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PMSが復活の兆し、マグネシウム不足か

PMSを克服したと言って数年、なんだか最近ちょっと復活の兆し。イライラプンプンしている。PMSヤバイヤバイと言って一生懸命対策をとっていた頃に比べて、私のヘルシーっぽい生活もずいぶん適当になっている。

  1. コーヒーを毎日のように飲むようになった
  2. ヨガしてない
  3. モラセスはまあまあ食べているが、薄いブランドのものしか入手できない
  4. 自分の現状に満足していないのでフラストレーションが溜まっている

一番良くないのはコーヒーじゃないかと疑っているが、まあ他にも色々あるのかもしれない。

初心にかえって濃いめのモラセスを食べたいけれど、今いる街では手に入らないので、モラセスの栄養成分を改めて見直してみることにした。

モラセスの成分には色々あるけれど、一番これが効いてそう、っていうのがマグネシウムだ。マグネシウムの効果といえばこんな感じらしい(ネット上で見聞したのを並べてみた)。

  • 骨を丈夫にする
  • 筋肉の働きを調整(痙攣とかが良くなる)
  • イライラを抑える
  • カルシウムの吸収を助ける(カルシウム2に対してマグネシウム1)
  • ホルモン分泌を調整
  • 高血圧を予防

さあ、これらは私がモラセスを食べて実感した効果そのもの。関節痛や痙攣を感じてもモラセスを多めに食べるとその日か翌日には治ってる。

マグネシウム欠乏になる要因はこんな感じ。

  • 睡眠不足
  • ストレス
  • カフェイン
  • 運動不足
  • カルシウムの過剰摂取
  • 下痢

もしかして、私に必要なのはモラセスっていうよりマグネシウムなんでは? と思い、iHerbをぽちぽちしていて気づいた。マグネシウムって、にがり、だよね? うちの台所には、豆腐を手作りしようとして入手したにがりが眠ってる。

にがり、飲んでいいのかな? 豆腐作るのに使うんだから食べること自体は悪くないだろうけれど? と思って調べてみたら以下の記述。

日本ではにがりはダイエット効果のあるものとして話題になっていたが、科学的根拠は明確でなく、飲み過ぎると下痢やミネラルの吸収阻害、高マグネシウム血症などの悪影響が出る場合があり[1]、過剰摂取は大変危険である。実際に、2004年に神奈川県の知的障害者更生施設で、職員が誤ってにがりの原液400mlを飲ませたところ血管が詰まり、女性入所者が死亡する事件が起きた。

via Wikipedia にがり

良かれと思って食べるのも危険そう。

うちに眠っているにがりはこれ。

 

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これ5mlでマグネシウムが50mgらしい。 ここによると、30代女性の推奨量は290mg。にがりだけで取ろうとすると結構な量だ。ちなみにモラセスをスプーン一杯で一日の必要量の12%らしいので、にがりの方が簡単に取れそう、という感じ(モラセス甘すぎてあんまり食べたくないし)。

日本で日本的な食事をしていると多分それほど極端に不足することはないかもしれないけれど、今の私の食生活でモラセスを抜いたらマグネシウムなんてほとんど取れていなそうだ。以前PMSがとてもひどかった頃は、飲み水はDrinking waterと呼ばれる飲み水を飲んでいたのだけれど、これって飲むのには安全だけれどミネラルなんてない。暑い国なので水(ミネラルなし)をガバガバ飲んで汗だくになって、どんどん外に出てったんだろうなーとも想像している。今はちょっと割高でもミネラルウォーターにしている。
 
最近のイライラはちょっとやな感じで、小さい人も「ママちゃんどうしたの、お腹減ったの、眠いの」って聞くレベル。「プンプンママちゃん嫌いー」と言われるしまつ。

マグネシウムを意識して取るようにしてみよう。久しぶりの人体実験(自分の体で)。

ポジティブな人と暮らしてる

うちの小さい人はすごくポジティブだ。大人の世界で回ってくるポジティブな言葉とかとは全然別。ポジティブになろうとしているわけではなくて、素でポジティブ。

コップの水がどんなに少なくてもそこにまだある限り「まだある♪」って喜ぶタイプ。最近は瓶の底にちょっと残った旭ポン酢をみて「まだある♪」って喜んでた。

外国に住んでいて外国人のお友達も多いから、お友達とさよならすることも多いけれど、でもそんな時も「会いに行けばいいんだよ♪」っていう。

私自身そこまでポジティブ人じゃない。それに小さい人がもっと小さかった頃の私は鬱っぽくなっていた時期が長くて、むしろネガティブ人だった。鬱から脱却した時に、いかに自分の表情筋が退化していたか気づいたくらいちゃんと笑ってなかった。そんな私と一緒に暮らしてきたのに、うちの小さい人はすごいポジティブな人に育ってる。

生まれ持った性格って、あるのかもしれない。

このままポジティブ人でいてくれるといいなあ。

モンテッソーリ3年半、後悔していない

我が子を2歳ちょっと前からモンテッソーリスクールに入れている。私がモンテッソーリが好きだから、というだけの理由で。

モンテってどうなの? ってよく聞かれるのだけど、いいとか悪いとかは比べられない、他を知らないし。でも私はすごく好きだし、今までモンテに入れておいたことは後悔していない。

なんでそんなにモンテが好きなのか、というのを説明しようとすると結構支離滅裂になってうまく伝わらないことが多いので、ちょっと書いておこうと思う。

モンテを気に入っている理由

自発性と自律性を重視する

モンテでは、自分が何をやりたいのかを知り、やると決めて、実際に行動に移し、納得いくまで繰り返し、自分で区切りをつけて終わらせる、ということを毎日繰り返す。先生が「さあみなさんこれやりましょう!」「さーおしまいです!」ではない。もちろん自分で選べないで長いことぶらぶらしている場合には、先生が何かを選ぶように促したりはするし、手をつけていない分野のお仕事があれば、それもうまい具合に勧めたりはする。

