小さい人は働き者

レバノンから帰って来た日は日曜日だった。4週間ぶりに会う娘は、とても成長していた。

私は長旅と時差でぐったりしていて、何にもしなかった。すると娘は自分から率先してテーブルをセットアップして、食事が終わるとお皿を洗い、テーブルを拭いて、テーブルセンターを敷いてまた綺麗にセットアップしてくれた。

それから「ままのバスルームはメッシーでアグリーなんだから」とルー大柴みたいな話し方で私のバスルームを片付けてくれる。

私が何かやろうとすると「いいよ、ママはぐったりしてて」とやらせてくれない。

自分の着替えはもちろん一人でやり、以前なら「まま、はさみとってー」と言っていたような場面でも、何も言わずに自分の部屋にハサミを取りに行った。

「ままがぐったりしているときは私がやるの」と娘はいう。実際、私が体調を崩して寝込んだりすると、娘はとても働き者になるが、今回はいつも以上にとても頼りになった。

親バカだけれど、我が子はとても素敵な人間だと思う。

I love Beirut

出張で4週間ベイルートに滞在した。ベイルートはレバノンの首都。レバノンといえば中学生くらいの頃に読んだ『ソフィーの世界』という本の中に「レバノン」という国名が出てきたことを覚えているくらいで、内戦がひどかったところ、という印象しかなかった。あとは、レバノン料理が有名とか。

4週間暮らしてみて、レバノンがとても好きになった。いや、実際には数日目にはもう「ここがすきだ!」て思っていた。私はすぐ街を好きになってしまうのか。

戦争があったので、街の真ん中にチーズみたいに穴だらけになったビルがいくつも残っている。中心地は再建されたのか、テーマパークみたいに綺麗になっていて、でも家賃が高いのかほとんどテナントが入っておらず、とても寂しい場所だった。

中東のスークといえば、大きなテントのような建物の中や迷宮のように入り組んだ細い道に、ごちゃごちゃと店が並んでいたりするのを想像するが、ベイルートスークはスーク(市場)というのは名ばかりで、ショッピングコンプレックス。世界中どこでも買えるブランドショップが入っている、綺麗なビルだった。ショッピング的にはつまらない。

そしてベイルートはとにかく物価、特に外食が高い。オフィスのそばのぶっかけ飯屋みたいなところでランチを食べると一人10ドル。ちょっとおしゃれなレストランへ行ったら、ランチで50ドル。でも、八百屋やスーパーでは極端に高いわけではないので、外食が特に高いんではないかと思う。

あれ、いいこと書いてないじゃない、と思うかもしれないけれど、でも、そんなことはない。とても素敵な街だ。

何よりも気候が良い。天気が良い日が多く、穏やかな地中海性気候。私が滞在したのは夏の終わりから冬の初めくらいで、昼間はサマードレスでも夕方にはジャケットを羽織るという感じ。

とても美しい海が目の前にあり、後ろを振り返れば山。地中海に沈んでゆく真っ赤な夕日を眺めながら海辺を散歩する。車で1時間もいけば自然がたっぷり。そして、紀元前数千年前からある遺跡もたくさんある。

そして有名なレバノン料理。最初は観光向けっぽいレストランへ行ってみたところ、何もかもしょっぱくて、食べ切られない、と思っていたが、現地の同僚などに連れられて行くレストランはどこも美味しかった。

国はとても小さい。端から端まで1日で往復できるサイズだ。そのサイズ感がちょうどいい。

小さな国なのにワイナリーがいくつもあり、広いぶどう畑を眺めながらワインと食事を楽しめたりする。ワインのレベルはすごく高いわけではないという話だけれど。

そしてナイトライフがいい感じだ。GemmayzeやMar Michaelといったナイトライフの中心地は歩き回れる距離で、日が暮れると雰囲気の良いバーやレストランに人が溢れる。

中東ではあるけれどキリスト教ともかなりの数に上り、モスクと教会が隣同士に建っていて、アザーンと鐘が呼応するように鳴り響く。夜にはそれらはライトアップされる。とにかく、夜のベイルートは美しい。

そして、私がこの街を好きになった一番の理由は、人だ。レバノン人はとてもソフィスティケートされていて、暖かい。戦争で傷ついて、宗教や宗派で対立して来た歴史があるのに、それともそれだからこそなのか、人々は多様性を受け入れてうまくやっているように見える。悲しい過去とどう向き合っているのだろうか。

私は現地でレバノン人ばかりの趣味のコミュニティに飛び込んでみたのだけれど、人々は皆とても親切で、来たばかりのどこの誰ともわからない私を温かく受け入れてくれた。

アジア人女性は嫌な思いをするよ、と人から言われていたのだけれど、私自身は鈍感なのか、それとも運が良かったのか、一回痴漢にあったくらいで、特に無礼な扱いを受けたりしたことはない。

まあ、4週間しかいなかったので、まだいいところしか見えていないのだろうと思うけれど…

ベイルート、良かったなぁ….また戻りたい。

おおきな木

おおきな木

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あすなろ書房
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「おおきな木」という本あります。これはどちらかというと大人向けの絵本じゃないかな、と思うのですが、娘の本棚に入れてあります。ちなみに私が持っているのはスペイン語版です。

泣けます、この本。感動する、いい話だっていうんじゃないんです、悲しいんです。泣けてきます。愛情のすれ違いっぷりに辛くなります。

先日、娘がこの本を読んで、と言って持ってきました。

うちの子のスペイン語力は、Manzanaってなに? Esconditeってなに? ってきくと単語の意味はわかっていたりするのですが、この本を読んでもらってちゃんと理解できるレベルではありません。そんなわけで「にほんごでよんで」となり、大雑把直訳日本語読み聞かせをしました。

私の肩にもたれて静かにしているので、ねちゃったかな? と思って横をみると、娘のほおに一筋の涙が。

この本を読んだのは初めてではなくて、ずいぶん前に何度か読んで私が泣きそうになっているのは知っていましたが、この話を理解して涙を流す、というのが5歳にもおこることなのか、と驚きました。どういう理解をしてどうして泣いていたのか、本人は説明できないようでした。

愛ってなんでしょうね。

モンテッソーリ3年半、後悔していない

我が子を2歳ちょっと前からモンテッソーリスクールに入れている。私がモンテッソーリが好きだから、というだけの理由で。

モンテってどうなの? ってよく聞かれるのだけど、いいとか悪いとかは比べられない、他を知らないし。でも私はすごく好きだし、今までモンテに入れておいたことは後悔していない。

