。

実際人の幸福度なんて比べられないからわからないけれど。

それなりに制限があるほうがやりやすい、というのは感じている。

例えば、私はデザイン関係の仕事もしてきたが、自分はアーティストではなくデザイナーだなーとおもう。デザインというのは機能や目的と切り離すことはできない(そこに制限がある)。特に自分自身はエディトリアルデザインからキャリアをスタートしたので、印刷物として実現できないこと、人間が受け取りやすく配置すること(選択肢のデザインにも似ている)、可読性などそういうことを常に考えなきゃいけない。それが楽しい。

どんなマテリアルで何を題材にして何を作ってもいいですよ、というアートになると、これはものすごく難しい。

私は今後数年間どこに住もうかなー、そして子どもはどんな学校へ行かせるべきかなーといつも考えている。どこだっていいのだ。だから決められない。

今いる土地は穏やかで住みやすくいいところ。でもちょっと田舎過ぎるので子どもがもう少し大きくなったら都会的な場所に住みたいなーともおもう。それに結局我らはガイジンなのでいつもビザをとらないといけない。我が子はアルゼンチンに帰りたいというのでそれもいいかなーとおもうが経済や治安が心配。それに教育も。日本の小学校も魅力的だなーと思うが、せっかくこうして多言語環境で育っているのに日本に行ったらそれがいっきになくなるだろうなーとおもうともったいない。じゃーもうこの3つの国以外で例えばオランダとかいっちゃうとか?

こうなるともう全然決められない。

私が小学校の頃は、学校は近くの公立に行く、という選択肢しかなかった。私立の小学校なんかなかった。私立に行きたければ片道一時間の電車通学とかなんだろうがそんなものあるなんてことも知らなかった。悩む必要はなかった、それしかなかったんだから。

正直、選択し続けるのって疲れる。じゃー流されてしまえばいいやん、と思うけれど、周りに流してくれる存在がない。俺についてくればいいんだ的夫がいるわけでもなく、同調圧力の強い社会に暮らしているわけでもない。じゃあ日本の田舎に帰ればいい? 一度広げてしまった選択肢をまた狭めるというのは、もうひとつの難しい選択なんだ。

そんなわけで、私はこれからもこうして選択をし続けなくてはいけないのかと思うとちょっとうんざりしている。

最近読みはじめた本。人間の選択について。イントロダクションがなんか長くて読み辛くて飛ばしてしまい、チャプター1をはじめたところ。上のビデオで言っていることと同じようなことが書いてある。

こういう「人間はどういうふうに選択し決定するのか」ということを何年も何年も考え続ける仕事があるっていうことを、子どもの頃走らなかったなーと思う。知っていたかった。

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愛情を伝える技術とレセプター

「それでもあなたの親はあなたを愛していた」
「それはあなたを愛しているからそうしたの」
「おとなになればわかるよ」

毒親の呪縛に悩む多くの人が、親自身や周囲の人から散々こう言うことを言われてきたと思う。でもそれを言われたって、心の傷は埋まらないし、トラウマが消えて明るい人生を歩めるようになるわけでもない。

愛しているから何をしても許されるのなら、ストーカーはみんな正当化されてしまう。愛しているから過干渉も許される? 本当は愛しているから、愛情を表現しないで放置していてもいい? そんなわけない。

愛情って、そのときに伝わらないと意味がない、そう思う。

わたしは子どもに愛情を伝えるように努力をしている。ぎゅっと抱きしめるとか、言葉をかけるとか、そういう当たり前のことだけだけれど。そう思って伝える努力をしているつもりだけれど,いつもちゃんと伝わっているか不安はある。

私自身もしょっちゅう、子どもと過ごす時間が面倒になり、ひとりであそんでくれないかなぁ、とか、ちょっと忙しいから待ってて、とかをやっている。或はiPhoneをいじっていて子どものことを見ないこともある。これがいつもこういう状態になって、「でも私はあなたを愛している」といったって伝わらない(でもやってるけど)。

言われた側は「は? なにいってんの?」ってことになる。

愛情を伝える技術って大切だよなーって思う。

我が子には度々「I love you」と伝えているが(日本語で言うとなんか違う感じがするから英語で言ってしまう)、彼女はその度に「毎日言わなくってもいいよ、わかってるから」と返す。なんでわかるのかしら、もし全然言わなくなったら、あれ? 愛されてるのかな? って思わない? ときくと「わかってるから、言わなくても大丈夫」と言う。言われすぎるとウザくなってしまうというのもあるだろうなぁ、と思いつつ、やっぱり言ってしまう。こういう『伝わってほしい』と言う気持ちが過剰になると過干渉な毒親になったりするんだろうか、気をつけないと。

愛情を伝える側の伝える技術も大切だけれど、愛情を受け取る技術というか感性も重要だと思う。

最近、もしかしてわたしの愛情レセプターは壊れているかもしれない、と思うようになった。人に愛されていることを感じられない時がある。言葉で愛していると言われれば言われるほど、逃げ出したくなる。今までの人生それを繰り返してきた。私にとって私を愛しているとという存在(親)は、嫌悪し逃げ出す対象であったことが影響しているんじゃないか、と思っている。