自分で選んで、決めて、行動に移す(ここ重要)こと。そして、どこまでやったら終わりかを自分で判断し終わらせられること(ここも重要)。これって人間としてとても大切なスキルだと思う。これがうまくできない大人だってたくさんいるし、私自身、毎日の小さな決断の繰り返しに疲れはてて「誰か全部決めてくれ」って思ってしまうこともある。

昔デザイン事務所で働いていたころ、社長(本業画家)が、「どこで筆を置くかが重要だ」って言っていた。ほんとそう。何事も、終わりを見極めて、自分で終わらせるって、すごく難しい。なにかを終わりにするのって、始めるより難しい。

環境が子供をガイドしている

ユーザビリティの大御所でドナルド・ノーマンという人がいるのだけれど、そのひとが「アフォーダンス」ということを言っている。簡単に言うと、モノはその形によって人の行動を引き出している、ということ。例えば、引っ張って開けるドアのノブは「ここをひっぱってね」という形をしている(たまに押すドアに引き手がついていると人は戸惑う)。

モンテッソーリは教具も、教室にいる先生も、そういう感じのガイド役だ。先生が教える、というよりも、子供達が目的を達するためにガイドしている、という感じ。先生は先生ではなくて、環境の一部、という扱い。

私が、なぜこれが好きなのかというと、子供は「自分で発見する」ことができるという点だ。こうこうこうだからこうだよ、って教えられるのではなくて、こどもはアクティビティを通して、自分でいろんなことを発見する。先生は、発見するための手順をガイドしてやったりするだけだ。

個人を尊重するいろんな個人の集まった社会

モンテッソーリは6歳までは個人でやるアクティビティが多い。5、6歳くらいになると、2、3人でやるゲーム的なものもあるけれど、基本は個人で仕事をする。全員で何かをするのは1日に15分程度のグループタイムだけで、あとは基本一人で黙々と作業をする。

こどもたちは、自分のやりたいことを思う存分やることができる。誰かが選んだアクティビティを、誰かが決めたタイムテーブルでやるのではない。自発性と自律性を尊重する、ということは、その人個人を尊重することだ。つまり、子供は自分で自分の責任を取らなくてはいけない。誰も代わりに決めてくれない、自分で決めなくてはいけない。

これはとてもとても大切なスキルだと思う。誰かに決めてもらうのに慣れてしまったら、自分の人生に責任を持たなくなる。

そして、自分のことに責任を持てる個人が集まっている社会では、他者を当たり前に尊重する。個人の主張がぶつかり合うのではない。モンテのクラスでは、教具は基本的にワンセットしかない。つまり、同じお仕事をやりたい子が複数いたら、順番を待つとか、ゆずり合うとかして融通しなくてはいけない。同じ教具を用意して与えてやり、コンフリクトを解消する、というのではない。もし、眠たければ布団を敷いて眠っていてもいい。でも、他の人の邪魔にならない場所で、だ。それに、モンテでは制服はなことが多いがドレスコードがある。周りの人の気を散らすような格好で学校へ行ってはいけない。

また、モンテは3歳から6歳まで一つのクラスにいる。学校にもよるだろうけれど、我が子の通う学校では、発達障害があったりする子も普通に同じクラスにいる。みんな違っているのが当たり前で、大きな子は小さい子に教えてやり、小さい子は上の子を真似する。中には周りと馴染めない自閉症の子がいたりする。でもその子はそういう子だ、と受け入れて、みんなと同じであれと強制することもない。

モンテは個人を尊重するし、基本的に何をしてもいいのだけれど、フリープレイの放任主義型教育とはまったく違う。ルールでガチガチに固めているわけではないが、子供達は社会の一員として、他者を尊重した行動をとることが求められる。モンテは社会性が身につかないとか協調性がないとか言われるが、違う。どっちもちゃんとある。ただ、みんなと同じ行動をみんなと同じだという理由だけでとることにまったく慣れていないだけだ。

所作がとても丁寧できちんとしている

これは躾のレベルの話で、本来は学校に頼るべきものではないのかもしれないけれど、モンテッソーリのお仕事をする所作ってとても丁寧で美しい。もののつまみ方とか、置き方とか、手の動かし方とか、そういうのがとても美しくて丁寧だ。私はすごく大雑把な人なので、娘の丁寧な所作を見て反省させられることしきりである。とはいえ、娘もかなり大雑把に乱暴にやることもあり、やはり見られているんだなあ、と反省する。

自分の身の回りのことを練習する

これもまあ本来は躾のレベルなのかもしれないけれど、モンテッソーリは「日常生活の練習」というアクティビティが低年齢のうちはかなりの部分を占める。掃除、洗濯、料理(切るとか洗うとかちぎるとか)、それからお花を活けたり、植物の世話をしたり、ボタンの掛け方、リボンの結び方、雑巾の絞り方、などなど、そういう練習をひたすらやる。

家にいると娘は甘えて「ままやってぇー」ということも多いけれど、本当はほとんどだいたい自分でできる。学校のおかげだ。

学力はどうなの?