なんでそんなにモンテが好きなのか、というのを説明しようとすると結構支離滅裂になってうまく伝わらないことが多いので、ちょっと書いておこうと思う。

モンテを気に入っている理由

自発性と自律性を重視する

モンテでは、自分が何をやりたいのかを知り、やると決めて、実際に行動に移し、納得いくまで繰り返し、自分で区切りをつけて終わらせる、ということを毎日繰り返す。先生が「さあみなさんこれやりましょう!」「さーおしまいです!」ではない。もちろん自分で選べないで長いことぶらぶらしている場合には、先生が何かを選ぶように促したりはするし、手をつけていない分野のお仕事があれば、それもうまい具合に勧めたりはする。

自分で選んで、決めて、行動に移す(ここ重要)こと。そして、どこまでやったら終わりかを自分で判断し終わらせられること(ここも重要)。これって人間としてとても大切なスキルだと思う。これがうまくできない大人だってたくさんいるし、私自身、毎日の小さな決断の繰り返しに疲れはてて「誰か全部決めてくれ」って思ってしまうこともある。

昔デザイン事務所で働いていたころ、社長(本業画家)が、「どこで筆を置くかが重要だ」って言っていた。ほんとそう。何事も、終わりを見極めて、自分で終わらせるって、すごく難しい。なにかを終わりにするのって、始めるより難しい。

環境が子供をガイドしている

ユーザビリティの大御所でドナルド・ノーマンという人がいるのだけれど、そのひとが「アフォーダンス」ということを言っている。簡単に言うと、モノはその形によって人の行動を引き出している、ということ。例えば、引っ張って開けるドアのノブは「ここをひっぱってね」という形をしている(たまに押すドアに引き手がついていると人は戸惑う)。

モンテッソーリは教具も、教室にいる先生も、そういう感じのガイド役だ。先生が教える、というよりも、子供達が目的を達するためにガイドしている、という感じ。先生は先生ではなくて、環境の一部、という扱い。

私が、なぜこれが好きなのかというと、子供は「自分で発見する」ことができるという点だ。こうこうこうだからこうだよ、って教えられるのではなくて、こどもはアクティビティを通して、自分でいろんなことを発見する。先生は、発見するための手順をガイドしてやったりするだけだ。

個人を尊重するいろんな個人の集まった社会

モンテッソーリは6歳までは個人でやるアクティビティが多い。5、6歳くらいになると、2、3人でやるゲーム的なものもあるけれど、基本は個人で仕事をする。全員で何かをするのは1日に15分程度のグループタイムだけで、あとは基本一人で黙々と作業をする。

こどもたちは、自分のやりたいことを思う存分やることができる。誰かが選んだアクティビティを、誰かが決めたタイムテーブルでやるのではない。自発性と自律性を尊重する、ということは、その人個人を尊重することだ。つまり、子供は自分で自分の責任を取らなくてはいけない。誰も代わりに決めてくれない、自分で決めなくてはいけない。

これはとてもとても大切なスキルだと思う。誰かに決めてもらうのに慣れてしまったら、自分の人生に責任を持たなくなる。

そして、自分のことに責任を持てる個人が集まっている社会では、他者を当たり前に尊重する。個人の主張がぶつかり合うのではない。モンテのクラスでは、教具は基本的にワンセットしかない。つまり、同じお仕事をやりたい子が複数いたら、順番を待つとか、ゆずり合うとかして融通しなくてはいけない。同じ教具を用意して与えてやり、コンフリクトを解消する、というのではない。もし、眠たければ布団を敷いて眠っていてもいい。でも、他の人の邪魔にならない場所で、だ。それに、モンテでは制服はなことが多いがドレスコードがある。周りの人の気を散らすような格好で学校へ行ってはいけない。

また、モンテは3歳から6歳まで一つのクラスにいる。学校にもよるだろうけれど、我が子の通う学校では、発達障害があったりする子も普通に同じクラスにいる。みんな違っているのが当たり前で、大きな子は小さい子に教えてやり、小さい子は上の子を真似する。中には周りと馴染めない自閉症の子がいたりする。でもその子はそういう子だ、と受け入れて、みんなと同じであれと強制することもない。

モンテは個人を尊重するし、基本的に何をしてもいいのだけれど、フリープレイの放任主義型教育とはまったく違う。ルールでガチガチに固めているわけではないが、子供達は社会の一員として、他者を尊重した行動をとることが求められる。モンテは社会性が身につかないとか協調性がないとか言われるが、違う。どっちもちゃんとある。ただ、みんなと同じ行動をみんなと同じだという理由だけでとることにまったく慣れていないだけだ。

所作がとても丁寧できちんとしている

これは躾のレベルの話で、本来は学校に頼るべきものではないのかもしれないけれど、モンテッソーリのお仕事をする所作ってとても丁寧で美しい。もののつまみ方とか、置き方とか、手の動かし方とか、そういうのがとても美しくて丁寧だ。私はすごく大雑把な人なので、娘の丁寧な所作を見て反省させられることしきりである。とはいえ、娘もかなり大雑把に乱暴にやることもあり、やはり見られているんだなあ、と反省する。

自分の身の回りのことを練習する

これもまあ本来は躾のレベルなのかもしれないけれど、モンテッソーリは「日常生活の練習」というアクティビティが低年齢のうちはかなりの部分を占める。掃除、洗濯、料理(切るとか洗うとかちぎるとか)、それからお花を活けたり、植物の世話をしたり、ボタンの掛け方、リボンの結び方、雑巾の絞り方、などなど、そういう練習をひたすらやる。

家にいると娘は甘えて「ままやってぇー」ということも多いけれど、本当はほとんどだいたい自分でできる。学校のおかげだ。

学力はどうなの?