これに気づかせてくれたのは友達。友達の旦那さんが「彼女はは何から逃げているの?」とわたしについてのほほーんと質問したらしい。友達は「は? なにバカなこといってんの?」と返したらしいが,それがものすごい真実をついてるのかもしれない,と私自身感じている。

これはクセだ。生き方のクセ。

だから、私が逃げ出したくなるのは相手の問題ではなく,私のレセプターと生き方のクセのせいなんじゃないかって気づいた。それに、その愛情レセプターの感度が鈍っているときと、敏感になっているときとあるような気がする。鬱ぽいときは完全に鈍っている。活き活きしていると誰も彼も自分を愛してくれているように感じる(は、ちょっと極端か)。

つまりきっと愛情レセプターは自己肯定感と関係している。

子どもを持つ親という立場になってまでこんなことをうじうじ考えているのが情けないけれど、親という存在になったからこそ直視して乗り越えていかなければいけないことなんだろうな、とも感じている。

I love you。

鬱と自殺

ディプレッション(鬱)についてのTED Talkを見た。

日本の自殺率はすごく高い。自殺した人のうち鬱を患っていた人もすごく多い。私は身近な人を数人自殺で亡くした。身近というほどでもないけれど,ちょっと知っている人、友人、先輩などでも自殺した人もいる。自殺しようとした友人を助けて病院に運んだこともある。

そして私は排卵期、PMS期に鬱っぽい気分を感じている。

私自身が感じている鬱っぽい気分が本当に鬱と呼べるものなのかはわからない。たぶん鬱の診断基準たる「何週間も続いている」というのに該当しないので(生理になれば落ち着くから)鬱だとは言いきれないのだろうと思う。けれども、これが毎月1、2週間襲ってくるとなると人生の半分を鬱っぽい気分で過ごしていることになる。

私の生まれ育った街ではけっこう自殺が多く、どこそこの誰々さんが自殺したんですって、という話をちょくちょく聞く。そうすると出てくる反応は「残った人に迷惑かけるな」「あの人は心が弱いから」「今まで何回も自殺未遂してきたらしい、とうとう成功したか」「自殺とか恥ずかしい」とかそういう言葉。誰もその死んでいった人の痛みをわかろうとしない。

そんな環境で、いざ鬱になったところで、誰にもきっと助けを求めることなんてできない。

このビデオの人は、自分がおかしい、辛い、と感じた時、父親に助けを求め、翌日には治療を開始したそうだ。この「助けを求める(ちゃんと助けてくれそうな人に)」というのができるかできないかは、すごく大きな違いだと思う。

私はできなかった。親に助けを求めても助けてくれると思えなかった。むしろ非難され罵倒されるだけだろうと、親には何も言えなかった。

私は今人の親だ。私の子どもはあと10年もすると、思春期を迎える。そのときに、本当に辛いときに私に話せば助けてもらえる、と子どもが信じられるように接していきたい。

あなたの大切な人が「うつ」になったら
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wakeuping

可愛かったから覚え書き。

我が子が「wakeuping!」といっていた。waking up、というところを、自分で現在進行形にしたら、wakeupingになったらしい。

教えてなくてもいろいろ自分で活用を考えるのだなぁと。

ちいさい人が愛に溢れすぎていて涙が出そう

優しさとか愛情って、生まれ持ったものなのかなとこのごろ思う。

我が子はとてもとても優しい。

わたしが「おなかいたーい」とか車に酔って「ぎぼぢわるいー」とか言うと、必ず優しくそっとなでて「だいじょうぶだよ、ぎゅっぎゅしてあげるね」「いたいのいたいのとんでけー!」といってにっこり笑ってくれる。わたしが笑顔じゃないときには、「笑って、ほらこうやって笑うんだよ」と笑い方を教えてくれる。あるいは、変な顔をして面白い歩き方でケタケタ笑う。それでわたしが笑うと、「おもしろい? まいにちやってあげるね」。

わたしはこんな小さな人に、こんなに気を遣わせているんだろうか、と反省してしまう。わたしはこんなに優しくないし。

彼女は本当に心の底から、わたしが笑って幸せに暮らしていくことを望んでいるらしい。それが全身から溢れんばかりに伝わってくる。こんなにも誰かに愛されて優しくされたことって、わたし今までにないと思う。

こんなに優しくて愛情に溢れる人を見ていると、人間って本来こう言うのを持って産まれてくるのかもしれないなーとおもう。わたしはそういうの、本当はすごくしたいのに上手にできない。周りの人にたくさん優しくしてもらっているのに、きちんと返したいのに、我が子みたいにストレートに愛情を表現できない。小さな頃はこうだったのかもしれない。きっと成長するうちにだんだんとひねくれてしまったのだろうと思う。

エイリアンの心

Your mommy and I will be talking in the room, so you can come anytime you want.