私がモンテッソーリを気にっている理由を並べてみて気づいたのだけれど、私はアカデミックな部分は今の年齢ではそれほど気にしていないらしい。自分で自分の世話ができ、自分で決断し、行動に移し、自分の人生に責任を持てるようになってほしい、と思っているんだろうな、多分。

モンテはアカデミックでは劣るかというと、調査結果からすると決して劣ってはいないらしい。ただ、別にモンテだから成績が良い、というわけでもない(他の教育方法と同レベルってこと)。

今娘は5歳だが、学校で何をやっているのか聞いてみると、算数では4桁の掛け算とか分数とかやっている。でも、モンテッソーリなので紙の上で数字でやるのではなく、教具を使って数や量を感じている、というやつ。

文字は筆記体をだいたい全部覚えたところで、普通の文字はちょっとした単語なら読め、短い本なら読める(小さい子のクラスに行って読んであげたらしい)。同い年の普通の学校へ行っている子に比べると、まだ全然読めないし、ちゃんとした単語もかけない。モンテでは間違いを直してやらないので(子供が自分で発見する機会を奪わないため)、子供が自分で気付くまでは間違ったスペルとか鏡文字でもそのままやらせている、というのもある。

そんなわけで、たぶん一般的な学力テスト的なものでは、この年齢ではモンテの方が劣ると思う。私は今の所気にしていない。

まとめ

モンテは、生き方の基礎訓練、という感じなんではないかと思う。低年齢のうちには、モータースキルや様々な身体感覚(聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚を鍛える教具もある)を文字通り鍛え、それから自分のことは自分でできるようになり、そして、自分というものをしっかり持った上で他者と関わっていく、ということを毎日練習している。

毎日、私が仕事から帰ってくると、娘は自分の机に向かって何か「お仕事」をしている。ぬりえだったり、なんかのワークブックだったり、文字を書いていたり、様々だ。私は「勉強しなさい」と言ったことは今の所ない。まあ、5歳だし、というのもあるけれど、できれば今後もずっと言わないで過ごしたい。自発と自律。

娘をモンテに入れて3年半。後悔していない。私も行きたかった。

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ちょっとだけアルゼンチンに行ってきた

アルゼンチンに超短期で帰った。永住権維持のために、念のために2年に一回入国している。

永住権維持してまた住むの? って人に聞かれるが、答えはイエス。また住みたいと思っている。

今回はなんと4日しかいなかった。片道30時間近くかけて、往復20万円以上かけてたったの4日。少ない。ほんとはもっといたかったのだけれど、出張が入るかもしれないからと慌てて帰ってきた。それなのに出張がなかなか決まらないってやつ。ならもっといればよかった。

でも、超短期だったために、アルゼンチン人の娘は置いていった。アルゼンチン人だから別に行かなくても国籍はなくならない。つまり一人でアルゼンチン。出産するまでの2ヶ月ちょっとの身重の時期をぬかして、一人でアルゼンチンは初めて。妊娠後期はいろんな制限があったけれど(お酒飲めないとかあんまり遊び歩けないとか)、こんかいは4日間一人ですきなだけ! 最高の4日だった。

友人の友人宅(面識なし)に泊めてもらい、アルゼンチン時代の友人たちとマテを飲みながら公園でダラダらおしゃべり、それからみんなでチョリパン。それから毎日タンゴレッスンに、マルベックのワインに、アサードに、マテに、アルファホレスに、あれこれあれこれ!

また住むぞっておもった。

食べ物やワインが美味しいのはもちろんだけれど、なんだかわからんが、アルゼンチンにいる人達が好きだ。アルゼンチン人も、そうじゃない人も。

自分がおばあちゃん時代をどこで過ごしたいだろうか、って考える。今住んでいる国はまずない。日本ももう長いこと離れているし、もうベースがないのであまり実感がわかない。でもアルゼンチンでおばあちゃんになったら、たとえシングルでも、時々ミロンガに行ったり、お散歩したり、アサドしたりして幸せに暮らせそうなきがする。まあ、単なるイメージなのかもしれないけれど。

今は今の仕事が好きなので、仕事がある限りとりあえずここにいると思うけれど、状況が変わればアルゼンチンに帰ることもかなり有力な選択肢の一つだなぁと思う。

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帰りにワイン2本とマテ6キロ買ってきた。6キロで1年持つかなぁ、どうかなぁ。

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もちろん会社へのお土産はアルファホレス。こどもにはドゥルセデレチェ。

あー、ブエノス帰りたい!

5歳5ヶ月、成長の記録

子供と一緒に工作をしていた。ちょっと手伝ってみたところ、うまくできなくてちゃんと動かなかった。ショボーンとする私。

それを見て娘が「いいんだよ、ひとはみんなしっぱいするんだよ」「ままはすぐしょぼーんするんだからぁ、だいじょうぶだよ」「これとってもすてきだよ、ままじょうずだなぁ」。

どっちが親だかわからん現象が発生中。なんでこの人はこんなに優しいんだろう。

髪を自分で結い、ドレスの背中のボタンを自分でとめて、リボンも結んだ。

まだままちゃんにくっつかないと充電できない。

自分のベッドで寝る日が増えて、週末に甘えてママちゃんベッドで寝るくらい。

6歳臼歯が生えてきている。

喋り方は時々ルー大柴風。

お習字を習い始めた。

筆記体で書く。

ママちゃんのバスルームを片付けるのが日課。

帰ってくると自分の机でお仕事している。

ヨガマットを隠す娘

毎週木曜日はヨガの日となった。仕事の後にヨガに行く、ということはつまり、晩御飯と寝かしつけはナニーちゃんに外注することになる。

木曜日の朝、ウキウキしながらヨガマットを準備していると、娘がどこからかやってきてヨガマットを隠す。必ず隠す。

「なんでかくしちゃうのようー。」

というと娘は笑いながらこう答えた。

「いってほしくないからー」

はっとした。うん、すごく、わかる、覚えてるその気持ち。

子供の頃、父親は日曜日は毎週ゴルフだった。朝早くから行って夕方遅く帰ってくる。学校がお休みで一番一緒に居られる日なのに、ゴルフに行ってしまう父。

「ゴルフきらい」

って言っていたのを覚えてる。だからといってゴルフクラブを隠したりしたことはないけれど、でも、たぶん木曜の朝の娘の気持ちとおんなじだったんだ。

「さみしいようー、いってほしくないようー」

って泣く私に優しく微笑みかけながら「さびしいーだよ」って言直す父の顔を覚えている。日曜日のゴルフや、出張で出かける時など、いつも父親が出かける準備をする側で泣いていた。