私がモンテッソーリを気にっている理由を並べてみて気づいたのだけれど、私はアカデミックな部分は今の年齢ではそれほど気にしていないらしい。自分で自分の世話ができ、自分で決断し、行動に移し、自分の人生に責任を持てるようになってほしい、と思っているんだろうな、多分。

モンテはアカデミックでは劣るかというと、調査結果からすると決して劣ってはいないらしい。ただ、別にモンテだから成績が良い、というわけでもない(他の教育方法と同レベルってこと)。

今娘は5歳だが、学校で何をやっているのか聞いてみると、算数では4桁の掛け算とか分数とかやっている。でも、モンテッソーリなので紙の上で数字でやるのではなく、教具を使って数や量を感じている、というやつ。

文字は筆記体をだいたい全部覚えたところで、普通の文字はちょっとした単語なら読め、短い本なら読める(小さい子のクラスに行って読んであげたらしい)。同い年の普通の学校へ行っている子に比べると、まだ全然読めないし、ちゃんとした単語もかけない。モンテでは間違いを直してやらないので(子供が自分で発見する機会を奪わないため)、子供が自分で気付くまでは間違ったスペルとか鏡文字でもそのままやらせている、というのもある。

そんなわけで、たぶん一般的な学力テスト的なものでは、この年齢ではモンテの方が劣ると思う。私は今の所気にしていない。

まとめ

モンテは、生き方の基礎訓練、という感じなんではないかと思う。低年齢のうちには、モータースキルや様々な身体感覚(聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚を鍛える教具もある)を文字通り鍛え、それから自分のことは自分でできるようになり、そして、自分というものをしっかり持った上で他者と関わっていく、ということを毎日練習している。

毎日、私が仕事から帰ってくると、娘は自分の机に向かって何か「お仕事」をしている。ぬりえだったり、なんかのワークブックだったり、文字を書いていたり、様々だ。私は「勉強しなさい」と言ったことは今の所ない。まあ、5歳だし、というのもあるけれど、できれば今後もずっと言わないで過ごしたい。自発と自律。

娘をモンテに入れて3年半。後悔していない。私も行きたかった。

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ハイヒールを履いたっていいじゃない

野宮真貴の本をKindleでポチってしまった。アマゾンポイントがあったからほぼタダ。美しくあるための、野宮真貴流の技がいろいろかいてある。あっという間に読めた。

普段、ビューティ系の本なんて買わないけれど、なんてったって野宮真貴だ。

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中学生の頃、ピチカートファイヴが大好きだった。歌ももちろんだけれど、それよりも野宮真貴が好きだった。ぽってりした唇に、大きなウィッグとか、猫みたいなアイラインとか。その野宮真貴、今では56歳。今も美しい。

知らなかったけれど、若い頃に結婚と子育てもしてもうずいぶん大きな子供がいるらしい。

56歳というと、私が高校生くらいの頃の自分の母親の年齢だな、とふと思いついた。当時の母は、過干渉の毒親で思春期の私との関係は最悪であったけれど、野宮真貴の本に書いてあるような、美しくいるための小技をふとした時に教えてくれた。猫背の美人より背筋の伸びたブスの方が美しく見えるとか、脚は隠すと太ってたるむから見せておくべしとか(実際50代でも膝上のスカートにハイヒールを履いていた)、マニキュアの塗り方とか、自信のあるパーツに目を集めよ、とか、立ち方とか歩き方とかそういったことだ。ちなみにわたしの母は決して美人ではないが、田舎の保守的な街では「派手な女(つまり評価は良くない)」と思われていたらしい。まあ葬式に真っ赤な口紅をつけて参列するような人なので、そういう評価をされても仕方がない。

そんな母とは折り合いが悪かったので、そういった教えにも反発し、私はいつもジーパンで男の子みたいな格好をして男の子たちとつるんでいた。女を売り物にすることにものすごい嫌悪感があったのだ。でも、母から離れてみると反発が減って、実は女子っぽいものは好きなんだなぁ、と気付いた。

私の娘もすごく女子っぽいものが好きだ。私自身、妊娠前はいつもハイヒールを履いていた。でも、妊娠出産を言い訳にして、お金も時間もないし、と、いろいろと手抜きになっていたところに「ハイヒール履いているままが好き」「スカート履いているままが好き」「今日はこのネックレスつけてね」「一緒にマニキュア塗ろう!」とかもうめちゃ女子力が高い。

そして、自分がそういうのが好きというのものちろんだけれど「オシャレしているままが好き」というのだ。

オシャレって人のためにするもんじゃない。男の人のためにするものでは全くもってない。ましてもちろん娘のためにするもんではない。でも、「好きなものを好きって言って身につけていいんだなぁ」っていう当たり前のことを思い出させてくれた。育児はもう言い訳にならない。「わたしもうままのイヤリンひっぱらないよ」「もうだっこしてあるかなくていいんだよ」「ぶつぶつあってもかわいいよ」って娘が言う。ハイヒールを履いていると「ままかっこいいー!」って言ってくれる。人のためにしているんじゃないけれど、でも、自分の好きなものを身につけて褒められるって、嬉しいなって思った。

自分の好きなものを身につけて、背筋を伸ばしてしゃんとしている母親でいたいなぁ、と思った。

あれだけ反発して大嫌いだった母親と、結局好みが似ていて、自分の娘も同じようなものが好きとは、因果だなあ、と思う。

あと10年もしたら、母と私の間にあったような死闘が、私と娘の間にも起こるんだろうか。それは絶対に避けたい。

母が嫌いだった原因は、母が女っぽいものが好きだったためではなく、過干渉だったためだ。そのため母が嫌いになり、母に付属する、ハイヒールとか、スカートとか、赤い口紅とか、背筋を伸ばして堂々としていることすら、そいうものもを自分のものとする=母みたいになる気がして嫌だったのだ。でも、今は、それは別だって考えることができる。過干渉だった母とは今でもできれば関わりたくないが、赤い口紅にもハイヒールにも罪はない。

だから、野宮真貴もそう言ってるし、って開き直ってハイヒールを履こうと思う。

 

宇宙で一緒にふわふわしてた

ままちゃんがままちゃんのママのおなかにはいるまえ、ままちゃんもわたしと一緒に宇宙でふわふわしてたんだよ。

最近娘がこんな話をする。なんて壮大なんだ。

うちの子になる前の話はよくしていて、話すたびにストーリーが変わるので、よく言われている「生まれる前の記憶」っていうよりは、生まれてから考えた話なんじゃないかな、と思っている。でも、それでもうれしい。