そう声をかけられて、我が子が急に泣き出した。大声で泣きじゃくり、抱き上げてぎゅうっとしてもなかなか収まらない。

アルゼンチンに来てから彼女はずっとエイリアンだった。周りの人はみんなとても優しく、いつも声をかけてくれて可愛がってくれるけれど、誰ひとり、彼女のことばで話しかけてくれる人はいない。アルゼンチン語を少し筒理解しはじめたとはいえ、自分から何かを伝えるほどのことはまだできない。

TCKらしく、あっという間に誰とでもなじみ、ことばを介さず、ひょうきんな顔をしたりおどけたりして笑いを取って、コミュニケーションをとるけれど、ことばで心を表すこともできず、心に触れてくれる人もいなかった。

そんな折り、英語で話のできる人がいて、その緊張の糸がとけてしまったらしい。英語が通じる、ということがそれほどまでに彼女の中で大切な要素になっていることに、正直少し驚いた。

エイリアンであること、コメディアンであること。あんなに小さな体をして、人から受け入れられるために、人を幸せにするために必死に生きている我が子。たった3歳にして、そんな技を身につけさせてしまったことに、申し訳ない思いもする。

こちらでお世話になっている家の大家さんの息子さんが英語を話す。彼が庭先で煙草を吸いながらぼーっとしていたりすると、我が子は飛んでいって隣に座り、ずーっと一緒におしゃべりをしている。言葉が通じることが嬉しい、という当たり前のこと。でもそれはすごくすごく、大切なことなんだと、我が子を見ていてあらためて気づかされた。国や文化のあいだを行ったり来たりしている私たち。一番気にしなくては行けないのは、我が子の心の安定なのだ。

移民として生きる道

アルゼンチンに帰ってきて考えた。

この国では見た目は完全なる日本人である私たちも、アルゼンチン人とその家族の永住者として扱ってもらえる。街へ出れば当然みんながアルゼンチン語で話しかけてくる。日本語や英語で話しかけてくる人はほとんどいない。

でも例えばいま住んでいる国では、その国の人になるのはとても難しく、たとえ現地人と結婚しても、現地人との間に子を産んでも、ビザは1年ごと、数ヶ月ごとの手続きが待っている。事業を興して現地人をたくさん雇って税金を納めてその国にたくさん貢献しても同じ。労働ビザは1年。労働許可なしの労働は国外退去もあり得るし、どこまでが『労働』であるかはものすごくグレーで、例えば学校のバザーでケーキを売るとか言うレベルでも、いちゃもんをつけて違法だと言えないこともない。ボランティア活動さえ労働許可を取得しなくてはいけない。友達に親切でなにか教えてあげただけ、それでも違法だと言えないこともない。さらに労働許可証を取得しても、許可証に書かれている仕事以外はしてはしてはいけないし、仕事をしていい物理的な場所まで許可証に明記されている。

そんなわけで、見た目は現地人と同じ私たち、現地語を何となく話し、何となくなじんでいるが、どこまで行っても結局はガイジンなのだ。

ビザのことを気にせず住む、仕事ができるってとても大きい。私にとってそれは日本かアルゼンチンになる。

アルゼンチンに帰ってきて、その安心感をすごく感じた。ここでなら、私は何かをはじめようとしてもいちいちビザだの会社登記だのの心配をしなくても良い。もちろん会社を興すには会社を作らなくてはいけないけれど、まずは会社にせずに小さくはじめてみる、というのができる。

仕事だけではない。

今住んでいる国で、我が子は私のビザにくっつく家族ビザで滞在している。例えば私に何かが起こった時、彼女は自分自身でその国に居続けることは難しい。もちろん彼女が学生ビザを取得することは可能だけれど、そのためにはかなりのまとまったお金が現地の口座になくてはならず、ビザの手続きのために出国しなくてはならない。私がいなかったらそれを誰がやる?

或は学校を終えた彼女が世界の旅に出る。数年後、自分の国に帰ろう、と思って心がが母国と感じているその国に帰ってみると、外国人としての扱いを受ける。ビザなしで入国できるが、ある一定期間を過ぎたら何らかのビザを取得しなければならない。自分の国ではないのだと、突きつけられる。どんなにペラペラに現地語が操れても、結局はガイジンなのだ。

自分の国ならそんな心配をしなくても生きていられる。すごく当たり前のことだけれど、それがとても身にしみて感じられた。アルゼンチンなら、私たちはここに居てもいい。少なくとも、我が子は、アルゼンチン人としてここにかえってくることができる。

移民として生きる、ということが脳裏をよぎる。アルゼンチンでは私たちは移民だ。わたしは日系1世、我が子は日系2世になる。某国ではどんなにがんばっても、「非移民ビザ」しかでない。これはその国を批判しているのではない。国策としてはとても正しいと思うし、そうしてきた国だから守れた文化があり、私はそれを愛している。