「さみしいようー、いってほしくないよぅー、いかないでー」

娘よ、母も同じ気持ちをたくさん味わってきたよ。すごくさみしいよね。四六時中、できるだけいつでもくっついていたいのに、お仕事なら我慢するけど、ゴルフなんてすっぽかして自分と一緒に居てほしいって、母も小さい頃に思っていたよ。すごくすごくよくわかる、その気持ち。

でも、ヨガは行くよ。ごめんね娘。

 

アルゼンチンの永住権はどのくらい国外に出ていると消滅するのか

アルゼンチンの永住権を持っています。いろんな国では、よく1年のうち半分以上住んでいないと永住権がなくなる、とかいいますが、アルゼンチンは「2年に一度入国すれば良い」って聞いていました。

情報ソースはネット上のアルゼンチン在住外人コミュニティや、移民弁護士のサイト、とかそういうところです。場所によっては3年に一度でいいって書いているところまでありました。また、以前友人が永住権申請の際に、2年に一度来ないといけないのか、という件についてイミグレの窓口で聞いてもらったことがあって、その時の話では「2年に一度入国しないといけないけど、まあ、なくなってもまた申請したら取れる」って話でした。

私もまあこれを信じて、2年前にアルゼンチンに一度行きました。DNIとパスポートで入国して、別に何にも問題なかった。そして、今年、またそんな時期がやってきたので、行こうかなーと思っています。でも時期が微妙に行きづらい。仕事休むとごっそり給料が減るので休みたくない。3年でいいなら延期したい、とか思っているわけです。

でもこれといって正確な情報ソースがでてきません。

そんなわけでイミグレにメールしてみました。「2年とか3年とか聞くけど本当のところはどうなの? って」。そしたらなんと当日中に返事が来ました。すごい、アルゼンチン、速い。

簡単に言うと「Ley 25871(PDFにリンク)っていう法律の62条に書いてあるけど、1年だよ」っていう返事。

えっ! 1年!

もうだめじゃん。でも前回1年以上2年前で大丈夫だったよ? その法律2004年のだけど、わたしこないだ行ったの2014年だよ?

と思って、条文を読んでみました。ここに抜粋コピペします。スペイン語わかる方は直接読んでみてください。

ARTICULO 62. La Dirección Nacional de Migraciones, sin perjuicio de las acciones
judiciales que correspondieran deducir, cancelará la residencia que hubiese otorgado,
con efecto suspensivo, cualquiera fuese su antigüedad, categoría o causa de la admisión y dispondrá la posterior expulsión, cuando:

(中略)

c) El beneficiario de una radicación permanente hubiese permanecido fuera del Territorio Nacional por un período superior a los dos (2) años o la mitad del plazo acordado, si se tratara de residencia temporaria, excepto que la ausencia obedeciere al ejercicio de una función pública argentina o se hubiese generado en razón de actividades, estudios o investigaciones que a juicio de la Dirección Nacional de Migraciones pudieran ser de interés o beneficiosa para la República Argentina o que mediara autorización expresa de la autoridad migratoria la que podrá ser solicitada por intermedio de las autoridades consulares argentinas;

スペイン語忘れてる…。

ちょーざっくり訳すと、「以下に該当する場合はレジデンシアをキャンセルするかも。うんたらかんたらなんたらかんたら、2年以上国外にいる人」。

ってわけで、2年だとおもいます!

即日メールの返事をくれた担当者はご親切に条文まで指定してリンクまでくれて「1年」ってメール本文に書いてましたが、条文には2年ってあります! これを信じて、2年経つ前にアルゼンチンの土を踏みに行こう。いくらまた取れるって言っても、あの手続きもう一回やるのはごめんだ。

6歳臼歯が生えてきた

うちの子まだ5歳と3ヶ月なんですが、6歳臼歯が生えてきました。ちなみにまだどの歯も抜けていません。

いつのまにこんなにおっきくなったんだろう。もうあかちゃんじゃないんだなあー、もうあっという間に大きくなって手が離れてしまうんだろうなぁ、って思っていたら娘が不思議そうにぽつり。

「どうしてちょっと悲しそうな顔をしてるの?」

いや、すごくすごく嬉しいんだけどね、なんだかちょっと寂しいの、赤ちゃんじゃないんだな、って思うと。っていう話をしながら、うちの子は微妙な表情をちゃんと読む能力はあるのかな、ってちょっと安心した。

生えてきたばかりの歯は柔らかくてすぐ虫歯になるから、フッ素入りの歯磨きで自分で丁寧に磨くんだよ。そしてちゃんとクチュクチュぺーするんだよ、っていう話をしました。

いままで、ときどき歯磨き粉を食べてしまう(美味しいらしい)娘対策として、フッ素の入っていない歯磨き粉を使っていましたが、「これは食べてはいけない」というのを徹底してちゃんとうがいさせるようにしようと思います。

そういえば、一つ虫歯を作ってしまいました。なんか虫歯っぽいなーと思っていたので歯医者にチェックに行ったらやっぱり虫歯。小さかったのでその場で削って詰めてもらいましたが、泣かずに我慢できていました。

大きくなったなぁ。

成長記録でした。

子供のことを想う

私は自分の子供が生きづらさを抱えて生きていくことになることをできるだけ避けたいと思っている。自分自身がとても生きづらかったから。思春期も、それに続く20代も、いつも生きづらかった。

その理由が今ではなんとなくわかってきた。多分、愛着の問題だ。

今まで5年間は、娘に安定した愛着を持って欲しいと思ってやってきた。でも、それをやっている私自身が不安定な愛着の持ち主だ。幼い頃に父親と死別し、残った母親とはうまくいかなかった。安全基地を持たないまま大人になって、安全基地を持たないまま子育てをしている。