「わたしがままちゃんをえらんだんだよ」

「いろんなままのしゃしんがのっているほんがあって、そのなかからままちゃんをえらんだんだよ」

「お腹の中にパソコンがあってね、それでママえらぶの」

「顔で選んだ」

「ままがいちばんさいしょのぺーじにいた」

まあ、カタログが紙ベースだったり、パソコンだったり、いろんなデバイスだったりするし、お腹に来る前に選んだとか、お腹の中で選んだとか、まあいろいろある。

でも、「じぶんでままちゃんをえらんだ」っていう一点だけは絶対にぶれない。

選んでくれてありがとう娘。選んでもらえて本当に嬉しいよ。その選択を後悔させるようなことはしないように気をつけます。

そういえば、妊娠した時に友人に「あなたを選んで生まれてくる子供は相当タフなチャレンジャーだよ。自分だったら絶対選ばないタイプ」と言われたのを思い出した。

選んでくれてありがとうよ、娘。

ちょっとだけアルゼンチンに行ってきた

アルゼンチンに超短期で帰った。永住権維持のために、念のために2年に一回入国している。

永住権維持してまた住むの? って人に聞かれるが、答えはイエス。また住みたいと思っている。

今回はなんと4日しかいなかった。片道30時間近くかけて、往復20万円以上かけてたったの4日。少ない。ほんとはもっといたかったのだけれど、出張が入るかもしれないからと慌てて帰ってきた。それなのに出張がなかなか決まらないってやつ。ならもっといればよかった。

でも、超短期だったために、アルゼンチン人の娘は置いていった。アルゼンチン人だから別に行かなくても国籍はなくならない。つまり一人でアルゼンチン。出産するまでの2ヶ月ちょっとの身重の時期をぬかして、一人でアルゼンチンは初めて。妊娠後期はいろんな制限があったけれど(お酒飲めないとかあんまり遊び歩けないとか)、こんかいは4日間一人ですきなだけ! 最高の4日だった。

友人の友人宅(面識なし)に泊めてもらい、アルゼンチン時代の友人たちとマテを飲みながら公園でダラダらおしゃべり、それからみんなでチョリパン。それから毎日タンゴレッスンに、マルベックのワインに、アサードに、マテに、アルファホレスに、あれこれあれこれ!

また住むぞっておもった。

食べ物やワインが美味しいのはもちろんだけれど、なんだかわからんが、アルゼンチンにいる人達が好きだ。アルゼンチン人も、そうじゃない人も。

自分がおばあちゃん時代をどこで過ごしたいだろうか、って考える。今住んでいる国はまずない。日本ももう長いこと離れているし、もうベースがないのであまり実感がわかない。でもアルゼンチンでおばあちゃんになったら、たとえシングルでも、時々ミロンガに行ったり、お散歩したり、アサドしたりして幸せに暮らせそうなきがする。まあ、単なるイメージなのかもしれないけれど。

今は今の仕事が好きなので、仕事がある限りとりあえずここにいると思うけれど、状況が変わればアルゼンチンに帰ることもかなり有力な選択肢の一つだなぁと思う。

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帰りにワイン2本とマテ6キロ買ってきた。6キロで1年持つかなぁ、どうかなぁ。

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もちろん会社へのお土産はアルファホレス。こどもにはドゥルセデレチェ。

あー、ブエノス帰りたい!

5歳5ヶ月、成長の記録

子供と一緒に工作をしていた。ちょっと手伝ってみたところ、うまくできなくてちゃんと動かなかった。ショボーンとする私。

それを見て娘が「いいんだよ、ひとはみんなしっぱいするんだよ」「ままはすぐしょぼーんするんだからぁ、だいじょうぶだよ」「これとってもすてきだよ、ままじょうずだなぁ」。

どっちが親だかわからん現象が発生中。なんでこの人はこんなに優しいんだろう。

髪を自分で結い、ドレスの背中のボタンを自分でとめて、リボンも結んだ。

まだままちゃんにくっつかないと充電できない。

自分のベッドで寝る日が増えて、週末に甘えてママちゃんベッドで寝るくらい。

6歳臼歯が生えてきている。

喋り方は時々ルー大柴風。

お習字を習い始めた。

筆記体で書く。

ママちゃんのバスルームを片付けるのが日課。

帰ってくると自分の机でお仕事している。

体調記録 2016年9月

排卵期でした。いつの間にかまた、生理周期がお月様とシンクロしてきて、現在は新月排卵の満月生理です。以前は満月排卵新月生理でしたが、なんらかの事情(エストロゲン取り過ぎたとか、ストレスとか)で生理周期がちょっとずれて、それからだんだんシンクロしてこうなりました。排卵日(満月または新月)の明け方だけ、自分で気づくほど性欲があります(他の日はほとんどない)。

PMSとの付き合い方がわかってきて、今ではもう怒りの爆発とかほとんどありません。なんかイライラしているな、っていう時に、冷静に「今私はちょっとイライラしている」「そろそろ排卵日なはず」とか「もうすぐ生理だ」って考えられるようになり、そういえば関節痛が出てきたな、神経痛があるな、って気づいたら、モラセスを増量して、ちゃんと寝るようにすると、大爆発を起こす前にイライラはある程度収まります。

ここ最近は、排卵日前後や生理前にモラセスをさぼると関節痛が目立つということに気づきました。肘や手首、膝などに負荷がかかると痛いんです。気づいたら、モラセスを多めに食べると翌日にはかなり楽になります。

PMSと付き合うようになって、自分の体調の変化に敏感になったので、ひどいうことになる前に対策が取れるようになりました。今から思うと、昔は自分自身の体調にすごく鈍感だったな、と思います。

モラセス切れそう。買いに行かなきゃ(アマゾンのない国に住んでいます)。

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ムーミンの登場人物と愛着を考える

最近ムーミンばっかり見ている。娘がムーミンブームだからだ。ムーミンって、いかにも子供向け、っていうわけではなくて、登場人物たちが結構癖があって、色々考えるのが面白い。

以下は私の私見、ひとのことをあーだこーだいうのは好まないけど、アニメの登場人物ならいいかな。

わかりやすいのはスナフキン。いかにもな回避型だ。テントをはって川岸で暮らし、ムーミン谷のメンバーが冬眠する前に、荷物をまとめて旅に出る。みんなが冬眠するのを見守ってから出発するのではなく、みんなが眠ってしまう「前」に旅立つというところがいかにも回避型だ。でも、普段はとても穏やかで、ムーミンたちが困っていたりすると助けたりして頼られている。でも、旅に一緒に連れて行って、というムーミンのお願いは断る、当然だ、回避型だから。友人としてはいいけれど、たとえばスナフキンが恋人だったらすごく辛いと思う。でも、素敵に見えるんだよね、こういうタイプ。