近頃いくつか読んだ、サードカルチャーキッズ(TCK)は、結局は母国に帰る非移民の子ども達の苦悩、メリットなどについて書かれていた。移民として生きる、異国を祖国として生きるというのは、また違ったことのように思える。私字sん、自分を移民であるとして考えたことがなかったけれど、もしかして今がそれを考えるときなのかもしれない。

実際、アルゼンチンで知りあった日系移民の皆さんは、日本人としてのアイデンティティを維持しつつも、移民として、この国の国民として生きている。ホームと感じるのは日本ではなくアルゼンチンだ。ふるい日系移民の方々が日本の文化を守り続けてくれているので、日本にいるよりもふるい日本文化がある。

現在暮らしている土地は、リタイヤ組の日本人、60代、70代の間でロングステイ先として人気があり、多くの日本人がいる。けれども彼らは結局年に数ヶ月いるだけの旅行者でしかなく、アルゼンチンで出会う日系移民の方々とは全く違う。もちろん現地人と結婚し、子をもうけている人もいるが、結局彼らも数ヶ月、一年単位で手続きを繰り返さなくてはいけないガイジンでしかない。

外国で暮らすと、その地で暮らす外国人とたくさん知り合う。結局外人同士がつきあいやすいと言うのはある。欧米人在住者が自身を「エクスパッツ」と呼び、何年もそこに暮らしていながら一言の現地語も話さず、現地人の友人も作らずにいるのを見て、この人たちは現地文化に溶け込む気はないんだな、とすこし醒めた気持ちで見ていた。でも、それは結局ある意味正しいのかもしれない。エクスパッツは移民ではない。

私は今暮らしている国がとてもとても好きだ。ずっとそこで働き暮らしてきたから、ほとんど自分にとってのホームと感じている。そこにいる人も、文化も、何もかも好きだ。どうしようもない適当さとか、ごちゃごちゃした汚さとかも、眉を八の字にしながらも、そこを含めて好きだ。どんどん変貌する大都会の首都も、牛と鶏ばかりが駆け回る田舎や、うっそうと生い茂るジャングル、それらもみんな大好きだ。

でも、仕事を辞めてそこで暮らそうと思ったとき、私はこの国の人じゃないと、当たり前のことを突きつけられたのだ。

ガイジンでいることはとても楽なことが多い。困ったときには「ガイジンだし」といって逃れられる気楽さがあるし、周りも「ガイジンだし」といってちやほやしてくれたり、適当に受け流してくれたり、或は興味を持って近寄ってきてくれたり。その反面、その国の国民でない以上、国の方針次第ですぐに国外退去にだってなりうる不安定な立場だ。

移民として生きる道、それを考えるときがきたのかもしれない。

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愛着について考えること度々

なるtogetterを見て、元の記事「松本人志、ハーバード大が75年と20億円を費やした研究結果に呆れ「わかっとるわい!」」を読んだ。

ハーバード大学は最近、「どのような男性が将来性があり仕事で成功するのか?」という研究の結果を発表した。

同研究は、268人の男性を対象に「IQ」や「飲酒の習慣」などあらゆる角度から行われ、20億円という研究費と、75年間という長い期間が費やされた。

スタジオではハーバード大学による研究結果に大きな期待が集まったが、大切なのは「人間関係」であることが発表されると、出演者らはあ然。発表によると、「将来性」は、IQや生活習慣とは関係なく、幼少期に母親と温かい関係を築けていたかどうかに左右されるという。

松本人志の反応はどうでも良いが、この研究でわかったこの事実、これがとても重くのしかかる。

黒バス事件(黒バス事件被告人の最終意見陳述と愛着の問題)やサードカルチャーキッズ(TCK)など、いろんな場面で、愛着の問題について考えさせられる。

私が今ちいさい人と一緒に暮らして一番考えていることはこれだ。ちいさい人と自分との間に形成される愛着を安定したものにしたい。自分がPMSを発症したときに一番恐れたのは「このままでは愛着に傷がつく!」だ。

問題は母親との愛着にあると言うが、他の人や土地、文化に対する愛着はどれくらい影響するのだろうか?

国をいろいろ移動したり、いろんな言語に囲まれたり、刺激的だし将来マルチリンガルになるってすごいって思いがちだけれど、実はそんなことはどうでもいいと思っている。モノリンガルでも安定した愛着を持っている人のほうが、マルチリンガルの不安定な人より将来性がある。安定しているというのはとてもとても強い。

母親ときちんと愛着関係が結べていたら、土地や文化に愛着がなくても大丈夫なんだろうか? 大人になったTCKはかつての苦しみを美化し、「なんとかなるもんだよ」って言えるかもしれないけれど、でも例えば思春期まっただ中のTCKはその苦しみを乗り越えられるだろうか?