まず第一に、娘が成人するまで、できれば24、5までは絶対に死んではいけない、と思っている。死別はもう取り返しのつかないことだからだ。

でも、死はいつでもやってくる。そのために、もし私なしで育つことになってもいいように用意をしておきたいと、心の底から思っている。死ぬことについて準備をするというと、周りは「そう簡単に死なないから大丈夫」とか「大丈夫? なんかあったの?」なんてことをいう。別に私は死にたいわけではない。こんなことを考えるのは私のためではなくて、もしもことが起こったときに娘に対する影響を最小限にするための保険みたいなものだ。

たとえば、カウンセラー的な人と事前に契約をしておきたいと思う。そういうサービスってあるだろうか。親に死なれた子供には専門家のヘルプが必要だ。私にはそれがなかった。そういうひとを手配しようとしてくれる大人もいなかった。田舎のことだからスクールカウンセラーもいなかった。

それから、もう一人の親との愛着もきちんと形成しておきたいと思う。でないと、仮に私が死んだ後、残った人たち同士でうまくやっていけない。そうなった場合一人取り残された娘は死ぬほど辛い思いをして生きていくことになる。

娘の心の中に、いろんな種を植えておきたいと思う。娘がいつも心の支えとできるようなもの。

娘が後始末をする必要がないようにシンプルに暮らしたいとも思う。

安全基地を持たないからかいつも移動をするわたしについて歩く娘の心は、おそらく一つの土地でずっと暮らしている子供より、ある面では脆い。できるならば、どこかに落ち着いて、腰を据えたいといつも思っているが、今の所私自身がそれを見つけられない。

ときどき怖い夢を見たと言っておきてきて私にしがみつく娘を見ると、胸がキューッとなる。怖い夢は、移動した時にときどき見るらしい。ひとりぼっちの夢。私たちのHOMEをみつけたい。

いつも、自分は毒親になっていないだろうか、と不安になる。娘の愛着に傷をつけるようなことをしていないだろうか、と。そして、それを気にするあまり甘やかし過ぎていないだろうか。生きる力をつけてやれているだろうか。自分の感情に気づいて、それと向き合う術を見せているだろうか。そんなことばかり考えている。

気持ちのメモ。

ブラックストラップモラセス抜きの不調

現在出張中、2週間目です。モラセス持ってくるのを忘れました。あんなねっとりした液体の入った瓶をスーツケースに詰め込む気がしなくて、まあ現地で買えるだろうと思って持ってきませんでした。

ところがそう簡単に入手できないわけです。旅行あるある。

一応念のため、ブラックストラップモラセスのカプセルも持ってきたのですが、これは過去の実験からも明らかなように、本物のモラセスほどの効果はありません。

今回出た不調。

ヘルペス&爪がボロボロ。両手合わせて5本くらい爪が割れたり折れたりしました。こんなの久しぶり。

出張中のためほぼ外食続きで、若干栄養が偏っているというのもあるかもしれません。とはいえ、朝は果物とオムレツ、ランチはそれなりに野菜がたっぷり、お肉もたっぷり食べているので、決して「毎日ピザ食べてる」とか「毎日ラーメン」みたいな感じではありません。

ものすごーくちょっとづつ生理になりました。ちょっと満月には数日早い。PMS期の怒りはありませんでした。

生理の重さ、PMSの酷さは、前回の生理中にどれだけエストロゲン様物質を取るかに影響される様な気がします。

本日、たまたまヘルスフードストアを発見して、モラセスを入手しました。今回は初めての南アフリカ産。しかも、「こういうのあったらいいのになぁ」と思っていたチューブタイプです。瓶からスプーンですくうというのは衛生的にも利便性からもあまり良くないなぁと思っていたので、これは嬉しい。お土産にいっぱい買って帰ろうかかな。600円くらいだし。

体調がもどるといいなー、と願いつつモラセスを食べました。単なる体調記録でした。

片親で子供を連れて旅行する場合の旅行許可証について

以前アルゼンチンに住んでいたときに、一度作りました、旅行許可証。

国を出国するときに、片方の親が勝手に子供を連れ去ったりしているのではないということを証明するため、もうひとりの親から許可証をもらっておく、というやつです。

私たちがアルゼンチンで作ったのは「我が子はひとりでも、どちらの親とでも、世界中のどこの国へでも旅行ができる」と言う超オープンなやつ。子供にくっつけておけば、父親とでも母親とでもどちらでも旅行ができます。

で、これスペイン語で書かれていてアルゼンチンの公証人のスタンプが押してあるんです。それがないとダメ。一度、日本で作って日本の公証人にスタンプを押してもらったやつをアルゼンチンで使おうとしたら、日本帰国時は使えましたが、お隣のウルグアイへ出国しようとしたらできなかったことがあります。

こんど、欧州方面へ旅行しようかと思っていて、このアルゼンチンで作った旅行許可証が使えるのかどうか、よくわからないのです。国によってルールが違し。で、調べていたらちゃんとまとめてくださっている方がいました。

未成年の単独・または片親のみ同行の渡航に条件のある国(PDF)

いやー、ありがたい。自分のためのメモです。

アルゼンチンで散々こういう厳しいことをくぐり抜けてきたので、日本やアジアの国で子供と二人で国の出入りを繰り返すときに全く突っ込まれないことにちょっとビビります。ほんと、海外に誘拐しちゃうとか簡単にできそう。ちなみに、シェンゲン圏でも国によってずいぶん違うみたいです。大使館で作らなきゃいけないとか、どんなフォーマットでも良いし交渉も必要ないとか、けっこう差があります。シェンゲン圏は出入国審査を受ける国のルールに従うのが良さそうです。

オランダでは日本人はスイス人と同じように暮らせる、らしい

最近はPMSのことばかりだったけれどちょっと違う話題も。

私は20代の初めに日本を飛び出して、2つの国に住みました。そのうちのひとつであるアルゼンチンでは永住権ももらいました。今住んでいる国には通算10年近く住んでいます(そんなにたったのか…)。でも、いまだにまだ迷走中です。