超安定型なのはムーミンママ。周りがぶっ飛んだことをしても、あらあら、というだけで決しておこることはなく、なんでもうけとめる。或る日突然パパが「旅に出るぞ」といっても「そうですか、じゃあ一緒に行こうかしら」といって準備して付いて行ったり、「気をつけて行ってらっしゃい」と気持ちよく送り出す。困っている人がいると、まずはとにかく共感して、それから安心させてあげる。ムーミンママみたいになりたい。

ムーミンパパもおそらく回避型。捨て子だった上に、フィヨンカさんそっくりのしつけの厳しい院長のいる孤児院にいたということもあり、とにかく面倒なことがあると逃げる。会いたくない人がいたり面倒があったりすると、洞窟に隠れる。そして、よく旅に出る。捨て子だった=愛着に深い傷が付いているところに、過干渉の院長ときて、回避型の傾向が強まったのだろう。でも、安定型のムーミンママとであったことで、家族を持ってムーミン谷にいちおう定住する気になるくらいまでは安定したのではないだろうか。でもやっぱり、時々旅に出る衝動は抑えきれない。

ムーミンはママの影響か安定型に見える。素直で共感能力が高い。たとえば恋人のフローレンがニョロニョロに髪の毛を焦がされて泣いている時に「僕、暗くてあんまり見えなかったよ」とか言えるし、その後スカーフで隠しているのに「そのスカーフとっても似合っているね」とか「きれいだよ」って言える。男前だ。

フローレンは自己愛性&演技性パーソナリティっぽいところがある。自分が中心じゃなくてはいけなくて、思い込んだら大げさに演技をするようになりきってしまう。自分の外見やステータスなんかにとらわれるタイプ。人をコントロールするために大げさに話す(本人は嘘をついているという認識はあまりない)ことも多い。ただ、人に対する気遣いはあって(方向性が間違っていることも多いが)、共感能力がないわけではない。

フィヨンカ夫人は、過干渉の毒親だ。子供たちに対して、あれしてはいけないこれしてはいけない、こうしろああしろ、ということばかり言い、子供達の友達をジャッジしてあの子とは遊んではいけません、っていうことを言う。こうしろああしろ、という指示に対して「なぜそうなのか」の説明はなく、私がしなさいって言ったらするのよ的態度。子供より先回りしてなんでもやってやるタイプ。子供達もこんな親に育てられたら、愛着障害になりそうなものの、フィヨンカ夫人の目を盗んでムーミンたちと遊ぶようになって随分変わる。フィヨンカ夫人は、子供に対してだけでなく、自分も「こうあるべき」を曲げることがなく、また、自分より美しいものを持っている人がいたりすると貶めようとする。非常に神経質。

森に住む魔女のクラリッサもフィヨンカさんとは別の方向性だが過干渉の毒親だ。この人も孫のアリサの友人関係をコントロールしようとする。アリサもこんな毒親に育てられれば回避型の傾向を強めかねないが、フィヨンカさんのところの子供たちと同じく、ムーミンたちと交流する上で安定しているのではないかと思われる。

ちっちゃい夫婦のトフスランとビフスランは、人のものは自分のものにしてしまう。欲しいものはなんでも自分のものだ。別に力づくで奪うジャイアンタイプなわけではなくて、さっとこそっと持って行って隠してしまう。でも、取り返しに来られるのを極端に恐れていたりする。こういうタイプってなんていうんだっけ。

ほかにもいっぱい面白いキャラクターがいて、みんなそれぞれクセが強い。いたずらっ子のミイとか、なんでも凍らせてしまうモランとか、植物学者のヘムレンさんとか。

ムーミンおもしろい。超安定型のムーミンママとそれを引き継いでいるムーミンの存在がなかったらこの谷は相当なカオスになると思う。原作者はこんなにいろんな癖の強いキャラを考え出したなんて、すごいな。

参考書籍はこのへん。

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ヨガマットを隠す娘

毎週木曜日はヨガの日となった。仕事の後にヨガに行く、ということはつまり、晩御飯と寝かしつけはナニーちゃんに外注することになる。

木曜日の朝、ウキウキしながらヨガマットを準備していると、娘がどこからかやってきてヨガマットを隠す。必ず隠す。

「なんでかくしちゃうのようー。」

というと娘は笑いながらこう答えた。

「いってほしくないからー」

はっとした。うん、すごく、わかる、覚えてるその気持ち。

子供の頃、父親は日曜日は毎週ゴルフだった。朝早くから行って夕方遅く帰ってくる。学校がお休みで一番一緒に居られる日なのに、ゴルフに行ってしまう父。

「ゴルフきらい」

って言っていたのを覚えてる。だからといってゴルフクラブを隠したりしたことはないけれど、でも、たぶん木曜の朝の娘の気持ちとおんなじだったんだ。

「さみしいようー、いってほしくないようー」

って泣く私に優しく微笑みかけながら「さびしいーだよ」って言直す父の顔を覚えている。日曜日のゴルフや、出張で出かける時など、いつも父親が出かける準備をする側で泣いていた。

「さみしいようー、いってほしくないよぅー、いかないでー」

娘よ、母も同じ気持ちをたくさん味わってきたよ。すごくさみしいよね。四六時中、できるだけいつでもくっついていたいのに、お仕事なら我慢するけど、ゴルフなんてすっぽかして自分と一緒に居てほしいって、母も小さい頃に思っていたよ。すごくすごくよくわかる、その気持ち。

でも、ヨガは行くよ。ごめんね娘。

 

アルゼンチンの永住権はどのくらい国外に出ていると消滅するのか

アルゼンチンの永住権を持っています。いろんな国では、よく1年のうち半分以上住んでいないと永住権がなくなる、とかいいますが、アルゼンチンは「2年に一度入国すれば良い」って聞いていました。

情報ソースはネット上のアルゼンチン在住外人コミュニティや、移民弁護士のサイト、とかそういうところです。場所によっては3年に一度でいいって書いているところまでありました。また、以前友人が永住権申請の際に、2年に一度来ないといけないのか、という件についてイミグレの窓口で聞いてもらったことがあって、その時の話では「2年に一度入国しないといけないけど、まあ、なくなってもまた申請したら取れる」って話でした。

私もまあこれを信じて、2年前にアルゼンチンに一度行きました。DNIとパスポートで入国して、別に何にも問題なかった。そして、今年、またそんな時期がやってきたので、行こうかなーと思っています。でも時期が微妙に行きづらい。仕事休むとごっそり給料が減るので休みたくない。3年でいいなら延期したい、とか思っているわけです。

でもこれといって正確な情報ソースがでてきません。

そんなわけでイミグレにメールしてみました。「2年とか3年とか聞くけど本当のところはどうなの? って」。そしたらなんと当日中に返事が来ました。すごい、アルゼンチン、速い。

簡単に言うと「Ley 25871(PDFにリンク)っていう法律の62条に書いてあるけど、1年だよ」っていう返事。

えっ! 1年!