土地を移動し続けると、世界中に友達ができる。けれども、継続した人間関係は築きにくい。いまはインターネットがあるから関係を続けられるけれど、とても心を許していた友達が遠くへ去って行き、お互いに辛い時楽しいときに、ハグしたりして共感しあうことができない。メールやチャットだけでは伝わらない何かがある。

移動するということは、離別のストレスを何度も何度も経験する。何度も繰り返すうちに、そのストレス、悲しみに打ちひしがれないように、あらかじめ自衛するようになる。つまり、人や文化などにコミットしなくなるのだ。愛さなければ喪失しても傷つかない。そうしたら健全な人間関係など築けなくなってしまう。TCKであることは人間関係を築くスキルに影響はないのだろうか?

母親との愛着関係だけ心配していればいいのだろうか?

我が子は3歳にして「ままちゃんと一緒なら寂しくない」「ままちゃんがいればいい」という。それだけ私の存在は大きい。

私自身は、母親との愛着に問題があり、人間関係もへたくそだ。友達はいつもそれなりにいて、友達と一緒にいるととても幸せな気持ちになる。困ったときに助けてくれるのは親ではなく友達だとずっと感じていた。でも、本当につぶれたときは、友達にも頼れなかった(みんな頼ってくれって言ってくれたけれど)、そんなときに親に頼れないと、とてもとてもつらい。

安定した健全な愛着関係を結ぶって、どうしたらいいのだろう。私と娘の間は大丈夫だろうか。

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ヨガで泣いた

今日のヨガのセッション中のこと。

座った姿勢で前屈をし、頭を肩の間に落っことしていたら、強烈な「引っ越したくない!」という思いがわいてきて涙が出そうになった。それから終わりまでずっと心は落ち着かず、引っ越したくない、引っ越したくない、引っ越したくない、とばかり考えてしまう。名僧なんてできない。もう引っ越したくない、引っ越したくない、という気持ちばかりが暴走する。

なんというか、心の中で、愛着を持ったものから引き離される(自ら決めたことなのに)苦痛が、一気に爆発したみたいだった。

ヨガのセッションのあと、一緒に練習している友達に「どうしたの? 心がどっかいってるみたい」と言われ、何でもない風を取り繕いながら「なんか前屈してたら、引っ越したくない、って感じて泣きそうになったの」と答えた。そのあと彼女とはいつもの通り昼ご飯を食べるお店へそれぞれの車を運転していったのだけれど、お店までの5分ほどの道のりで、涙があふれてきてしかたがなかった。

涙を拭いて、レストランに入り、友人に笑顔を見せてみたが「tell me」といわれて、どわっとでてしまった。

たぶん「引っ越したくない」というのはきっかけのひとつに過ぎない。今までに繰り返してきた愛着対象からの離別の苦しみが一気に襲ってきたかんじだ。そうしてふらふらと国を移動し、心の休まるホームを持たない自分のライフスタイルに対する不安もある。そして我が子は私がふらふらするのについて回らないといけない。彼女の愛着形成も不安だ。それも掘り下げていくと、自分と母親との愛着の問題に行き着く。母親の話をし、そして今の子育ての話をしているうちに涙がどんどん出てくる。お昼時でぎゅうぎゅうのレストランで鼻水と涙を拭くわたし。

友人も彼女と親の間似合った問題などについて語りだし、彼女も一緒に鼻水と涙だらだら。はずかしい、といいながら二人で泣いた。

人前で泣くなんていつぶりだろう。ヨガのせいなのかPMSなのか。

結局私は自分と自分の親との関係についてなんとかすっきりした状態にならない限り、ずっとこうして不安定なのだろう。そのためには対決し、乗り越え、許していくのがいいと言うが、言うほど簡単じゃない。私はもうずっと逃げているのだ、地球の裏側まで。

私は親の期待に応えられなかった。そればかりが人生じゃないと頭ではわかっているが、心の中の母親の亡霊がいつまでも私を否定し続ける。

愛着障害やアダルトチルドレンからの回復は、子どもを育てたりすることで癒されると言う。実際私はそれで癒されてきている。でも、やっぱり本当に母親と対決して乗り越えない限りずっと逃げ続けることになるのだろうと思う。

こどもの夢

近頃、我が家の3歳児は、目覚めると夢の話をしてくれる。

あのね、ぴんくのね、おはながね、ぱっかーん、ってなってね、それからね、ちぃーっちゃーいのがね、あってね。それからね、バスに乗ってね、ままちゃんもいっしょにね、それからね、おそば食べてね、それからね、それからね。ねてるあいだにね、にほんにいったの、ままちゃんもいっしょに。またねたらまたいっしょにいこうね。

ちょっと前までは聞いても「ピンクのおはな」としか言わなかったのに、最近はこちらから聞く前にずいぶんと長いストーリーを話してくれる。

ちいさい人は、夢というものをどういうふうに認識しているのだろう? ねているあいだのこと、という認識はありそうだ。

私自信夢が大好きで夢日記を付けていたら、ゆめとうつつの境目が曖昧になっておかしくなりそうになったことがあるので、我が子が夢に興味を持っているのが嬉しい反面ちょっと心配だ。ゆめとうつつの境目がなくなる、というのは実際に体験してみたいとなかなか想像がつきにくいが、自分の記憶が実際に起こったことなのか夢なのかわからなくなる。例えば、友人に「こないだ言ってたあの話さー」とか話しかけても友人は「は? なんのこと?」状態だったりすることが度重なる。あるいは、仕事をしている夢を何度も何度も見て、同じ作業を何度も何度も繰り返しているのに現実では何一つ終わっていない。夢の中で夢から覚め、さらにそれも夢でまた夢で、という入れ子構造の夢を見続ける。さらに明晰夢をしょっちゅう見て、幽体離脱的な感覚や金縛りにおそわれる。すごい面白いんだけれど、これにハマると精神が壊れかねない。