先日、オランダ人の友達がうちにしばらく滞在してすごいニュースをもたらしてくれました。

「100年くらい前に日本とオランダのあいだで交わされた条約が最近見つかって、日本人はオランダでスイス人と同じように住むのも仕事をするのも自由になった」

これってすごいニュースではないですか。外国暮らしが長いと一番面倒だなと思うのはビザだの労働許可だのですが、それについてずいぶん自由になるということ。オランダは教育制度や美しい町並みから、住んでみたいなーと言う思いはずっとあったのですが、これを聞いて断然移住したくなりました。

娘の学校にはオランダ人がけっこういて、ママ友さんたちとオランダの学校制度について話しました。彼ら曰く「オランダの教育制度は素晴らしい」「でも学校はコンクリートの四角いやつ(今の娘の学校はとても開放的で庭の中に教室があるかんじ)」「でもいまこの国でのんびり暮らすのに慣れてしまったらオランダなんて疲れるから暮らせない」「でも子どもが自分で歩いて学校に行けるっていいよね」と言います。

彼らの言うことの「オランダ」を「日本」に置き換えたら私の感想です。でも、日本は外国人にはおすすめ。ってことはもしかしてガイジンとしてオランダに住むのは悪くないんじゃないの?

今の国はとても居心地がよいのですが、この国で娘をティーンエイジャーにしたいかと問うと答えはNOです。そして私自身は田舎出身ですが、オーガナイズされた都市というのが好きなのです。雑然混沌としたアジアもいいですが、きちんと計画されて造られた都市に住みたいという気持ちがあります。

オランダ人の友人知人が何人かいますが、オランダ人の英語は完璧です。さらに他にもいくつかの言語ができる人がほとんど。言語教育が素晴らしいに違いない。

と、ポジティブなところばかりみていますが、件の友人曰くオランダには仕事がないそうです。

学位はマスターくらいは最低限とっておくべきで、それでも学校を出たあと6か月契約の無給のインターンシップで「職歴」というポイントを手に入れて、ようやくお給料の出る仕事にアプライできるとか。さらに、それでも3か月、6か月契約というのが当たり前で1年契約の仕事なんてなかなか見つからない、そうです。ちなみに彼女は文化人類学を勉強してきた人で、そもそも職場が少ない、という問題もあるそう。

2つの国に住みましたが、どちらも自力で住みました。駐在員とかではなくて、自分で仕事を見つけて、自分で渡航して。アルゼンチンではほぼ全ての手続きを自分でやりました。ビザも家探しも役所の手続きも何もかも。渡航当初はスペイン語は全くしゃべれませんでした。移住してみること、それに伴う煩雑な手続きなんかをすることは結構なきたくなる辛い作業だったりしますが、それでもそういうことをするのが好きなようです。いつかはオランダもチャレンジしてみたいなーなんてぼんやり思いはじめました。

この条約が今後どう運用されていくのか注目です。

小さい人の学校、1週間目

新学期が始まって一週間がたった。相変わらず毎朝泣きながらバスに乗せられてゆく。泣きながら「ままちゃんもー!」「おけーおけー!」と言いながら… 学校はいきたいけれど、ままちゃんと離れるのはいや! ということらしい。毎度別れが辛いけれど、いってみればけっこう楽しい、という感じだろう。わかるよその気持ち。

学校は楽しいらしい。毎日帰ってくるときにはバスの中で爆睡。学校楽しかったの? ときくと「うん」と答える。今日なにしたの? と毎日聞いているのだけれど、イマイチよくわからない。たぶん本人も、学校でやっていることを説明する言葉がわからないんだろうと思う。

サマースクール中に小さい人の教室の端っこで観察していた限り、小さい人のクラスでは「これは○○です」と教材の名前を教えることはやっていない様子。だから、一体自分がなにをやってきたのか、言えないのかもしれない。

明日も学校、学校、と楽しそうにしている小さい人を見るととても嬉しい。学校であれなんであれ、楽しいことが日常にあって、それを待ちわびるというのは幸せな時間だと思う。

登園時の絶叫に考える

久しぶりにマテを飲んだら、全く眠れなくて朝になってしまった。マテと言っても、ほとんどマテインフリーのシェルバに、ちょっとだけマテイン入りのシェルバを混ぜた程度。それでこんなに眠れなくなるなんて、私はどんだけカフェイン/マテインに弱くなったんだろう。

眠れぬ夜はいろいろと思いが巡るもので、昨夜はずっと小さい人の学校について考えていた。そのまま朝になり、絶叫する小さい人を学校に置いて帰ってきた。今日がはじめて、本当に先に帰ってきた日(今まではいつも学校のオフィスとかでスタンバイしていた)。

小さい人は普段ほとんど泣かない。本当に泣かない。それがサマースクールが始まってからのこの数日、毎日これでもかというほど泣く。泣いている理由は、学校がいやだからではなく、ままちゃんがいないからだ。さらに今日は、ずっと私のそばにいて、私がちょっと立ち上がろうものなら「ぺったんこ!(座れ)」と命じ、私がそこにいるかどうか逐次チェックを入れる。それがいなったのだ。「ここに座っていてっていったのに、ままちゃんは勝手に帰ってしまった」という怒りもあるだろうと思う。

大人たちは「じきに慣れる」とか「泣けばママに会えると思っているから」という言い方をする。確かになれるかもしれない。でもそれは、納得しているわけではなくて、ままちゃんに放っておかれているという寂しさや怒りを訴え続けても来てくれないんだ、と言う『あきらめ』じゃないのかと思う。諦めた子どもは寂しげだ。そういえば、小さい人のクラスには寂しげな子がちらほらいた。そう思うと、今この時期に、寂しい思いをさせ、傷つけても、学校に入れる意味ってあるんだろうか、という疑問がわいてくる。2歳の子が、ママに会いたいと泣くことがわるいことなわけがない。それを『あきらめ』るまで傷つけて良いのだろうか。