もうだめじゃん。でも前回1年以上2年前で大丈夫だったよ? その法律2004年のだけど、わたしこないだ行ったの2014年だよ?

と思って、条文を読んでみました。ここに抜粋コピペします。スペイン語わかる方は直接読んでみてください。

ARTICULO 62. La Dirección Nacional de Migraciones, sin perjuicio de las acciones
judiciales que correspondieran deducir, cancelará la residencia que hubiese otorgado,
con efecto suspensivo, cualquiera fuese su antigüedad, categoría o causa de la admisión y dispondrá la posterior expulsión, cuando:

(中略)

c) El beneficiario de una radicación permanente hubiese permanecido fuera del Territorio Nacional por un período superior a los dos (2) años o la mitad del plazo acordado, si se tratara de residencia temporaria, excepto que la ausencia obedeciere al ejercicio de una función pública argentina o se hubiese generado en razón de actividades, estudios o investigaciones que a juicio de la Dirección Nacional de Migraciones pudieran ser de interés o beneficiosa para la República Argentina o que mediara autorización expresa de la autoridad migratoria la que podrá ser solicitada por intermedio de las autoridades consulares argentinas;

スペイン語忘れてる…。

ちょーざっくり訳すと、「以下に該当する場合はレジデンシアをキャンセルするかも。うんたらかんたらなんたらかんたら、2年以上国外にいる人」。

ってわけで、2年だとおもいます!

即日メールの返事をくれた担当者はご親切に条文まで指定してリンクまでくれて「1年」ってメール本文に書いてましたが、条文には2年ってあります! これを信じて、2年経つ前にアルゼンチンの土を踏みに行こう。いくらまた取れるって言っても、あの手続きもう一回やるのはごめんだ。

6歳臼歯が生えてきた

うちの子まだ5歳と3ヶ月なんですが、6歳臼歯が生えてきました。ちなみにまだどの歯も抜けていません。

いつのまにこんなにおっきくなったんだろう。もうあかちゃんじゃないんだなあー、もうあっという間に大きくなって手が離れてしまうんだろうなぁ、って思っていたら娘が不思議そうにぽつり。

「どうしてちょっと悲しそうな顔をしてるの?」

いや、すごくすごく嬉しいんだけどね、なんだかちょっと寂しいの、赤ちゃんじゃないんだな、って思うと。っていう話をしながら、うちの子は微妙な表情をちゃんと読む能力はあるのかな、ってちょっと安心した。

生えてきたばかりの歯は柔らかくてすぐ虫歯になるから、フッ素入りの歯磨きで自分で丁寧に磨くんだよ。そしてちゃんとクチュクチュぺーするんだよ、っていう話をしました。

いままで、ときどき歯磨き粉を食べてしまう(美味しいらしい)娘対策として、フッ素の入っていない歯磨き粉を使っていましたが、「これは食べてはいけない」というのを徹底してちゃんとうがいさせるようにしようと思います。

そういえば、一つ虫歯を作ってしまいました。なんか虫歯っぽいなーと思っていたので歯医者にチェックに行ったらやっぱり虫歯。小さかったのでその場で削って詰めてもらいましたが、泣かずに我慢できていました。

大きくなったなぁ。

成長記録でした。

久しぶりにヨガやったらとても辛かった

転職して引っ越して以来はじめてヨガクラスに参加した。最後にちゃんとヨガのクラスに出たのはいつだろう、と思い出してみると、おそらく1年くらい前にヨガの先生がインドに旅立つちょっと前以来じゃないかと思う。

現在超大都会に住んでいるので、そこらじゅうにフィットネスクラブやヨガスタジオがあって、ヨガには全然困らないはずなんだけれど、ずっと困っていた。

なぜなら、私がやりたいヨガはシヴァナンダヨガであって、フィットネスクラブで流行っているような、ホットヨガとか、アシュタンガとかにはとりあえず今の所は興味がない。しかし、シヴァナンダヨガを教えてくれる先生は結構少ない。

たまたま、シヴァナンダだけをやっているヨガ道場的なところを発見したので、飛び込みで行ってみた。実は、以前の先生以外からシヴァナンダヨガを習うのは初めてで、先生曰く「世界中どこのアシュラムへ行ってもシヴァナンダヨガの教え方は同じ」っていうのを今回初めて体験した。

もちろん細かい教え方は微妙に違うけれど、順番は同じ。チャンティングから始まって、先生が歌って、それからカッパラバッティ(鼻から勢い良く息を吐く呼吸法)、片っぽづつやる呼吸法、太陽礼拝、それから頭立ち、とまあ同じステップだった。

シヴァナンダヨガは頭立ちは衝撃的だけれど、それ以外なんだかすごいアクロバティックな奴はあんまりなくて、動きも激しくなくて(ポーズをとったらそのままとまってるだけなので静的)、あんまり辛くない、はずだったんだけれど、久しぶりにやったらめちゃ辛かった。

まず呼吸するときの腹筋が疲れて最後までちゃんとできない。太陽礼拝はなんとかこなしたけれど、前はできていた頭立ちが半分しかできない(足を自力で伸ばせない)。そしてなんと、ブリッジができなくなっていた。ブリッジをやろうとしてできなかったのは、物心ついてから初めてなので、すごい衝撃だった。お尻はもちあがるんだけれど、腕が全然ダメ。頭が床から離れないし、背中を持ち上げるだけでももう超辛い。

しかもその後、フィッシュポーズのあたりで吐き気を催す。これは、何か健康なことを始めた時に起こる反応で、しばらく続けているとなくなる。超痛い足裏マッサージとかやると同じことが起こる。

こんなに体がなまっているとは思わなかった。

翌日は筋肉痛。家で一人ヨガしようと思ったけれど全然できない。

今回見つけたヨガ道場は、瞑想の時間が少ない。先生がなんか語ることもないのでちょっと物足りない。以前のヨガの先生は、瞑想の時間を長めにとってくれたし、禅問答みたいなことをすることも多かった。あとまあ、基本現地語オンリーのクラスなので、わたしの言語力じゃきついってのもある。