そんなわけで、我が子が夢の話をするのを、素敵だなあ、なんて感じながらも、不安でもある。

愛着と安全基地

サードカルチャーキッズのことや、黒バス事件の被告のことなど、ちかごろ『愛着』について考えさせられることが多い。そうして、そういった文章を読みながら、わたしは自分が本当に愛着を感じている物がない、ということをひしひしと感じている。

寂しい。

両親、実家、あるいは生まれ育った土地。そこに愛着を全く感じていないのか、と自問すると、きっと少しは感じている、とはおもう。しかし、それは例えば、辛いことがあったときに最終的にもどる「安全基地」なのかといわれると違う。わたしにとってそこは安全基地じゃない。苦しいことがあって泣いて帰っても突き放される、そう感じる場所だ。だから帰りたいと思わない。

わたしには「安全基地」がない。

だから、以前大きなトラブルに巻き込まれた時、わたしはぺしゃんこにつぶれたのだ。徐々に回復してきている気がするけれど、TCKのように、自分が今いる場所もいずれ立ち去るという気持ちが拭えず、物を買いそろえたり、家を自分らしくしたり、ということに力を尽くせない。どうせまた立ち去るんだから、と、諦めているところがある。心の中に寂しさが消えない。

違うのはTCKのように誰かに連れ回されているわけではない。わたし自身の選択で、ここに居ようと思えばたぶんずっといる方法はなんとか見つけられると思う。でも、そうしたいのか、といわれると、別にそうしたいわけでもない。

本当はどこかに落ち着いて、身の回りを好きな物でかためて暮らしたい。そしてそこから旅にでるのだ。スーツケースに入りきるだけの物しか持たない、なんていうのは、最終的に帰る場所、愛着のある場所があってはじめてすべきことだ。わたしにはそれがない。

この先の人生そういう安全基地なしで生きていかれるのだろうかと時に不安になる。特に、わたしはもう人の親であり、安全基地を持たない不安定な人を親に持った我が子に影響はないだろうかとものすごく不安だ。

我が子をTCKにしてしまうこと。私にとって愛着のあるHOMEがない以上、おそらく彼女もHOMEを知らずに生きていくことになってしまう。それってとてもとても不安なことだ。少なくともわたしは18歳までは実家に暮らしていた。そこが安全基地ではなかったにせよ、実家、そこに出入りする人、その街、そのコミュニティというなんとなくいつもかわらぬものがあった。それが彼女にはない。

帰る家はいつも違う。違う固さのベッドで、違った趣味の内装の家で、違った言葉で挨拶をする。

わたしですら30を過ぎてもこんなに不安なのに、本当にHOMEのなTCKにしてしまっていいのだろうか。彼女は思春期をきちんと乗り越えられるだろうか? わたしのようにいつまでたっても生き辛さを抱えていくことにならないだろうか?わたしは彼女にとっての安全基地になろうと思っている。彼女が必要とするときにはいつでも助けてあげられるように。でも、そのわたしがこんなに不安定で、それがきちんとできるだろうか?いろんなことがぐるぐる廻っている。

黒バス事件被告人の最終意見陳述と愛着の問題

ひょんなことから、「黒子のバスケ」脅迫事件の犯人の『最終意見陳述』を読んだ。

「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開

まず驚いたのは、ワーブアで社会の底辺にいたという渡邊被告の文章力の高さだ。非常に明晰で、ポイントを抑え、なおかつわかりやすい卑近な例を挙げて説明するなど、この人、頭がいいに違いない。

彼なりの語彙で書かれている文章だが、根底にあるのは『愛着』の問題だ。彼は、逮捕後自分自身についてもよくわかっていなかったのが、差し入れられた一冊の本によって、すっきりと理解し、最終意見陳述として非常に明晰な文章でまとめあげた。

なにか生き辛さを抱えている人、子どもを育てはじめてうまく行かないように感じている人、その原因が分からない人などにぜひ読んでもらいたい。新書一冊読むよりずっと短いが、ポイントは抑えられているので、子ども時代の心の傷がその人の人生にどう影響するのか、見えてくると思う。

全体はずいぶん長い文章だが、はじめのほうに触れられている、愛着、安心に関する部分が興味深いので、その部分を引用しながら読んでみたい。

さて自分は一体いつどこで何をどう錯覚してしまっていたのか?見当もつかず途方に暮れていると、1冊の本が差し入れられました。その本は子供時代に虐待を経験した大人が発症する「被虐うつ」という特殊な症例のうつ病の治療に取り組む精神科の著書でした。