アルゼンチンにいた頃は、1歳に満たないころから保育園に入れられる子が多かった。タイだってみんな一歳くらいで入れてしまうし、日本だって育児休暇はそれくらいまでだ。だから、そのくらいから保育園に行く子はたくさんいるし、そういう子がみんな寂しげだとは思わない。人それぞれ、としか言いようがない。

けれども、こうして、絶叫して「ままちゃん! 一緒にいて!」と全身全霊で訴えているのに、先生たちに押さえつけられ、ままちゃんは足早に立ち去り、傷つかないわけがない。大人だって同じ状況になったら傷つくに決まっている。そして諦めるけれど、傷はうまらない。

大きくなってから大人の事情は「理解」してくれるだろうとおもう。でも、理解したところで、子どもの頃の傷は埋まるわけではないし、仮に埋まるとしてもその「理解」が訪れる瞬間までは傷はついたままだ。

学校に入れようと思ったのは、早い段階からモンテッソーリ的なことをしてほしかったからだ。けれどもそれに伴ってこんなにストレスを与えてしまうのならば、デメリットの方が大きい気もする。似非モンテならお家でも出来る。

しかし、これは誰もが通る道。そして多くの人は真っ当に生きている。心配しすぎてストレスを極端に避けるように育てるのもまた弊害がありそうな気もする。

悶々としているうちにもう1時。もうすぐ小さい人が帰ってくる。どんな顔で帰ってくるのかな。私は笑顔で迎えよう!

マテでも飲んでリフレッシュ。

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モンテッソーリの学校を見学してきた

先週の金曜日、以前から気になっていたモンテッソーリの学校を見学させていただいた。

今回見学させていただいたのは、toddler community、18ヶ月から36ヶ月までの子どもたちのクラス。見学前にあらかじめ注意事項のたくさん書かれたものが送られてきて、読んでおくように、とのことだった。書かれている内容は詳細にわたっているけれども、要は教室でお仕事をしている子どもたちの集中力を途切れさせないよう、邪魔にならないように、といった内容だった。静かに教室に入り、子どもたちの方から興味を持って挨拶をしてきた場合は返事をしても良いが、自分から声をかけるべからず、とか、退室の際にも挨拶は不要で静かにそっといなくなること、とか。当然、我が子は連れては行けない。その徹底した態度に好感が持てた。

教室に入ったのは午前9時半。クラスは9時からなので、始まって少し経ったところだ。教室の窓は大きくとられ、一面は全部ガラス張り。机も椅子も、トイレの便器も何もかも幼児サイズでかわいらしい。コンセントは大人の肩くらいの高さに設置され、先生たちの使うものはすべて高いところに置かれている。子どもたちは全部で6人、先生は3人いた。メインの先生がひとりと、残りの二人はサポート。

教室に入ると、教室の机などのないスペースでメインの先生を囲んで子どもたちが輪になっていた。先生は本をみせ、これはなあに? そう、ぶたね! ぶたはなんてなくの? そう、ぶうぶう! ね、とやっていた。いろいろな動物が出てきて、歌いながらそれぞれの動物の名前、その鳴き方をやってみせる。

モンテッソーリと言うと、一人一人が自分の仕事に取り組む、というイメージだったので、これを見たときは、あれ? 集団教育? と少しハテナが飛んだのだけれど、そのまま見ていると歌(動物の名前と鳴き方)がおわり、お話ししながら、昨日は〇〇ちゃんはなにをつくったのかしら? そう、これね(と言って提灯のようなものをもってくる)。これはなんていうの? そう、提灯ね。なぜこれをつくったのかしら? そう、もうすぐ春節ですからね。だから昨日いくつも作っていろんなところにぶらさげたのよ。ところで、来年は何の年か知っている? そう、巳年ね! 今日はくつ下でへびのパペットを作るお仕事もあるわよ。それから、へびに色を塗るお仕事も!

そうやって先生が、昨日やったこと、今日新しく追加になったことを一通り話すと、じゃあ皆さん、お仕事を始めてください、と、全体の集まりはお開きになった。

ここから、いろいろと目を見張ることが沢山あった。

まず、全体のがお開きになると、子どもたちは自分の座っていた座布団を、決まった位置に重ねて片付ける。そのあと、それぞれがわらわらと机と棚のあるコーナに来て、ほとんどの子が迷うことなく自分の仕事をみつけ、その道具ののったお盆を両手で運んで机におき、椅子に座って作業を始める。なかにはどの仕事がしたいのかわからなくて、うろうろとしている子もいたけれど、その子には先生がついて、どれをやろうかしら、と一緒に選ぶ。決して「これをしなさい」とは言わない。

子どもたちは自分の作業に集中しているので、教室の中は静かだ。もちろん、話すことを禁じられているわけではないので、必要があれば先生に話しかけることもするし、独り言を言いながら作業をしている子もいる。幼稚園と言えば、わーわーきゃーきゃー、というイメージだったが、それからはほど遠い。

お仕事の内容は、モンテッソーリの本に書いてあるようなものがほとんどで、モンテッソーリ本を何冊か読んでいた私にとっては、おどろくほどのことではなかった(モンテッソーリを知らなかったら、なんと地味なおもちゃ、とか思うかもしれない)。それらに似たようなものは、うちの小さい人にもやらせたことがあり、驚くというよりも、本に書いてある通りの世界がそこにあることにほっとした、という感じだ。

しかし、私のにわかモンテッソーリで適当に教えられている我が子と、モンテッソーリのプロに教えられているこの子たちにはとてつもなく大きな差があった。この子たちは、自分で『終わり』がわかり、ちゃんと物事を『終わらせられる』のだ。これはすごく大きい。