でも、シヴァナンダヨガをやれてすごくすっきりしたので、せめてまたブリッジができるように、頭立ちが一人でできるようになりたいので、週1回通うことにした。続けるぞ。

娘の、悲しんで(怒りとして表現して)いる人への対応にはっとした

以前娘がプレゼントしてくれたネックレスが絡まった。細いシルバーの糸をよりあったものに淡水パールを通したものが数本まとまっているもので、すぐ絡まる。

こんなのだけど、チェーンじゃなくて糸(しかも細い糸)なので絡まりやすい。多分ハンドメイドのもの。

解こうとしてもなかなかほどけない。どんどんからまっていく。

娘が選んでくれたのに、大事なものなのに、どうしてこうなっちゃったの。

涙が出そうになりながら必死に解こうとしても解けない。だんだんイライラしてきて、もうぐちゃぐちゃっ、キー! ブッチン、バラバラバラー! ってやってしまいたくなる。

「なんでこうなってるの!」
「解けないよー! もうやだよー!」
「なんでー、なんでー! なんでこんなぐちゃぐちゃなのー!」
「だいじなものなのになんでぐちゃぐちゃなの!」
「だれがやったのよう! なんでなのよう!」
「せっかく娘がくれたのに!!!」

なんて悲しみを通り越して怒りで叫びながらほどこうとしていたとき、むすめがそっと私のそばに座って、私の背中や肩に手を置いていった。

「だいじょうぶだよ、ゆっくりじかんをかけてやれば、いつかきっとほどけるから」
「わたし、おこってないよ。わかってるよ、ママがわるいんじゃないよ」
「いまできないなら、あとでまたやったらいいよ」
「だいじょうだからね」
「悲しいよね」

とても穏やかに優しくそう言って私の背中を撫でてくれる。なみだがぽろんとでた。

私は、反対の立場だったら娘みたいにしてあげられる自信がない。自分に相当余裕がないときっとできない。

「ちょっとかして、解いてあげる(できるかどうかわかんないけど)」といって取り上げる。
「イライラしないの!」って逆ギレする。
「せっかくプレゼントしたのに、大事にしてよね」ってせめる。
「なんでぐちゃぐちゃにしちゃったの」って悲しんでみせる。
「落ち着きなさい」って命令する。
しまいには「うるさい! 文句ばっかり言わないで!」っておこる。

私ならこんな対応をしてしまう。これって、毒親の典型例で、親業トレーニングとかでは「やってはいけない例」としてあげられている行動。わかっているんだけど(本読んだから)でも、やっちゃう。

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それに愛着障害のある人は、悲しんでいる人を見ると怒りを覚える、っていうが、私はまさにそれなんだと思う。

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娘のとった行動は「共感を示す」「ボディタッチをする」「明るい未来を見せる」「悲しみと怒りを理解して受け止める」「責めない」。

もうどっちが親だかわからない。

5歳でこんな大人の役目を負わせてしまっている自分がとてもとても情けなくなった。子供の頃に大人の役目を背負わされた人は、愛着障害になりやすいという。例えばそれはうつ病の親だったり、夫婦の問題を子どもに相談する親だったり、小さい兄弟の世話を任されたりした人だったり、という場合だ。

私ももしかして同じことをしているんじゃなかろうか、っていうかこれはしてる。娘が人に共感を示す(感じるだけでなく表現する)ことができる人間になっているというのはとても喜ばしいことである反面、自分の子供みたいな反応と、いかにも愛着障害のある人的な逆ギレ反応をしていることにすごく反省した。

ちなみに、寄り添ってくれた娘の横で、黙々とやっていたら最終的にネックレスは解けた。

「やったー! ほどけたよ! よかったー! うれしいよぅ!」

と喜ぶ私に娘。

「よかったね! 言ったでしょ、ゆっくりやれば解けるって」

と言ってくれた。

本当どっちが大人だかわからん。

5歳ちょっと、娘の言葉メモ

おめめつぶってもあたまのなかでえが見えるよ。おめめあけてても、あたまのなかでえがみえるよ

(絵のない童話を読み聞かせしてもらいながら目をつぶって)頭の中に絵を描いてるの。

ママにしかられると、からだぜんぶがちょっとびりびりってなるの。

おおきくなったらままとけっこんする。

かみさまおほしさま、ままちゃんがげんきでいますように。

ぷりんせすになりたい。

ままちゃんももんてっそーりのがっこういかないとだね。ゆっくりやるんだよ。いそがなくてもなくならないから、ゆっくりていねいにやるんだよ。

わるいことしたらおしいれにいれてね(押し入れ入るの好き)。

(新しく買ったETCカード的な端末を使う前に私が「これ、ちゃんと動くのかしら、ピッて通るのかしら、心配だわー」といったのに対して)そんなこと言ったら機械ちゃんがしょぼーんってしちゃうでしょ。きっときちんと使えるよね、楽しみね、って言ってあげないといけないよ。

(一緒にプールに入らない友人の父親に対して)いいお天気だよ、お水は冷たくて気持ちいいヨォ〜!

 

ぷんぷんままちゃんじゃなくなった

2年半ほど前の私は、まるで鬼でした。生理前に限り。

朝起きると、理由もなく起こっているのです。体の中から怒りが爆発していて、家事をしながらほうきやしゃもじでその辺をぶん殴ってバキバキにしたりしていました(いまだに欠けた木ベラを使っています)。子供が2歳になる前くらいから始まったそれは、今までの人生で感じたことのないほどの衝動でした。

衝動的に子供を殺めてしまう母親のニュースを見て、全く他人事じゃない、とぞっとしました。私だってやりかねない。子供殺しの母親と、まさに紙一重のところにいる、と本当に怖くなりました。

その怒りの衝動の中にいながら、「この怒りに理由はない(子供や誰かのせいではない)」ということは冷静に理解していて、なにかこれはおかしい、異常だ、と調べ始めたのがPMSとの付き合いの始まりでした。

生理周期はだいたい一ヶ月なので、毎月いろんな実験をしました。周期ごとに特定の食べ物を食べたり、避けたり、そういうことをくり返えして、総合的に一番効果が感じられたのがブラックストラップモラセスでした。そして、安全だと安心できる肉以外を避けること(オーガニックやグラスフェッドとある肉以外)、あとはヨガ(シヴァナンダヨガがよかったです)。

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それでも1年半くらい前までは、ときどきモラセスをさぼると、やっぱりイライラプンプンすることがあって、その度に娘が「ママちゃんモラセス食べてー。プンプンのお薬食べてー!」というものでした。ママの絵を描くと、プンプンしているママだったりしました。