自分はこの本を読んで、小学校に入学していじめられて自殺を考えてからの約30年間に、自分がどのような人生を 送ってしまったのかを全て理解できました。自分が事件を起こしてしまった本当の動機も把握できました。ついでに申し上げれば、本人の著書を読んでもちっと も理解できなかった2008年の秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大被告の動機も理解できてしまいました。

引用元:「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開

この文章を読んだ時、わたしは渡邊被告がその本を読んで今の自分のあり方に多いに納得した気持ちがよくわかってしまった。私にとってその本とは『愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)』という本だった。この本を読んで、自分の感じてきた生きづらさの原因が、すっと理解できてしまったのだ。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)
岡田 尊司
光文社 (2011-09-16)
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実際に渡邊被告が参考にした本のタイトルについて別の記事『2014年7月18日「黒子のバスケ」脅迫犯からのネット向け声明文』に書かれていたのでアマゾンへのリンクとともに引用しておく。

〈参考図書一覧〉

加藤智大「解」批評社 2012

佐藤優「国家の罠」(文庫版)新潮社 2007

杉山登志郎「子ども虐待という第四の発達障害」 学研教育出版 2007

高橋和巳「消えたい」筑摩書房 2014

西澤哲「子ども虐待」講談社 2010

三浦展「下流社会」光文社 2005

安田浩一「ネットと愛国」講談社 2012

山田冒弘「希望格差社会」(文庫版)筑摩書房 2007

山本譲司「累犯障害者」新潮社 2006

2014年7月17日 威力業務妨害事件被告人 渡邊博史

引用元:2014年7月18日「黒子のバスケ」脅迫犯からのネット向け声明文

本を読んで認識を新たにした渡邊被告はこう言う。

認識を新たに自分の人生を改めて振り返ってみて、自分の事件とは何だったのかを改めて考え直しました。そして得た結論は、「『浮遊霊』だった自分が『生霊』と化して、この世に仇をなした」

です。これが事件を自分なりに端的に表現した言葉です。さらに動機は、「『黒子のバスケ』の作者氏によって、自分の存在を維持するための設定を壊されたから」です。自分が申し上げたことを理解できる人は誰もいないと思います。自分がこれから説明をしましても大半の人は、「喪服が心神耗弱による減刑を狙って『生霊』とかほざき出したwwww」「「悪魔に体を乗っ取られた」とか「ドラえもんが何とかしてくれると思った」とかの方が言い訳として面白いよ」というような感想しか抱かないと思います。そのような感想を抱いた人は、それがご自身が真っ当な人生を歩んで来た証拠ですので喜んで下さい。これから自分が申し上げることが少しでも分かってしまった人は、自分と同じような生きづらさを抱えている可能性が高いです。ですから自分はこの最終意見陳述について「で、それが何?」という反応が大多数を占めることを心から望んでいます。
引用元:「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開

わたしはこの先の文章を読んで、彼のいわんとすることがすっと理解できてしまった。明晰でポイント抑えた文章で、素晴らしくわかりやすいのだが、実際理解できない人には全くできないものらしい。

説明を始める前に自分が用いる8つの言葉を列挙しておきます。まず「社会的存在」です。これと対になる言葉は「生ける屍」です。「社会的存在」という言葉は先ほど申し上げました「被虐うつ」に取り組む精神科医の著者からの引用です。

次に「努力教信者」です。対になる言葉は「埒外の民」です。この2つの言葉は自分のオリジナルです。「努力教信者」の枠内での強者が「勝ち組」で弱者が負け組です。

さらに「キズナマン」です。対になる言葉は「浮遊霊」です。「浮遊霊」が悪性化した存在が「生霊」です。良性腫瘍が癌化するのに似ています。そして「浮遊霊」も「生霊」も「無敵の人」です。

今回の事件のような普通の人には動機がさっぱり理解できない事件を起こしてしまうかどうかはまず「キズナマン」 になれるかどうかがポイントです。乳幼児期や学童期に「社会的存在」になれるなり、学童期や思春期に「努力教信者」になれれば「浮遊霊」になってしまうこ とはありません。もし「浮遊霊」になってしまったとしても「生霊」になってしまうことはまずありません。

もちろん自分は「生ける屍」であり「埒外の民」でした。そして気がつくと「浮遊霊」になっており、事件直前には「生霊」と化していました。
引用元:「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開

まず言葉を定義し、それに対した異義語を用意し、それから文章を進めていく、まるでプログラマがコードを書くようだ。

人間はどうやって「社会的存在」になるのでしょうか?端的に申し上げますと、物心がついた時に「安心」しているかどうか で全てが決まります。この「安心」は昨今にメディア上で濫用されている「安心」という言葉が指すそれとは次元が違うものです。自分がこれから申し上げよう としているのは「人間が生きる力の源」とでも表現すべきものです