私は物事を始めるのは出来るけれど、終わらせることがとても苦手だ。人生の師たちにもそれをよく指摘された。そして、やはり我が子も、興味をもって物事を始めるのだが、きちんと終わらせる、ということができない。片付けるのはまぁまぁ出来るが、自分で『終わり』を見極めることが出来ない。

ここの子どもたちは、自分の作業に没頭し、それが終わると「終わった!」と言ってその道具をもとの場所に戻し、そして次の作業にうつっていく。大人が部屋を片付け回るという姿は全く見られず、こども自身が片付けまでやる。もちろん、小さい子は動きそのものがたどたどしいので、落としてしまったりすることもあるけれど、それも自分で拾って片付ける。

やっぱり、学校に入れよう、と思った。

先生の教え方も参考になった。モンテッソーリの本に書いてあった通り、まずは大人がやってみせ、それからこどもにやらせる、というのが、まさにその通り実践されていた。

私も本に書いてあるように実践しようと試みているものの、やっている途中に手をだされたら、ついそれを持たせて一緒にやってしまったり、あるいは、終わるまで見てなさい! なんて強い口調で言ってしまったり、そうかと思うと小さい人は集中してくれなくて手順が最後まで終わらなかったり。

そんなのこどもだから当たり前、こどもの割にはできてるよ、なんて自分を慰めていたけれど、プロを目の当たりにして、ああ、やっぱり私のやり方ではダメだったのだ、と実感した。我が子と同じくらいの子が、みんなちゃんと出来ているのだから。

先生はとても穏やかに話す。けれども、こども相手のにゅわーっとした笑顔ではなくむしろ真顔でしゃべる。こどもが手をだしてきたら、手の平をむけて静止し、「まず私がやってみせるので、あなたは見ているだけ。私が終わったらあなたの番よ」と、静かに言って、手順をきちんとやってみせる。一度やってみせたら、はい、といってあとは子どもにやらせる。横から手をだすことはしないでとにかくやらせる。子どもが集中して始めたら、すっと離れていく。

子どもたちは小さな椅子と机に座っているのだけれど、お行儀悪く両足を椅子にあげたりする子もいる。我が子もすぐ机によじ上ってしまって、いつも困っているのだが、ここの先生は「机に足をあげない!」とか「降りなさい!」とか叫ぶことはない。静かに「足は床」というだけ。それで子どもの足は床に着く。よく、「〜しない」という言い方は逆効果だというのを聞く。「象を想像しないでください」といわれたら象を想像しちゃう、という人間の脳みその仕組みがあるらしい。きっとそれと同じで、「乗らない!」といわれたら乗りたくなってしまうんだろう。

教室では、ある男の子が、何かを食べたいようだった。先生はその子にバナナを渡して、皮を剥いて切るのよ、そしたら食べていいわよ、という。男の子は、ひとりで皮を剥いてバナナをきって、フォークにさしてもぐもぐと食べていた。

その男の子の椅子に、他の子がよじ上ってきた。最初、その男の子は、よじ上ってきた子を力づくで押しておろそうとしたのだけれど、それを見つけた先生が「言葉で言いなさい」と言う。誰のことも力づくで動かしてはいけません、言葉でどうしてほしいのか言いなさい、と。するとその子は「どいてください!」といい、言われた子は椅子から降りた。

途中、ママが恋しくて泣き始めた子がいた。まだ新しい子だそうだ。その子が泣き始めると、先生は手を取って椅子からおろし、ティッシュを渡して涙を拭かせた。そしてその子を見て、あなたのママはもうすぐくるからね、と静かに話して聞かせていた。そして落ち着くまで抱っこして、おちついたら手を引いて、ヘビに色でも塗ってみる? とお仕事に戻るように働きかけていた。

子どもがなくと、ついつい大人たちは、おもちゃや何かを適当に(本当に手近にあったものならなんでも)あてがったり、何か別のことを話してごまかしたりしがちだけれど、自分が子どもだったとき、そうやって話をそらされるのは馬鹿にされているみたいで嫌いだったことを思い出した。そんなのでだまされてやるもんか、とも思ったものだ。

私に与えられた見学時間は30分。教室のすみっこで音をたてずにじっと座って、子どもたちや先生たちを観察した。30分間のあいだに、本で読んできたことがそのまま目の前で実践されていることに感動を覚えた。教室はとても静かで、子どもたちは何も強制されることなく、自分の意志で仕事を進めている。

モンテッソーリって、本当にこうだったんだぁ、という思いがわいてきた。以前、別のモンテッソーリ園を見学したが、そこでは子どもたちはそれなりにわーわーきゃーきゃーしていて、自主性を重んじると言う言葉のもとで放し飼いにされているみたいだった。モンテッソーリの本に書いているのは理想論で実際はこんなもんなんだろうか。だとしたらモンテッソーリ園に入れなくても良いかなぁ、とすら思っていた。

今回の学校では、みんながそれぞれ全く違った作業をしているのだけれど、教室が全体として調和がとれているというか、落ち着いた雰囲気にあふれていた。それは決して子どもらしさを否定するものでも、強制された静寂でもなく、子どもが子ども自身のうちからあふれる「やりたい!」という衝動をもとに集中した結果もたらされたもの、という感じだった。

最近、我が子がよく走り回り、要求も増え、私もいっぱいいっぱいになり、ふと忘れがちになっていたけれど、子どもには内から溢れ出る何かをやり遂げたいと言う衝動があるのだ。それを最初に目の当たりにしたのは、つかまり立ちが出来るようになったときだった。寝ても覚めても立つことを考えているのか、夜中にむくっと起きてはつかまり立ちをし、できるとぱあっと満足げな喜びが顔に広がるのだ。

そういう衝動を押さえず、その衝動によって何かを成し遂げようとするのをサポートする環境の一部として、親や教師がいるんだろう。環境を作り上げるのは、私ひとりではとうていできない。

いろいろ環境整備、楽しみになってきた。