最近、ママに関する絵本を何冊か買って一緒に読みました。中身を確認できないままアマゾンのレビューをもとに数冊買いましたが、読んでみると「ママは怒るからきらい」「ママが怒鳴った」から始まって、さいごは「やっぱりママが好き」と終わるものたちでした。

それを読みながら、娘に「ママ、怒る?」「ママ、怒鳴る?」「ママに気持ち言えないことある?」と娘に聞いてみたところ、「んーん」という答えが返ってきました。

2年前は、いつも怒っているプンプンママちゃんだったのですが、今の娘の中で私は、あんまり怒ることがないママ、になっているようでした。フルタイムで仕事を始めてからは一緒にいる時間も減っているので、その影響も気になっているところですが。

モラセスさん、ありがとう…

PMSになったおかげで、自分の体とか、気持ちとか、そしてそれらが娘に及ぼす影響とかを比較的冷静に考えられるようになったおかげで、今があるんじゃないかなぁ、と思います。あそこまでひどい怒りの衝動じゃなかったら(ちょっとした不調程度だったら)、何かがおかしいってことに気づかなかったかもしれません。

怒ると叱るをちゃんとわけてわかりやすく表現できるようになるのが目標です。

 

もう爪は折れません

一ヶ月前、3週間にわたる出張先でモラセスを入手できずに爪がボロボロでした。帰国間際に現地でモラセスを発見、毎日せっせと食べるようにしてしばらく、もう爪は全然折れません。今は5ミリくらい伸ばしているけれど、自前の爪で折れないし割れない。

爪が折れる時は、たいてい、爪の白いところとピンクのギリギリのところから割れてきます。人差し指と親指によく起こります。それから、なぜかずーっと、右手の薬指の爪だけ縦に筋が入っていて、栄養が足りなくなると、縦に割れてきます。他の指はこれはないです。

モラセスさんありがとう。

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子供のことを想う

私は自分の子供が生きづらさを抱えて生きていくことになることをできるだけ避けたいと思っている。自分自身がとても生きづらかったから。思春期も、それに続く20代も、いつも生きづらかった。

その理由が今ではなんとなくわかってきた。多分、愛着の問題だ。

今まで5年間は、娘に安定した愛着を持って欲しいと思ってやってきた。でも、それをやっている私自身が不安定な愛着の持ち主だ。幼い頃に父親と死別し、残った母親とはうまくいかなかった。安全基地を持たないまま大人になって、安全基地を持たないまま子育てをしている。

まず第一に、娘が成人するまで、できれば24、5までは絶対に死んではいけない、と思っている。死別はもう取り返しのつかないことだからだ。

でも、死はいつでもやってくる。そのために、もし私なしで育つことになってもいいように用意をしておきたいと、心の底から思っている。死ぬことについて準備をするというと、周りは「そう簡単に死なないから大丈夫」とか「大丈夫? なんかあったの?」なんてことをいう。別に私は死にたいわけではない。こんなことを考えるのは私のためではなくて、もしもことが起こったときに娘に対する影響を最小限にするための保険みたいなものだ。

たとえば、カウンセラー的な人と事前に契約をしておきたいと思う。そういうサービスってあるだろうか。親に死なれた子供には専門家のヘルプが必要だ。私にはそれがなかった。そういうひとを手配しようとしてくれる大人もいなかった。田舎のことだからスクールカウンセラーもいなかった。

それから、もう一人の親との愛着もきちんと形成しておきたいと思う。でないと、仮に私が死んだ後、残った人たち同士でうまくやっていけない。そうなった場合一人取り残された娘は死ぬほど辛い思いをして生きていくことになる。

娘の心の中に、いろんな種を植えておきたいと思う。娘がいつも心の支えとできるようなもの。

娘が後始末をする必要がないようにシンプルに暮らしたいとも思う。

安全基地を持たないからかいつも移動をするわたしについて歩く娘の心は、おそらく一つの土地でずっと暮らしている子供より、ある面では脆い。できるならば、どこかに落ち着いて、腰を据えたいといつも思っているが、今の所私自身がそれを見つけられない。

ときどき怖い夢を見たと言っておきてきて私にしがみつく娘を見ると、胸がキューッとなる。怖い夢は、移動した時にときどき見るらしい。ひとりぼっちの夢。私たちのHOMEをみつけたい。

いつも、自分は毒親になっていないだろうか、と不安になる。娘の愛着に傷をつけるようなことをしていないだろうか、と。そして、それを気にするあまり甘やかし過ぎていないだろうか。生きる力をつけてやれているだろうか。自分の感情に気づいて、それと向き合う術を見せているだろうか。そんなことばかり考えている。

気持ちのメモ。

ブラックストラップモラセス抜きの不調

現在出張中、2週間目です。モラセス持ってくるのを忘れました。あんなねっとりした液体の入った瓶をスーツケースに詰め込む気がしなくて、まあ現地で買えるだろうと思って持ってきませんでした。

ところがそう簡単に入手できないわけです。旅行あるある。

一応念のため、ブラックストラップモラセスのカプセルも持ってきたのですが、これは過去の実験からも明らかなように、本物のモラセスほどの効果はありません。

今回出た不調。

ヘルペス&爪がボロボロ。両手合わせて5本くらい爪が割れたり折れたりしました。こんなの久しぶり。

出張中のためほぼ外食続きで、若干栄養が偏っているというのもあるかもしれません。とはいえ、朝は果物とオムレツ、ランチはそれなりに野菜がたっぷり、お肉もたっぷり食べているので、決して「毎日ピザ食べてる」とか「毎日ラーメン」みたいな感じではありません。

ものすごーくちょっとづつ生理になりました。ちょっと満月には数日早い。PMS期の怒りはありませんでした。

生理の重さ、PMSの酷さは、前回の生理中にどれだけエストロゲン様物質を取るかに影響される様な気がします。

本日、たまたまヘルスフードストアを発見して、モラセスを入手しました。今回は初めての南アフリカ産。しかも、「こういうのあったらいいのになぁ」と思っていたチューブタイプです。瓶からスプーンですくうというのは衛生的にも利便性からもあまり良くないなぁと思っていたので、これは嬉しい。お土産にいっぱい買って帰ろうかかな。600円くらいだし。

体調がもどるといいなー、と願いつつモラセスを食べました。単なる体調記録でした。