乳幼児期に両親もしくはそれに相当する養育者に適切に世話をされれば、子供は「安心」を持つことができます。例えば子供 が転んで泣いたとします。母親はすぐに子供に駆け寄って「痛いの痛いの飛んで行けーっ!」と言って子供を慰めながら、すりむいた膝の手当をしてあげます。 すると子供はその不快感が「痛い」と表現するものだと理解できます。これが「感情の共有」です。子供は「痛い」という言葉の意味を理解できて初めて母親か ら「転んだら痛いから走らないようにしなさい」と注意された意味が理解できます。そして「注意を守ろう」と考えるようになります。これが「規範の共有」で す。さらに注意を守れば実際に転びません。「痛い」という不快感を回避できます。これで規範に従った対価に「安心」を得ることができます。さらに「痛い」 という不快感を母親が取り除いてくれたことにより、子供は被保護感を持ち「安心」をさらに得ることができます。この「感情を共有しているから規範を共有で き、規範を共有でき、規範に従った対価として『安心』を得る」というリサイクルの積み重ねがしつけです。このしつけを経て、子供の心の中に「社会的存在」 となる基礎ができ上がります。

– 中略 –

このプロセスが上手く行かなかった人間が「生ける屍」です。これも転んだ子供でたとえます。子供が泣いていても母親は知 らん顔をしていたとします。すると子供はその不快感が「痛い」と表現するものだと理解できず「痛い」という言葉の意味の理解が曖昧になり「感情の共有」が できません。さらに母親から「転ぶから走るな!」と怒鳴られて叩かれても、その意味を理解できません。母親に怒鳴られたり叩かれるのが嫌だから守るので あって、内容を理解して守っているのではありません。さらに「痛い」という不快感を取り除いてくれなかったことにより、子供は被保護感と「安心」を得るこ とができません。母親の言葉も信用できなくなります。感情と規範と安心がつながらずバラバラです。そのせいで自分が生きている実感をあまり持てなくなりま す。

引用元:「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開

まさにこれは愛着だ。子どもは主たる養育者との間に健全な愛着を形成し、その人をホームベースとして生きていく、それが「安心」だ。これがきちんと形成されないと、その後の人生でも生き辛さを抱えやすい。

わたし自身、生き辛さを感じながら生きてきた。渡邊被告のように犯罪を犯したことはないし、実際自殺未遂もしたことはないし、たいしたことないだろう、と言われてしまうかもしれないが、やはり、生き辛いと感じていた。それが幼い頃の愛着の問題だということを理解して、自分自身を見る目ががらっと変わった。

そして、それについて知って以来、子育てに対する心がけもずいぶん変わった。今の自分の行動、態度は、子どもの愛着に傷をつけないだろうか、と考えるようになった。そしてPMS期の自分は最悪だと恐ろしくなり対策を取り出した。

渡邊被告のこの文章を読んでも理解できない人は、おそらく渡邊被告の言うように、安定した愛着をもって安心して育ってきた幸せな人なのかもしれない。でも、わかってしまった人は、関連書籍をぜひ読んでみることをおすすめする。それによって、自分自身や子ども、そして他社を見る目がずいぶんと変わる。特に子育てにおいては、不安定な愛着を次の世代に引き継がないように努力することができる(実際に引き継がずにいられるかどうかはわからない。わたし自身努力しているが、結果が分かるのはもっとずっとあとになってからだろう)。

ちいさい人たちの心

きのう、うちのちいさい人が学校で他のちいさい人に噛み付かれ、腕に歯形をつけて帰ってきた。

先生曰く、噛んだ子はあと2日で自分の国に帰ることになっていて、寂しさや怒りを消化できなくてどうしていいのかわからないようだ。

うちのちいさい人は、別に痛がりもせず(噛まれたときはもちろん泣いたらしいが)、歯形をみて「〇〇のおくちちっちゃいねー」「〇〇まだ赤ちゃんなの」と言っていた。実際は同じくらいの年齢。

その子は学校でときどき見かけていたけれど、よく泣いていたり、悲しそうな顔をしていたりした。うちのちいさい人に「どうして〇〇チャン泣いていたの?」と聞くと、「ママと一緒にいたいのー、ってないてたの」と言っていた。自分に置き換えていったのか、ほんとうにその子はそのために泣いていたのかはわからない。

私「きっと寂しいのだろうね。人はあんまり寂しかったり辛かったりすると、ときどきどうしていいかわからなくなるものねー。あなたは寂しいときどうしたらおちつく?」
娘「ままちゃんにくっつくとおちつく」
私「そうだねー、だれかにぺっとりしたり、ぎゅーってしてもらうと安心するねー」
娘「うん」
私「〇〇ちゃんのことぎゅーしてあげたらいいんじゃないの? そしたらちょっとは安心するかもねえ」
娘「うん」

どうやら今日うちのちいさい人はほんとに、その子にハグをしてきたらしい。その子の心が少しでもおちついてくれてたらいいけれど…。

人の心は難しい。